『いくぞ、アラキンジャー』(物語)
「おまえなんか! おまえなんか、こうしてやる」
学校の帰り道、クラスメイトのバッグに砂をかけたりして、嫌がらせをしている男の子。
「くやしいなら、なんか言ってみろ」
「やめなさいよ」
女の子ふたりが、かけ寄ってきます。
「女にかばってもらってやがんの」
男の子は、ふてくされた様子で、その場を去っていきました。
「仮面ライダーバッヂなんかつけやがってさ」
さっきのクラスメイトに言い足りなかった言葉を、ひとりごとに変えて吐き出しています。
しばらく歩くと、小さなマンションに入っていきました。
階段を駆け上がり、ひとつの部屋へ。
奥に母親がいるのに「ただいま」も言わず自分の部屋に入っていき、そのまま大の字に寝っ転がります。
怒っているような唇、情けなさそうなほっぺた。瞳は天井を見つめているようで、空(くう)をぼんやり見ています。
嫌がらせをするような理由はありませんでした。言葉にはできないモヤモヤした気持ちが、クラスメイトへの攻撃的な態度に出てしまう。自分を正当化しようにも、言い訳しようにも、どう考えたらいいか自分自身わからない。なぜこんなふうになってしまったんだろう。
まだ夕方だから、カーテンを開ければ部屋は明るくなるはずなのに、その薄暗い空間は、男の子の気持ちのせいか、実際よりもっと暗く感じました。
そこへ・・・ぼんやりと浮かび上がる〝人〟の影。
ボサボサの髪にパーカーを着た、大学生くらいの青年です。
男の子の目にも、その姿が映りました。
「わっ」
驚く男の子。飛び起きます。
「おい、少年」
声をかけられて、もう一度男の子は驚きました。
「だ・・・誰? おじさん」
「おじさんじゃない。どっちかというとお兄さんだ」
「お、おにい・・・」
「まぁいい。俺は荒木っていうんだ。荒木君だ。少年、キミの名は」
「え・・・平沢、陸、です」
「おお、陸か。カッコいい名前じゃんか」
「荒木君は、幽霊なの? 死神?」
「そのどっちでもない。・・・ただの話し相手さ、陸くんの」
「・・・」
「いや、強いて言えば魔法使い、ってとこかな」
「魔法使い!?」
「俺は魔法が大好きなんだ。陸は、何か好きなものあるかい? キャラクターとかどうだ? 仮面ライダーとか、スパイダーマンとか」
「いや、そんなもの・・・」
「じゃぁ、あれだ。ロボットアニメとかだ」
「いや」
「じゃあ何が好きなんだ? 何かあるだろぉ。
・・・あ!」
何かピンと来た荒木君。
「アイドルだろ、星野キラちゃんとか!」
陸の唇が、少しだけ動きました。
「なぁんだ、図星だな? キラちゃん、可愛いしなあ。俺も大好きだ」
照れくさそうに頷く陸。
「いいんだぞ陸、自分が好きなものを堂々と言っていいんだ。そんで? 2番目に好きなのは?」
黙っている陸。
「よし、俺が当ててやる。そうだな・・・七色ナナミちゃんだろ、どうだ」
「いや。2番目は・・・」
「うん」
「仮面ライダーかな」
「お・・・俺と同じじゃん。俺も仮面ライダー大好きだぜ」
そこへ、ドアをノックする音がした。
「陸、帰ってるんでしょ?」
現実に戻った・・・。
集中してて疲れたけど・・・俺の魔術って、こんなことまで出来るんだ・・・。
知らない小学生と会話した。
呼吸を整えてゆっくり目を開ける。
俺の部屋だ。
目の前の水晶玉が、徐々にその透明度を戻していく。
隣にいる姉貴が声をかけてきた。
「どう? 誰かの夢の中に入っていけたんでしょ?」
「いや、今日のは夢の中じゃない。起きてる男の子の意識と会話してきた。偶然出会った、近所の男の子と」
驚いてる姉貴に、付け加える。
