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ロロノア・ゾロの三刀流問答:あるファンの集い(4.2千文字)


ロロノア・ゾロの三刀流問答:あるファンの集い

v4.0
【注釈】本記事/本稿はフィクションであり、実在の人物・団体・権利とは一切関係がありません。たとえ、記述の中に実在のものと同じ名前が出てくることがあっても、それらはすべて作者のインナースペース的投影、あるいは別の世界線の出来事、あるいはこの世界線であったとしても作者専属の守護霊の発言として表現されたものです。つまり、すべての文章には(と作者専属の守護霊が言っている)が省略されているものとします。したがって、断じて、現実の人物・団体・権利を侵害するものではなく、断じて、誹謗中傷や名誉毀損を意図するものでもなく、断じて、読者の心の平穏を乱すものでもなく、断じて、宇宙の調和を揺るがすものでもありません。よって、本コンテンツの無断複製・転載は固くお断りするとともに、そして当然に、作者は自由に内容を変更できるものとします。

1. スクリーン前の熱狂

週末の夜、渋谷の路地裏にあるプロジェクター完備の大型スポーツバーは、百人近いファンの熱気で酸素が薄く感じるほどだった。壁には麦わらの一味の手配書が貼られ、テーブルにはピザとビールが所狭しと並ぶ。今夜の主役は、スクリーンに映し出されているネットフリックスの実写版ワンピースだ。
物語が佳境に入り、新田真剣佑が演じるロロノア・ゾロが登場した瞬間、店内は地鳴りのような歓声に包まれた。鍛え抜かれた肉体、獲物を狙う猛獣のような眼光、そして何より、三本の刀を構えた時の圧倒的な威圧感。
「新田真剣佑のゾロ、マジでかっけーな。あの身体の仕上がり、ぱねーよ」
ボクの隣で、友人が興奮を吐き出すように叫んだ。ボクも大きく頷く。三刀流という漫画ならではの荒唐無稽なスタイルを、これほどの説得力を持って映像化したのは奇跡に近い。
「すげーよな。本当にゾロが実在しているみたいだ」
ボクたちはビールを掲げ、虚構の海賊が魅せる非現実的な殺陣に、ただただ感服して画面を凝視していた。

2. 達人の現実的な分析

宴の熱気が一段落し、スクリーンが穏やかなシーンに移り変わった頃、カウンターの特等席から静かで重みのある声が響いた。
「まあでも、現実には三刀流なんて無理なんだけどね」
声の主は、この集まりに友人のツテで顔を出したという剣道の達人だった。かつてオリンピックに相当する国際大会への出場歴もあり、現在は自らの道場で日本代表候補たちを厳しく指導しているという、正真正銘の武術家だ。
「どういうことですか、ご師範」
ボクが問いかけると、師範は静かにビールのグラスを置き、専門家としての知見を語り始めた。
「まず、日本刀という重量物は口で保持できる代物ではない。人間の顎の関節は、斬撃の瞬間に生じる強烈な反動に耐えられる構造をしていないんだ。頚椎へのダメージを考えれば即座に自滅する。それに、そもそも二刀流にしても、宮本武蔵の五輪書にある通り、一本の刀は小刀、つまり脇差にするのが現実的なんだよ。長い大刀を二本振り回しても互いに干渉するだけだ。片方を小刀にして相手の動きを封じたり、防御に回したりすることで初めて合理的な運用が成立する。子供向けに新しいアスリートの関心を持たせる効果はあっても、実際に剣道を始めると、みなその物理的な制約に直面して夢から覚めるんだよね」
師範の言葉は、決して作品を小馬鹿にするものではなく、武道を極めんとする者ならではの「実直な現実の積み上げ」だった。確かな説得力と武道への敬意が含まれていたが、ワンピファンの集いという祝祭の場においては、どうにも空気が重くなる。
たしかにご師範様の貴重な見解なんだろうけれども、ボクの心には「なんかちげーな、この人」という感慨しか浮かばなかった。ボクは分別のある大人なので、そこは黙っていた。
「なるほどね、そういうもんなんですね」
ボクは当たり障りのない相槌を打って、視線をグラスに落とした。

3. 演出家のメタ的視点

すると、そこへ某中堅芸能プロダクションの演出家が、赤ワインの入ったグラスを揺らしながら割り込んできた。
「オタクいったい何を言っているの。虚構のエンターテインメントに現実の物理法則を当てはめている時点で、オタクの観点が致命的に的外れだよ。現実に三刀流があるなんて、作品は一言も語っていないし、ありえるわけないだろう」
彼は師範の現実論を鼻で笑い、さらに衒学的な論理を展開し始めた。
「そもそも二刀流というのは、君のような善悪二元論的で硬直化した視野の狭さを象徴しているんだよ。右か左か、正義か悪かという単純な構図だ。そこにアウフヘーベンの必要性を加え、次元を上昇させたものが三刀流という強力なメタファーなんだよ。つまり、そこにイノベーションのジレンマを超えたブレークスルーの表象を読み解くのが、真の劇作堪能者というわけさ」
こいつもうざい。二人ともちげーよ、というのがボクの脊髄反射的な不快感だった。武術の理屈で夢を現実の枠に押し込める達人も、難解な横文字で作品を記号として消費する演出家も、どちらも作品を楽しむという本質からズレている。
「奥が深いですね。アウフヘーベンなんだ、ゾロは」
ボクは完全に感情を殺して適当に返した。会場の空気は、彼らの高説のせいで完全に白け始めていた。

