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タブ純が大石吾朗に聞く(下)

 よみうりカルチャー荻窪教室で行われたトークイベント「タブレット純が聞く大石吾朗の世界」の前半はミュージシャンとしての大石さんの歩みを辿ったが、後半はラジオやテレビでのパーソナリティとしての話題となった。
 大石さんはバンドをやったりしていたので学校はほとんど行かずにさぼっていたという。だから卒業出来ないと思っていたので就活せず。
 しかし、卒業生名簿に自分の名前を見つけた大石さん。それは卒業出来るということなので、にわかに就職活動をせねばとなった。
 そんなある日、TBSから電話があって折り返しかけると「今、暇か?すぐ来い!」と言われて、すぐに大石さんはTBSへ行った。
 すると「人相の悪い人がぼくを睨みつけながら、バンドやって歌ったりしてるんだろ。今日、赤坂のスナックに連れていくから歌ってしゃべれって言うんです。それでスナックでしゃべって一曲歌ったら、「お前、司会出来るだろう」って。それで翌日から「「ヤング720」の司会をやれ」って。いきなりですよ」と当時のことを思い返しつつ話した。

ヤング720の司会
 今、大石さんが振り返ると、それまでの司会の小柳徹さんが第三京浜で亡くなっていたので「その後釜」ということだったのだ。
 小柳さんは偶然、大石さんの大学の2年下の後輩だった。
 小柳さんの後に司会に入ると小山ルミさんと一緒になった。GSの人で小山さんと付き合っているという人がけっこう多かったというが、大石さんは「相手にされていなかった」そうだ。
 当時のヤング720は朝7時20分からで、まずGSのコーナーがあって、次に占いがあったと大石さんは語った。

 ここでタブ純さんは大石さんのソロ歌手としての活動に触れて、ソロデビュー曲「花のある坂道」がオリコンで最高位54位となったと紹介。この歌の作者は阿久悠さんと都倉俊一という、のちにピンクレディーのヒット曲の数々を生み出すゴールデンコンビだった。
 大石さんは詞を書いてくれた阿久さんと会ったという。何でも阿久さんは「どんな青年か見たい」ということだったらしい。
 大石さんは「冗談一つ言わない、好青年を演じました」が、レコーディングの時に阿久さんは来て「がっかりされたと思います。というのもぼくはバカ言って大騒ぎしていたんです」と語った。
 ここでその「花のある坂道」のシングル盤をかけた。
 聞き終わるとタブ純さんは「ナイーブな青年という感じ」と一言。
 大石さんも自分のことだが「けっこう甘い歌声でよかったですね」とコメントした後、「最近はあまい音程で売ってます」とジョークを飛ばした。
 タブ純さんは「名曲だと思います」と言った。

 タブ純さんは続けて「びっくりしたのはあるシングルのB面「祈りをこめて」が小椋佳さんの曲なんですね。小椋佳さんがブームの時にさりげなく作詞作曲小椋佳、編曲星勝」。
 ここでB面の「祈りをこめて」をかけた。
 大石さんは最近小椋佳さんに会って「小椋さんに曲を書いて頂いたんですが覚えていなかったんです」と云うと小椋さんも「覚えてない」って。
 そしてA面の「あなたの心のかたすみに」をかけた。聴き終わると大石さんは「この曲と同じ世界観なのが竹内まりやさんの「駅」で、大好きなんです」と話し、土岐英史さんが最後に演奏するサックスがとてもいいライブバージョンがフェイスブックにあがっていたことを紹介した。
 ここで大石さんがかかわったポプコンについてタブ純さんが「大石さんはやっぱり音楽がお好きなんで、ポプコンとかで若いミュージシャンにシットとかしなかったんですか」と訊ねた。
 それに対して大石さんは「それはない」。そして「16,17年やらせてもらって、素晴らしいミュージシャンたちばかりだったので。安全地帯とかオフコースたちも出ているんですよ」と話した。
 コッキーポップはラジオでやった後、テレビでも5年司会をした。
 あの頃、ヤマハはヒット曲がたくさんあって儲かって儲かって仕方なかったけれど、そのお金は使わないといけなかったそうだ。というのも財団法人というのは利益があってはいけないので、おカネがずいぶんとかかるテレビでどんどん使っちゃったと大石さんは話した。
 ここでジュリーこと沢田研二さんのデビュー曲はポプコンの曲だったということで、その「君をのせて」のレコードをかけた。