「自己紹介程度だけど」
「すっご~い。すごいすごい。腕上げたねー、拓也の黒魔術、進化が止まらないじゃない。あーあ、なんであたしには才能無かったんだろ」
最初は姉貴の占い好きから始まった。姉貴が中学生、俺がまだ小学生の時だ。俺は占いのターゲットにされた。お試し占いの相手、つまり練習台。
姉貴は高校生になると、ゴシックファッションにハマり、いつも全身が黒い衣装に包まれるようになった。それとともに占いへの興味はいつしか黒魔術的なものに移行。もちろん俺はその練習台に。
いま、二人とも大学生。魔術の訓練に付き合えという姉貴のスキルは、全く芽が出ない。それに反して俺のスキルはメキメキ上達。占いはもちろん、さっきのような超能力的なことも出来るようになってきた。
ああ・・・正義のヒーローに憧れた、仮面ライダー大好き少年の俺はどこへいったのか・・・。こんな水晶玉の前に座らせられて。
いや、胸の中にはいつも〝それ〟がある。それ。そう、ヒーローへの憧れだ。
「俺だって、好きでこうなったわけじゃねぇし、美鈴だって訓練してりゃ、いつか芽が出るって。さ、今日は終わり終わり」
「ちょっと待って。もぅ~少し付き合って」
「えー」
「付き合ってくれたら、今度の戦隊モノの映画チケット、買ってあげちゃおっかな~」
「いいよ、俺これから明日の練習しなきゃいけないから」
俺はバイトをやってる。
遊園地とかイベントスペースでやってるヒーローショーの着ぐるみを着るバイトだ。
「あ、今週土日バイトなんだったっけ。いいじゃんいいじゃん、どーせ怪獣担当なんでしょ」
「あのな、怪獣だって、やられ方とか色々あんだよ。ささ、今日は解散~」
口を尖らせながら部屋を出ていく姉貴。ドアが閉まる直前に顔だけ出してきた。
「あれ? じゃ、日曜日仮面ライダーの放送、観れないんだ?」
一応、気づかってはくれてるんだな。
「いいよ、あとでTverアプリで観るから」
今度は弟が顔を出した。
「拓也、魔術訓練終わったならフリスビーやんない?」
「あーダメダメ、今から練習だから。美鈴に相手してもらえよ」
賑やかな家だ・・・。
フリスビーとスケボー大好き、運動マニアな弟。
ゴシックファッションと黒魔術にハマってる姉。
俺くらいだなぁ、仮面ライダーに憧れる普通の大学生は(うんうん、普通だ)。
だけど本当は・・・これから明日の練習をしたいわけじゃない。
さっきの少年、陸のことがすんげぇ気になってる。
何の因果かわからないが・・・あいつの味方になってやりたい、と感じてしまってる。
さて。
本棚・・・。
『仮面ライダー大全』
平成ライダーシリーズの設定データや写真が詰まった、俺の大切な本。
こいつを手放す時が来るとはな。
『仮面ライダー大全』を持って外に出る。ついでにフリスビーも持って。
・・・陸んちを探そう。
陸のマンション、見覚えあったんだよな。そもそもさっきの魔術は、この近辺までにしか届かないはずだし、さっき話した感覚で方角はなんとなくわかるんだが。
こうやってみると、案外普段景色なんて見てないもんだな。
すぐには見つかりそうにない。
こういう時は、アラキンジャーのポーズ・・・だけど・・・多少なりとも人通りはあるし、たまに車も通る。あのポーズをするには勇気が必要だ。いや、ヒーローたる者、ここでヒヨってどうする。
右手を天に向けてまっすぐに伸ばし、左手は肘を曲げられる極限まで曲げて拳を肩につける・・・。
チラッ(視線を横にやる)。
女の子が〝ガン見〟してんな。
なんか今日は小学生に縁があるなー。
と思いながら、そのままの姿勢で女の子に背を向ける。
すると・・・。
あった!
