『北極星応答アリ』 pt.1 -白化-
宇宙でのルールその1、自分がどこから来たのか忘れてはいけない。
宇宙でのルールその2、自分がどこから来たのか忘れてはならない。
第一章:大気圏の曲線
火星では今、「北極星教団(ポラリス・オーダー)」と呼ばれる集団が急激に信者を増やしていた。教団の教義は明快(?)だった。
「我らが魂は、星の門を越えて北極星へと至る。肉体は炎となり、大気の祝福を受けて消滅す。」
そして、彼らはある奇妙な儀式を大切にしていた。
旧地球の衛星軌道上に設置された、非合法な「突入カプセル」群。突入とは名ばかりのとても貧弱な作りであった。大気圏でカプセルは炎に包まれ空中分解する。乗員の周囲は、琥珀色につつまれ、消える。
教団はこれらを“星の棺”と呼び、信者たちは自ら進んでそこへ乗り込んだ。そして突入の瞬間に、意味不明な言葉を最後に残すのがしきたりだった。
「北極星応答アリ。x座標、-000.42π…y座標...zの数値は...。我、帰還す。」
第二章:洗礼
彼女は、浴槽に浸かりながら、親子で公園を散歩するニュースをみていた。
アイシャ・レイは連邦情報庁の調査官だった。彼女はこの新興宗教と「大気圏突入自殺」の関連を追っていた。第一自殺は、惑星の生産性の著しい減少だ。地球の大気圏突入なんて大それた事はやらないでほしい。やるなら誰もいないところで首を吊ってくれと、彼女自身もおもっていた。
火星への第一世代の移民者は、地球に人類が生息する事で地球の美しい環境が変わってしまう事をおそれた。それなのに、この自殺は真逆の行いともとれる行動だった。
そして、捜査を進めるうち、ひとつの疑問が頭を離れなくなった。
なぜ、彼らは自殺する瞬間に**「北極星応答アリ」**と言うのか?
あれは無意味な言葉ではない。誰かと通信しているようにしか思えなかった。
ある日、彼女は突入カプセルの残骸を火星周回軌道で発見した。回収されたカプセルのブラックボックスには、謎の高周波信号が記録されていた。
解析結果は奇妙なものだった。
応答が、半導体基盤に残っていた。
地球では検出不可能な極低温帯域の空間から、信号が帰ってきていた。
「…受信完了。座標確認。帰還を許可する。」
第三章:光芒
その信号は、明らかに人間の手によるものではなかった。理論上、発信元はこの次元に存在する事はできない。
地球に残った人類は遥か昔に絶滅していたからだ。
何者かが、大気圏突入の**“向こう側”**に存在していた。
教団の元信者への聞き取りによれば、「突入は終わりではない」「それは転送儀式」だと語っていた。
「死ぬのではない。肉体が剥がれて、本当の場所に還るんです。」
では、本当の場所とはどこなのか。
なぜ信者たちは狂気に走るのか。
−中略−
火星の北極圏で、アイシャは教団の本拠地に潜入した。
そこで見つけたのは、巨大な構造物だった。赤い氷に覆われた地下のドーム。中央には“s4”と呼ばれる構造体があり、それは常に一点、ホログラムの地球から見た北極星と同じ方向を指し続けていた。
そのとき、突入者の一人の音声が再生された。
「この肉体は預けます。わたしの座標は固定されました。」(ザ...ザザ....。)刻むような感覚で雑音まじりに聴こえてきた。
「北極星応答アリ。あめつちよ、わたしを受け入れて。」
アイシャはその瞬間、理解してしまった。
理屈ではない。漠然とわかってしまったのだ。
松果体にニュートロンが流れるのがわかった。
シナプスが点滅を繰り返す。
これは自殺ではない。通信手段なのだ。肉体を燃やして、魂と信号を一致させる。炎によって“周波数”を合わせることで、ある場所へ到達する。
北極星の方向にある未知の知性体が、何かを待っているのだ。火星と地球の北極を繋ぐ磁場の様なモノが直角座標で関係しているのだ。
第四章:続、再会。それは、なのる名もない。
数ヶ月後――地球軌道上。
突入カプセルの残骸が、地球の重力圏から帰還してきた。本来の火星から地球への突入とは逆方向からの帰還であった。
今回も中には人間の遺体がなかった。代わりに、**奇妙な“模造体”**があった。
ヒトのようでヒトでない存在。肌は星光のように淡く、瞳は常に一点、どの方向からみても何故か北極星の方向を向いているようにみえた。
「北極星応答アリ。新たなる門、開かれたり。」
アイシャはその存在と目を合わせた瞬間、自分がもう戻れない場所に来てしまったことを悟った。その時には、自分が....どこから来たのかもわからなくなっていた。
そして、彼女は目を閉じた。アイシャはテンに帰った。全ては極小に分解された。極大の光の中で小さいころの自分と出会った。
彼女を構成していた物質が4光億年後、天体の衝突と共に”意識”を待つその日まで。
⸻
エピローグ
※見つけた日記には「我々は、導かれて生きているから誇り高く。」との走り書きあり。
天にいるだれかさんは、おまえさんの事が気に入ってるんだとよ。
彼女が好きだった小説の台詞であろうか。
火星では今も、大気圏突入カプセルが次々と空を割り、炎となって地球の大気へと落下している。
以下は、アイシャの日記の何箇所かの抜粋を羅列したものだ。補足の資料として後世の研究の力になればと考える。
・実のところ、この現象は2025年にも見られた。明けの明星が輝く頃、ロシアの天文台が観測した。科学者は機械の異常であり、それは人工的な金属製の空洞のカプセルではなく、単なる隕石として片付けられた。
・ウラシマ効果の影響か?
・現在では当たり前の話ではあるが2025年当時に地球に存在した文明より、遥か昔のこと。
火星に移住した文明があった。
・この文明を作り上げたのは、第一次植民ブームで火星に飛び立った人類であった。
まだ地球の大陸が一つの状態(パンゲア)であった頃に栄えた文明であったらしい。
彼らが住んでいた大陸は、地割れと陥没を繰り返して、いつの間に幻のムー大陸と呼ばれた。
・大陸を失った人類は「蛇にだまされたんだ !」と謎の記録を残している。
上記の事は、アイシャの日記に記されていた。
その文は、精神病棟の古い資料室に残されている。
2137年、とある宗教団体に潜入した調査官の日記としてではない。
精神患者、疾患をかかえた1人の病人の記録としてである。
上記をみてもわかるように、精神分裂者の文章は、よくわからない。
2137年6月30日の日記は、こうも締めくくられていた。
誰も止めることはできない。この謎を知る事はない。知った人は当然と姿を消してしまう。
なぜなら、その先には「答え」があるからだ。
有神論と無神論でもない。輪廻転生の有無でもない。
それが、真実であれ、狂気であれ――
応答セヨ。北極星カラハ応答アリ。
Pt.2に続く
インターバル
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