『雨粒に乗って』(物語)
ここは空の上。
大きな雨雲が、たくさんの雨粒を生み続けています。
ひと粒、生まれては地上に向かってダイブ。またひと粒、またひと粒と、とめどなく落ちていく雨粒たち。
今日だけで、何万粒が生まれたでしょうか。
きっと地上では大雨が降っていることでしょう。
雨雲が薄くなり、生まれゆく雨粒が少なくなってきた頃、雨粒ではない何か〝別のもの〟が生まれてきました。
その姿は見えません。だけど確実に、そこに存在しています。
雨粒に飛び乗り、地上に向かって落ちていく・・・
彼らの会話に、少し耳を傾けてみましょう。
レド「お先に!」
キイ「あ! 待ってよ」
レド「もっと速い雨粒に乗り移れよ」
キイが別の雨粒に飛び移ります。
ブル「滑って転ばないよう、気をつけろ」
キイ「うん」
ブル「それと、せっかくだから景色も楽しもう」
地上はまだまだ下のほう。
今は地平線が見えるほどの高さです。
キイ「あ。あれ、何だろ」
ブル「うむ、機械の翼がある・・・人間が飛ばしてる何か、なのだろうな」
キイ「横に飛ぶことができるのかぁ。すごいね」
パプル「ああいうのに衝突するなよ。真っ直ぐ落ちることができなくなるぞ」
レド「ああ。気を抜けないぜ。俺たち皆んな、同時に着地しなきゃ意味ないんだから」
パプル「それと皆んな、突風にも気をつけとけよ」
キイ「うわっ! ああ~ぁぁぁ!」
レド「言ってるそばから・・・」
声を張り上げるレド。
レド「大きい雨粒に飛び移れ!」
ブル「オレンジもだいぶ飛ばされたか?」
オレンジ「大丈夫よ! ・・・キイと一緒にそっちに戻るわ。雨粒をつたって、ゆっくり行くから」
パプル「頼むぞ・・・。俺は絶対に成功させるつもりでいるんだからな、この使命を」
ブル「それは皆んな、同じ気持ちだ」
レド「これをやりたくて生まれてきたんだぜ。必ず成功させるさ」
薄くなった雨雲の向こうに、太陽のシルエットが見えてきました。
ブル「太陽だ」
そこへ、少し上から声がしました。
グリン「やっと皆んなに追いついたぁ」
レド「お、グリン。この様子なら、地上に着く頃は日差しに照らされるぜ」
グリン「よかった。皆んなでダイブしたタイミング、間違ってなかったね」
グリンが、ずっと遠くを見つめます。
グリン「B班も、順調みたい」
レド「よっしゃ」
ブル「落ちる速度だが・・・だいぶ速くなってきたようだな」
グリン「そうね。これからもっと速くなるはず」
パプル「アイ、大丈夫か? 先ほどから無言だぞ」
アイ「これが私の宿命とあらば、静かにその時を待つのみ」
さっき突風に飛ばされたキイとオレンジも、皆んなの近くまで戻ってきています。
キイ「地上がずいぶん近づいてきたね」
オレンジ「落下時の衝撃とか、どうなのかしら。ちょっと怖くなってきた」
少しの沈黙。
雨粒「僕だって怖いよ」
オレンジが乗っている雨粒です。
皆んな、注目しました。
雨粒「川や海の真上でダイブしていれば、少しは気が楽だったかもしれない。それだと水の上に落ちることになるから。・・・だけどこれは自分で選んだ道だ。やり遂げるよ、まずは地面に跳ねてしぶきを上げるのが目標」
雨粒「それに、」
ブルが乗っている雨粒が会話に入ってきました。
雨粒「少しの時間でも、君たちを乗せたってこと、誇りに思うし。だから必ずやり遂げる」
そこへ突然、大きなものがバサバサと飛んできました。
鳥です。
叫び声を上げるブルとキイ。
鳥の羽ばたきに、巻き込まれてしまったのです。
すかさずパプルが素早い動きで、雨粒を蹴って飛び移り、ふたりの元へ向かいます。
レドもグリンも、すぐにそれを追いました。
数羽の鳥が飛び去ったあと、パプルに支えられたブルの姿が見えました。
後ろからキイも、ブルを支えています。ホッと胸を撫で下ろす皆んな。
ブル「すまん、皆んな。少し負傷した。けど・・・落下には差し支えない」
パプルが「手を放すぞ」と言い、隣の雨粒に移ります。
それに頷くブル。
ブル「ただ・・・さっきの雨粒が鳥に弾き飛ばされてしまった」
皆んなが、鳥が飛んでいった方向を見ます。
ブル「・・・誇りだと言ってくれてたのに」