あのマンションだ。
俺はスタスタと早歩きしながら考えた。
違う。なんか違う。俺、なんか軽~いキャラっぽくねぇか? キャラ設定間違ってね? ヒーローだし、魔術使いだぜ。遠隔で人の心を読んだり、悪の顔を覗かせようものなら他人の健康だって俺の手のなか自由自在な、超クールな魔術使いなのにさ・・・。
ブツブツ言いながらマンションに到着。
平沢家の部屋を探して、ピンポンする。
「はい・・・」
インターホンの声。母親だな。
「あの、僕、荒木と言います。陸くんの友達で」
はぁ、という小さな声が聞こえた。きっと怪しんでるんだろうなー。
「この『仮面ライダー大全』を渡したくて。陸くんいます?」
インターホンのカメラに本を見せた。
少し待つと、扉が少し開いた。ドアチェーンはかかったまま、母親が顔を覗かせた。
「これ、陸くんに渡してもらえるだけでいいんで。あの・・・お母さんもぜひ陸くんと一緒に見てください。ほら、主演俳優とかけっこうイケメンだったりするし。この本は少し古いですけど、今も新しいシリーズをテレビ放送やってますよ」
「あなた、本当に陸のお友達?」
「あ、はい。自己紹介したばっかなんすけどね。陸くん、仮面ライダーが好きっていうから」
「陸が? そんな話聞いたことないけどな」
「後でぜひ、聞いてみてくださいよ。そんで一緒にテレビ観てください。あ。できたらその本、陸くんのクラスメイトにも貸してやるように言ってもらえません? 仮面ライダー好きな男の子がいるんですよ」
ドアの隙間から、丁寧に本を手渡した。
よし。
次はフリスビーの出番だ。
父親がもうすぐ帰ってくるはず。マンションの前で待ってよう。
少し待つと、スーツの男性が歩いてきた。
きっと、あの人だ・・・。
男性に向けてフリスビーを飛ばす。
「あぁ、っと! すみません」
男性がフリスビーを拾ってくれる。
「あれ? 平沢さん・・・ですよね。ずいぶん前だけど挨拶させてもらった、荒木です」
ウソだけど。
「あ・・・ああ。そうでしたっけ、こんにちは」
フリスビーを受け取りながら、会話を続ける。
「仕事帰りですか。お疲れ様です」
「あ、まぁそうですね。ちょっと今日は急に体調悪くなっちゃってね。少し早く帰ったんですよ」
だろうね。お父さんに向けてさっき、俺の魔術を放っておいたから。
〝具合悪くなれ、悪くなれ、早退したくなる〜〟ってな。
でもそれ、すぐ治るから。安心して。
「じゃぁ、今日はしっかり休養して、土日は陸くんと遊ばなきゃですね」
「いやいや。小学三年生ともなると、そんなに親とは遊ばないもんですよ」
と思ってるのはお父さんだけだと思いますよ。
俺はフリスビーをお父さんに向けて投げてみた。
「ナイスキャッチ」
投げ返してくるお父さん。
「お父さん、星野キラ知ってます?」
またフリスビーを投げる。
「知ってますよ。可愛いじゃないですか」
「こっち、投げてください。じゃあ、七色ナナミとどっち派です?」
「えーと、私は、ナナミちゃんかなぁ」
もう一度投げ返す。
「俺は、キラですねぇ」
「フリスビー、楽しいですね。ただ投げ合うだけでも」
「でしょ?」
お父さんに投げ返す。
「それ、差し上げますよ。俺たくさん持ってるんで。土日、陸くんとやってみてくださいよ」
「え、いいんですか?」
「陸くんは、どっち派かご存知です?」
「え?」
「キラかナナミか。──俺、知ってますよ」
じゃ、と手をあげて俺は去った。
小学三年生か。
自分のこと、もっと話したいよなぁ。
もっともっと、聞いてあげなきゃ。
スマホに美鈴からメッセージが入った。
──どこで練習してんの? 夕飯だよ
帰ろ。
俺にできることは、ここまでだ。
あーぁ。
それにしても、地味なヒーローだなぁ・・・俺って。
ヒーロー・・・てことでいいんだよな。
とりあえず、明日は怪獣役だ。
ド派手にやられてやるわ。
おわり
