『産毛の行方』
「ちょっと、腕、見せて」
少し高い丘の上、貴志と並んで丈の短い草っ原に座ってる。
近くにベンチがあるけど、草の上を選んだ。
目の前に見渡す小さな町を、夕日がオレンジ色に染めようとしている。
彼は黙って、左腕を私に差し出した。
「ね、この産毛の──」チラッと彼を見る。「隣同士が、私たちふたり」
突然の産毛トークに、彼の口元がほころぶ。
「なんで!? 俺たち、産毛?」
この丘に来たのは数年ぶりだ。
中学生の頃はよく来たな、友達と。ただただ、おしゃべりするために。
貴志と来たのは、初めてだ。
「産毛ってさ、いつかは抜け落ちるじゃない? 例えば、今ここで抜けた毛って、どうなると思う?」
「・・・考えたことなかったな。そういや、世の中抜け落ちた産毛だらけじゃないか? うーん・・・」
私は視線で「どう?」って、答えを求めた。
「土に吸収されんのかな」
「お! 当ったりぃ!」
と、びっくりマークをつけたわりに、私の声は落ち着いてる。
静かに空を見上げた。
「小さい昆虫や微生物たちが分解してくれるんだって。・・・そして最終的には土に還る。つまり地球の一部に還るんだって」
「ふぅん」
「それってさぁ、産毛さんたちにとっては大冒険じゃない?」
彼は自分の腕をさすってる。
「そうだな。俺の皮膚の上の世界しか知らなかったのに・・・抜け落ちたら、まったくの別世界に放り出されて」
「ひとつの場所に還るのよ。みんなひとつになるの」
彼が私に視線を向けた。でも見てるのは、どこか遠くだ。
「みんな土に・・・いや、地球に還るのか」
こんな突拍子もない話題に付き合ってくれる貴志。
好き。
いつもはざっくりしてて、大抵はテキトーな受け応えになりがちな貴志。
だけど今は何かを考えてる。
私は、彼の次の言葉を待った。
「人間も・・・同じなのかな──」
私の胸が、あったかい何かで満たされた。
「人間もさ、今はこの地球ってところしか知らないけどさ。その・・・死んだら、どこか知らない世界に放り出されてさ」
「ひとつになる・・・んじゃないかなぁ」
もっと大きな、私たちには想像もできないような世界でひとつになる。
きっと。
「でも!」貴志が視線を自分の腕に移す。「考えてもわからないことだし、今俺たちはまだここにいる」
さっき私が指したあたりの産毛を、人差し指の爪の先でぐりぐりしている。
「この世界を懸命に生きようじゃないの。ここにいる間は」
いいね、貴志。大好き。
「じゃ、明日、何する?」
「家でダラダラする」
なによ、と彼を突き倒すと、簡単に草地に倒れ込んだ。
同時に、背後から声が聞こえた。
「お、オータカ」
懐かしい呼び名。大木貴志、略してオータカ。
タカシという名前がもう一人いたから、区別のために貴志はそう呼ばれてた。
振り返ると、中学生の時のクラスメイトがいた。名前・・・なんだっけ。
貴志が顔を上げる。
「おぅ、ハヤちゃん」
そうだ、葉山だ。
「え。二人、付き合ってるんだ? おじゃまだった?」
と言いながら、足はこちらに向かっている。
「いいよ。いずれハヤちゃんも〝ひとつ〟になるんだから。こっち来て。座って。久しぶりだな」
いいね、貴志。やっぱり大好き。
男ふたりは昔話に花が咲き、図らずも夕焼け空を三人で眺めることとなった。
「俺ここの景色好きなんだよな。建物の屋根見てると、人の生活を感じるっていうか」
「ハヤちゃんて、情緒男だな」
「情緒男ってなんだよ」
「じゃ、よく来るんだ? ここ」
「いや、たまぁに・・・だってここ来るまで坂キツイし」
そんな二人の隣で私は考えてた。
お隣の産毛に居てくれて、ありがとう。抜け落ちるまで、どうぞよろしく、と。
あ、もちろん貴志あてだよ。
でも、ハヤちゃんもよろしくね。
おわり
読んでいただき、ありがとうございました。
<物語の棚へ(目次)>