雨粒「大丈夫だよ。僕たちは弾き飛ばされようが、地上に降りさえすれば、どんな形にせよ次の人生が待ってる。水たまりになるやつもいれば、土に染み込んで木の根に吸われるやつもいる」
ブル「・・・」
ブルは、さっきの雨粒と一緒にコトを成し遂げたかった、と考えています。ですが、それはもう叶わないのです。過ぎたことを悔やんでも仕方ありません。鳥に飛ばされた雨粒の、次の人生に想いを馳せます。
レド「体は大丈夫なのか、ブル」
キイ「僕がブルと一緒に降りるよ」
アイ「いや、私が変わろう、キイ。着地時のフォーメーションで、ブルの隣は私だから」
ブル「すまない」
グリンも、ブルの隣に来ました。
グリン「同じ空間に生きてる者同士よ」
レド「ましてや、同じ目的を持った者同士だ。協力し合おうぜ」
こうしている間にも、地上が迫ってきています。
オレンジ「もう、だいぶ近いね、地上」
キイがオレンジの手を握りました。「一緒に降りよう」と。
グリン「よし、じゃぁこのままフォーメーションを組むわよ」
レド「ああ、やろう」
レド、オレンジ、キイ、グリン、ブル、アイ、パプルの順に手を繋ぎ、7人は一列になりました。
アイ「雲はほとんど無くなってる」
グリン「日差しは良好ね。落下直後、皆んな反射板を出すのを忘れずに」
地上がぐんぐん近づきます。
グリン「電線や住宅の屋根には気をつけて。あくまで地上を目指すよ」
キイ「うん!」
パプル「オーケー」
グリン「もうすぐ、カウントはじめるよ」
7人に緊張が走ります。
ブル「雨粒たち、ここまで我々を乗せてくれてありがとう」
オレンジ「最後までよろしくね」
雨粒「うん、できる限りのサポートをするよ。キミたちは思い切りやって!」
グリン「・・・5」
グリン「4」
グリン「3」
グリン「2」
レド「いくぜ」
グリン「1」
雨粒たちが地面にぶつかって、大きく弾け飛びました。
地上に落下した7人は弾け飛んだ水滴の力を借りて、自らの体から無数の反射板を放出。太陽の光をキラキラと反射させます。そして、その姿を光の柱に変えました。
一瞬の出来事です。
赤、オレンジ、黄、緑、青、藍色、紫、7色に輝く巨大な光の柱が現れ、まっすぐ空に向かって伸びていきました。
キイ「うわぁー! 伸びてく!」
パプル「集中しろよ」
グリン「あっち見て! B班が来てる」
ずっと遠くにも大きな7色の光の柱が、まばゆいばかりに立ち昇り、そしてその先端をこちらに向けてきています。
グリン「こっちも行くわよ」
大きな2本の光の柱は、その先端をつなぐように曲がっていきました。
先端同士がくっつけば、アーチ状になります。大きな虹の完成です。
そう、虹が出来上がるのです。
B班の声が聞こえてきました。
ルビー「おーい、A班、レド!」
ユーヒ「オレンジ、こっちだ」
レモン「キイ! もうすぐよ」
リーフ「グリン! やったな、もうすぐ完成だぞ」
スカイ「怪我してるの? ブル、頑張ったわね」
インディゴ「アイ!」
スミレ「パプル!」
双方の先端がくっつきそう・・・。
グリン「くっついた!」
リーフ「くっついた!」
小さな町の雨上がりの空に、大きな虹が現れました。
美しく輝く光が、穏やかに、佇んでいます。
キイ「やった」
オレンジ「皆んな見てるかな」
レド「こっち見てる親子がいるぜ」
キイ「小学校の校庭から、子どもたちが見てるよ」
グリン「ビルの窓から見てる人もいるわ」
ブル「やりきった・・・」
パプル「ああ。そうだな」
アイ「思い残すことはない」
暖かく照らす日差しに、心地よく浮かぶ14人。
なすべきことをやり切った今、至福のときを迎えています。
グリン「いずれ、雨粒たちが水蒸気となって・・・」
ブル「そうだな。きっと、次の世代にバトンを渡してくれるだろう」
オレンジ「あたし、生まれ変わったらもう一度〝虹の精〟になりたいな」
次第に、彼らの口数が少なくなっていきました。
眠りにつくように、穏やかに。
空気に抱かれて。
町のどこかで、親子が空を見上げています。
「お母さん、さっき出てた虹、消えちゃった」
「あれ、ほんとだ。また出たらいいね、虹」
「うん、あたし、虹が出るから雨の日大好き」
親子の肩には、〝人の精〟が乗っています。
もちろん、その姿は見えません。
おわり
