AIで全て効率化・高速化することが正解ではない:「設計された非効率」という考え方 - 元Googleが解説するAI時代の仕事術
AIを使うほど、速くなった。メールの下書きも、長い資料の要約も、細かい調べものも、頼めばすぐに返ってくる。手間が減るのは、たしかに楽だ。
ただ、任せる作業が増えるほど、私はあることに気づくようになった。速くはなったのに、その仕事のどこに自分の判断が入っていたのか、思い出せないことがある。速くなったこと自体に不満はない。引っかかっているのは、別のところにある。
効率化のたびに、私は「どこで効率化を止めるか」を自分で選ばなくなっていた。速くできることは、片端から速くする。問いはいつのまにか「どうやって速くするか」だけになり、「どこを速くするべきではないか」を考えなくなっていた。
必要だったのは、後者のほうだ。どこに、あえて手間をかけるか。最適化があたりまえになった時代に、いちばん考えられていない問いは、そこにある。

「最適化」が初期設定になった時代
最適化とは、何かを削ることだ。Xを削ってYを得る。これ自体は昔から変わらない。問題は、Xが何だったかを確かめないまま削ることにある。
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