沢田研二「君をのせて」

 大石さんによると、ポプコンはミュージシャンだけでなくアレンジャーにとっても登竜門だったというのだ。
 例えば、名前が挙げられたのは船山基紀さんと大石さんが「大尊敬している」萩田光雄さん。「萩田さんは引き出しがたくさんあって、久保田早紀の「異邦人」や高木麻早の「ひとりぼっちの部屋」もそうです」。
 「アレンジャーの力って、ほとんどヒット曲を作っているんじゃないかっていうぐらい大きい」とタブ純さんが語った。
 さらに大石さんはポプコンの公募作品だったとして天地真理さんの「水色の恋」はもともとはある姉妹の作品「小さな恋」だったと話した。最初に歌っていたのは藤田としこさん。
 ここで天地真理の「水色の恋」のレコードをかけた。
 「いい曲だなぁ」(大石さん)。
 「藤田としこさんがヤング720に出た時のバージョンがユーチューブであがっていますね」(タブ純さん)。

天地真理「水色の恋」

 続けてやはりポプコンから出た曲で柴田まゆみの「白いページの中に」を紹介し、シングル盤を聞いた。
 タブ純さんも多くの人からこの曲へのリクエストが来ると話すと、「コッキーポップでもリクエストがものすごく多かったです」と大石さん。テレビの時のオープニング曲として使われ、映像は函館の坂道だったという。
 そしてポプコンといえばやはり中島みゆきさんを忘れることは出来ない。
 ポプコンで司会をするんでネタ取りのために事前に出演者にインタビューするが、大石さんは初めて中島みゆきさんに会うと「私のこと、覚えてますか?」といきなり言われて「どこで会ったんだろう」「何があったんだろう」って「ぐるぐる回ってしまった」と大石さんはいう。
 HBCでラジオの生番組をやっていた時にレコードをかける「皿回し」をやっていたのが中島みゆきさんだったそうだ。
 「なぜ気がつかなかったかといえば、一年間番組やっていたけど一言も口をきいたことがなかったんからなんです」と大石さんは話す。
 だからのちに中島さんがオールナイトニッポンで弾けたキャラクターで人気になると「あの人が」と思ったそうだ。
 ここでタブ純さんが5万円でゲットしたという中島みゆきさん大学3年の時の録音が入ったLPから「あたし時々思うの」を聞いた。
 ポプコンでは中島みゆきの「時代」と因幡晃さんの「わかってください」が争い、評価は真っ二つに割れたそうだ。

中島みゆき「時代」

 でも最後はヤマハの理事長の鶴の一声で中島さんになったという。「炭鉱夫だった因幡さんはあの一曲以外は作ったことがなかった。一方の中島さんはたくさんの曲を作っており、理事長はグランプリにすることで彼女の才能を世の中に知らしめたかったからです」と大石さんは説明した。
 そして大石さんは一つ中島さんについてとっておきのエピソードを披露した。世界音楽祭での出来事についてだ。
 オーケストラの人たちがいるなか、中島さんは「みなさん、ギター一本でやります」と言って一人で演奏したという。
 大石さんは「もうそこからして大物。凄いなって思って。本当だったら潰されたりするけど、彼女の才能が生きて、今日がある。すごい人だった。だから10年ごとに大ヒットを出して今日まで来ている」。
 話が盛り上がり、予定時間を15分超過したトークイベントだったが、俳優としての活動には触れられず。第二弾が期待される。
(終わり)


 

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