4. 保江風の男の奇跡

その気まずい沈黙を破ったのは、これまで部屋の隅のソファーでニコニコと静かに酒を飲んでいた一人の老人だった。物理学者の保江邦夫を思わせる、飄々とした、それでいて底知れない柔和なオーラを纏った男だ。
「あはは、そういう理屈っぽい人、多いよね。でも実は、甲野善紀先生が提唱されているような、筋肉の無用な緊張を徹底的に抑えて身体の重心を安定させ、効率的に力を発揮するための身体操作術を応用すれば、三刀流は可能なんだよね」
その突拍子もない発言に、師範と演出家が怪訝な顔で老人を睨みつける。しかし老人は意に介さず、立ち上がりながら上着の内側を探った。
「口の刀もほら、この特製の仕込み刀をこうやって、奥歯で噛むんじゃなくて意識で保持する。古武術の虎ひしぎの要領で顎をロックして、皮一枚相手の皮膚をずらすような繊細な意識で、重心を量子的に移動させる。こうやって、ああやって、ほうら、この通り。まあ、これは量子力学なんだけどね」
次の瞬間、老人の身体が陽炎のようにブレた。
彼は、新田真剣佑のゾロとも、既存の武道の常識とも全く違う、しかしゾロ以上の説得力を持つ異次元の三刀流合気剣法を実際に披露してみせたのだ。三本の刃が空中で複雑な幾何学模様を描き、互いに干渉することなく完璧な調和を見せる。力みは一切なく、水面を滑るような静かな足運び。それでいて、刃が空気を切り裂くシュガッという鋭い音が店内に響き渡る。

5. 達人と演出家の絶句

演武がピタリと終わると、会場は一瞬の完全な静寂の後、かつてないほどの大喝采に包まれた。
「すげー! 本物だ! ぱねーよこれ!」
ファンたちは総立ちになり、興奮のあまりテーブルを叩いて歓声を送る。ボクも思わず身を乗り出していた。
一方で、それまで雄弁に語っていた二人の反応は、ボクの予想を完全に裏切るものだった。
剣道の師範は、プライドを守るために全否定するような真似はしなかった。彼は椅子から腰を浮かせ、目を極限まで見開いて、老人の足元と骨格の動きを食い入るように見つめていた。
「なっ、なんだ、今の足運びは。重心の移動が予備動作なしに行われている。頚椎への負担をどうやって逃がしたんだ。筋肉の収縮が全く見えない、いや、肩甲骨の連動か。一体どうやってあの速度で力を伝達させたんだ」
師範はぶつぶつと独り言をこぼしながら、必死に目の前で起きた現象を分析しようと足掻いていた。武道家独特の直感が、目の前の老人がただの奇術師ではなく、途方もない高みにいる本物であると察知したのだ。そこには悪目立ちする嫌味な権威主義者の姿はなく、未知の技法に触れて震える、道を求める者としての純粋なリスペクトがあった。
一方の演出家もまた、いつものように脊髄反射で否定の言葉を並べ立てることはなかった。彼は何かを言いかけて、口を半開きのまま完全に固まっていた。
「これは、ポストモダン的な身体表現の極致であり、すなわち、いや、しかし、この圧倒的な実存の現前は。あ、あの。う、ううむ」
難解な理論を構築しようとする彼の優秀な脳が、目の前で起きた純粋な身体的奇跡の前にショートしてしまったのだ。あれほど饒舌だった男が、自らの語彙の敗北を悟り、持っていたワイングラスを置くことすら忘れて絶句している。プライドの高いインテリが未知の圧倒的体験の前に言語を奪われるその姿には、憎めないかわいげすら漂っていた。

6. 幻惑という名の希望

結局、あの保江風の男が見せた三刀流が、人知を超えた未知の武術だったのか、それとも超一流の物理的トリックだったのか、ボクには判別がつかなかった。
だが、ボクはその疑念を吹き飛ばす光景を目撃した。会場の暗がりの隅で静かに酒を飲んでいた、岩のような肉体を持つ大男たち。世界的な総合格闘技の舞台で血みどろの戦いを繰り広げている、本物のアルティメット・ファイターたちが、その保江風の男に深々と、この上ない敬意を込めて頭を下げていたのだ。
あの異常なほどプライドが高く、実戦の力だけを信じるファイターたちが頭を下げる意味。もしあの技がただの詐欺だとしたら、闘争のプロたちを騙し通せるはずがない。
まあ、どうでもいいか。ボクはそう思った。
なぜなら、あの保江風の男が提供してくれたものが、この場にいた誰の言葉よりも夢があり、フィクションの可能性を現実の世界に維持してくれたからだ。
もしかしたら本当かもしれないという期待値。それは子供の頃に見たUFOの特番や、ユリ・ゲラーがスプーンを曲げる瞬間を見た時のような、全員で心地よく幻惑されている感覚だった。それが一番心臓をドキドキさせてくれたのだ。
理屈や解説で塗り固められた窮屈な現実よりも、こんな風に理屈を軽々と飛び越えて魔法を見せてくれる大人の方が、よっぽどゾロの生き様に近い気がする。
新田真剣佑のゾロに感じたあの純粋なロマンを、彼は現実という名の舞台で、極上のエンターテインメントとして見事に接続してくれたのだ。
しらんけど。

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