「高田馬場アンダーグラウンド」
この本は高田馬場をサブカルの視点から切り取った秀逸な作品だ。著者の本橋信宏さんは早稲田大学に通い、その後も高田馬場に住んだり、仕事の拠点としてきたことから記述がリアルで説得力がある。
そのうえ、本橋さんの父親は早稲田工業高校電気科で夜学に通い、両親の出会いも高田馬場だったという縁のある場所なのだ。
「高田馬場アンダーグラウンド」(駒草出版)を読了した。
私自身、2年ほど西早稲田に住んだことがあったが、いかに知ったつもりになっていたことが多かったと気づかされた。
私は、面影橋から階段を上がったところにあるワンルームマンションに暮らしていた。まだ社会人になって2,3年目の頃。実家が大混乱していたのにうんざりして、そこを逃げ出したかったのだ。
生活は荒れていた。仕事帰りにしこたまアルコールやつまみを買ってきて家で飲む。飲むと女が欲しくなる。デリヘル嬢を呼ぶ毎日だった。
そして、この頃、ビデオで「男はつらいよ」をしょっちゅう観ていた。一番のお気に入りは太一喜和子が兵庫の竜野芸者を演じる17作目「寅次郎 夕焼け小焼け」だった。浅丘るり子演じるリリーもよかった。
さて、本に戻ると、かぐや姫の名曲「神田川」誕生秘話や高田馬場を仕事場とした「漫画の神様」手塚治虫について大変興味を惹かれた。
ただ、あなたの優しさが怖かった
「神田川」の作詞者・喜多條忠が同棲していたのが高田馬場であの歌詞も実際の体験をもとに書かれていることはある程度知っていた。
しかし、今回一番心打たれたのは歌詞の「若かったあの頃 何も怖くなかった」の後に続く「ただ、あなたの優しさが怖かった」という部分についての記述だ。当時の学生の御多分にもれず、喜多條も学生運動に関わったりしていた。目の前で学生が機動隊に血まみれにされたりする。
最初の歌詞を書いた時に「自分には本当に怖いものはないのだろうか」と喜多條は自問したそうだ。その時、そうした血まみれの場面が浮かんだ。
が、それは本当に意味での怖さではなく、喜多條がふと目を台所にやると同棲相手がタマネギを刻んだりしてカレーライスを作っていたそうだ。その時出てきたのが「ただ、あなたの優しさが・・・」だった。
全体の歌詞でここが一番フックが効いていると思う。それにこうした感覚が分からないような人とは本当の意味で分かり合えないとも思う。
手塚治虫に関しては、彼の「火の鳥」や「ブラックジャック」などを私は夢中になって読んだことがある。彼こそ国民栄誉賞をもらうべきだったと思っている。下手な小説家よりもはるかに優れたストーリーテラーで天才だ。
田中角栄と天皇とどちらが偉いか
手塚が亡くなったのは89年2月初め。その時、私はフィリピンにいて、帰国して手塚の死を知ったことを覚えている。
フィリピンパブで知り合った女の子からもらっていた住所のメモを持って、思いつきで急遽、行ったのだった。
空港に降りて、LRTに乗り、マニラ郊外に行き、三輪タクシー「トライシクル」の運転手に住所を見せて連れて行ってもらった。
彼女の妹も日本で働いていた。二人は帰国していた。日本で稼いだお金で家を建てており、ほぼ完成していた。毎晩、私が買った(買わされた)サンミゲルで親戚や近所の人たちが集まって酒盛りだった。
警官が来て酔っ払って拳銃を手にしているのは怖かった。ジャーナリストだという男は「田中角栄と天皇はどちらが偉いのか」と質問してきた。
青いパパイヤにエビの塩辛「バゴーン」をつけて食べたり、グロテスクだが街中どこでも普通に売られているアヒルの卵の生まれる寸前のもの「バロット」を岩塩をつけて食べるという経験もした。食べて口に残るくちばしなどをペッペッと吐き出しながら食べるのが流儀だ。
貧しいが、とにかく子どもたちの眼が輝いていて生き生きとしているのが一番印象深かった。それに彼らはみんな歌がうまい。
脱線したが、「神田川」や手塚治虫などここまでも大変充実した内容だが、本橋さんが本領を発揮するのはこの後に出てくるビニ本など高田馬場ゆかりのエロ関係のところだろう。
エロ本開拓者たちが集った街
エロ本の開拓者たちが集ったのが高田馬場だった。その中には一時代を築いたビニ本もあった。伝説の風俗店「マダムマキ」が登場する。マンションの一室がマダムの店でそこで選ばれた女の子たちと本番が出きるということで、社会的地位のある人たちが訪れていたそうだ。
また、女性の使用済みの下着を売買するブルセラ店の実態や、あのエリアに多いという男性の同性愛者がことをいたす場所のことなども出てくる。
勉強になった。
そして著者の本橋さん自身も取材で自分の歩みを辿ることになり、そのうえ父親の「歴史」も学んでいくことになる。
優れた本だ。一読をお勧めしたい。
