あいのはなし
挨拶代わりってわけじゃないけど、「出藍之誉」って言葉がある。「青は藍より出でて藍より青し」って言ったほうが伝わりやすいだろうけど、こっちの方が気に入っている。誉れっていうのは、弟子と師匠どっちのものなのか、そういうことで悩んでみたいんだ。そういう曖昧さを含んだ言葉を僕は愛しているし、そういう言葉の相手をしてくれるあなたを僕は愛していたい。
「あい」といえば、「あいなし」って古語があって、つまらないとか気にくわないとかそういう意味なんだけど、語源は「相無し」だとする説が有力らしい。なるほど、「相性が無い」とか「相手が無い」とか、そういう状況は確かにつまらないから、アイシンクソートゥーとも思うのだけど、「相」なら「あひ」と表記するはず。実際の表記は「あひなし」ではなくって「あいなし」なんだから、「愛が無いって、つまらないことでしょう?」と教えてくれた恩師の説を採用したい。
「愛は真心、恋は下心」という言葉にこびりついた手垢をも美しいものだと無邪気に見ていた、愛らしいままのあの頃の僕たちは、「あいあいがさ」とは「愛々傘」のことだと信じて疑わなかった。黒板の隅に書かれたあの子とあの子の名前を囲った傘の上に、当然の権利としてハートマークが載せられていたのは、つまりはそういうことだろう?
ところがちょっぴり大人になって、本当にあいあいがさが出来るようになった頃、1本の傘の間には無限の距離が隔たっているみたいで、君は決して僕に肩を寄せてはくれなかった。「哀々傘」というアイロニーを知り、僕は「相合傘」と書けるようになってしまった。
僕が大好きだった君は、僕でない誰かのことが大好きで、僕でない誰かは、君でないまた別の誰かのことが大好きだった。
そんな合縁奇縁が発覚したのは、小洒落さだけが取り柄の洋食店で、僕らは相対する格好で座っていた。休日の昼下がり、和気藹々とした空気の中で、君はつうと涙を流してごめんねといった。テーブルを挟んだ僕と君との間には、またしても無限が立ちふさがって、どうしても僕の手は君の頬には届かなかった。すっと立ち上がればそれだけで君の涙を拭えたろうに、そうしなかったということは、つまりはそういうことなんだろう。僕は君に確かに恋をしていたけれど、恋の語源は「乞う」だから、僕は君が立ち上がることを願うことしかできなかった。
「愛がないって、つまらないことでしょう?」
さっきから僕の話ばっかりだけれど、一人称は英語でアイマイミーというから、この話だって本当のことかどうかは曖昧なんだ。嘘をついているつもりはないけれど、もう昔のことだから、雲がすうっと広がるように記憶も靉靆としてしまって、さしものアインシュタインでもこの文章から大発見なんてできないだろう。
そんなあいなき文章しか書けない僕は、もはやすっかり隘路に迷い込んでいて、さっさとAI師匠に弟子入りするべきなのかもしれない。それでも僕は、「青は藍より出でて藍より青し」と「出藍之誉」の間にある無限の距離を愛したい。だからこうやって、そっと綿毛を飛ばすんだ。
青がAIより出づる前に。
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