見出し画像

【世界のうまいもの】うまい油が手に入ったら地中海料理を作ろう 〜チュニジア料理〜

オリーブ油というやつは食材の中でも相当マガイモノが流通しているアイテムで、そういえばエクストラヴァージンオイルと書いていない油を探すのが難しいのは変だなと思っていたのだが、それじゃあ廉価なオリーブの実の搾りかすでまだ油が出るやつをさらに絞った油は一体どこで売っているのだろう。
調べてみるとオリーブ油ビジネスはかなり闇深いものであるらしく、イタリアやギリシャではあっちの極道のシノギの一つでもあるらしいのでおやじギャグではないがなかなか油断できない。
そもそもそういうビジネスは古代ローマの頃からあったので、何かそういうズルをしやすいものなのかもしれない。

では本物のちゃんとしたオリーブ油はどんなものか、最初に食った時の衝撃はすごかった。
ラー油ではないのだがピリッとした刺激があって、結構苦い味がついているもので、焼きたてのパンにつけて食ったらとんでもなくうまかったのを覚えている。
そういう油は大体が売り方も値段も違うもので、瓶なり缶なりにちゃんと来歴や特徴が書いてあるものだ。
わが家ではオリーブ油を2種類置いていて、一つは普段使いの何にでも使える汎用油で安いもの、コストコで1ガロン入りみたいなのを買ってきて使っているのだが、もう一つは食卓調味料扱いのいい油、つまり味を楽しむ用の油だ。
これまでは小瓶で買っていたのだが結構なくなるのが早く、今回妻が900mlもの油を張り込んで手に入れたので、しばらくは楽しめそうだ。

チュニジアからやってきた油

そのオリーブ油は450mlの缶に入っているのだが、こういうパッケージは珍しい。
なんというかピカール金属みがきの缶みたいだ。
さてこいつはチュニジア産ということだが、チュニジアといって何かを連想できる人はあまりいないのではないか、缶にも「チュニジアってどこ?」という説明が地図入りで載っている。
そんなわけで、今回はチュニジア料理を作ってやろうということになったのである。

チュニジアってどこ?

てなことがパッケージに書いてある通り、チュニジアといえばあれだなと何かをイメージできる人は少なさそうだ。
私のように幼少の頃からタミヤ模型の刷り込みを受けた奴にとってはチュニジアと言ったらドイツのロンメル将軍とイギリスのモントゴメリー将軍が勝負していた場所で、1/35のドイツアフリカ軍団や英第8軍の兵隊が両方とも半ズボンだったのが子供ながらに衝撃的だったが、まあ砂漠で暑いんだろうなと思っていたくらいのものだ。

チュニジアってどこ?

チュニジアは地中海に面する北アフリカのアルジェリアとリビアに挟まれた位置にある国なんだが、改めて地図を見ると両側の国に対して結構小さな国であることが意外だった。
歴史が好きな人にとっては結構興味深い土地で、ここは古くはカルタゴという国があってフェニキア人の商人が海洋交易を行うことで栄えていた。
特にシシリー島とは指呼の距離と言っていい近さにあり、この海域はジブラルタル海峡に次いで狭い地中海の隘路であったことから、交通や交易の要衝であったことは地図からも明らかだ。
またこういう海のチョークポイントは地政学的にも色々あって、イタリアからはローマ軍団が船を漕いで攻めてきたり、こっちからも象を船に乗せてはるばるアルプス経由で遠征に行ったりすることもあった。
カルタゴがローマに滅ぼされた後はローマ帝国の属州として繁栄を続けるのだが、どうやら世界で一番保存状態がいい円形闘技場はローマのコロッセオではなくチュニジアのエル・ジェイムにあるものだそうで、なんでも17世紀ごろまではほぼ完璧に保存されていたそうだから驚きだ。
そんなわけでチュニジアは実はローマ帝国の遺物が非常に豊富で、砂漠の中にそっくり残っているローマ軍団が作った砦を1930年代のフランス外人部隊がそのまま駐屯地として使っていたということもあったらしい。

エル・ジェムの円形闘技場は世界で一番保存状態がいいらしい

チュニジアはその後イスラム教がやってきてリビアやアルジェリアとともにイスラム圏となるのだが、おかげで大体共通した文化のフォーマットを共有しているようで、食生活なんかでも似たようなものを食べているようだ。
オリーブ油とスパイスをたっぷり使った料理であることや、トマトと玉ねぎがなければ始まらないこと、肉のロースト料理がめっぽううまいなどは、地中海のイスラムの食文化に大体共通しているようだ。
よくよく考えてみれば古来より地中海の結節点だったことから地中海の東の果てから西の果てまでの様々なうまいものがミックスされ、それを四方八方に伝えていたのだから、うまいものが共通しているのは当たり前なんだろう。
もしかしたらレコンキスタでスペインから追われたイスラム教徒が逃げ延びてきてスペイン風の味付けをもたらした時代もあったであろうし、シルクロードの彼方からもたらされた麺料理がオスマン帝国から赴任した役人付き料理人によって一時的に流行ったということもあったかもしれない。
ハーフの子供はかわいいというが、料理は文化が混じれば混じるほどうまくなるもんだ。

昔作ったカルタゴの戦象 
ロシアのズヴェズダのキットで1/72スケール

そういえば北アフリカ諸国といえば大体が砂漠で、都市に定住する人がいる一方で、遊牧で各地を移動して回る人も多い。
こういう人たちを遊牧民というが、こうなると国境というものもあまり意味がなく、サハラ砂漠をオアシス沿いにシビビーンと移動してはいろんなものを交易したり羊やラクダを売買している。
当然文化を跨いだ行動になるので異文化に対しては受容的でなければ務まらないだろう。
やがてフランス人がやってきてこのあたり一帯を植民地、場所によっては海外県といって植民地とは異なるのだが、要するにフランス文化が入ってきた。
もっとも元々住んでいた人たちは2等国民という扱いに苦しむことになるのだが、料理はうまくなった。
何せ東の中国人西のフランス人というくらい食べることにうるさい民族なので、うまくないものを食わされることには我慢がならない、食材や調理法もどんどん進化していって、今の地中海料理というものができあがったのだろう。
こんにち女子がマアステキとか言いながら携帯電話で写真を撮りまくるようなおしゃれなカフェーの料理は、なんのことはない元はこのあたりで普通におっさんが食べているものだったりするのである。

チュニジア人と遭遇した記憶

ところで私は過去に2度チュニジア人とあったことがある。
そのうちの一人は、今からもう15年ほど前になるだろうか、私は中国の広東省で貿易会社の現地駐在員としていろんな専門市場で商品の買い付けをやる仕事をしていたことがあった。
その中でもメガネ関連の商材を売る店が広州の市場の中にあって、店の女主人とは懇意にしていたのでざっくばらんな付き合いをしていたのだが、とにかくアバウトなその女主人にとって私は身内みたいなもので、出張で訪れた際に女主人に所用ができて、ちょっと店番してくれと言われたことがあった。
まあ値段は普段買い付けている相場が大体わかっているので、もし値段を聞かれたらちょっと高めの値段を電卓で打って大体このくらい、納期はそのうち女主人が帰ってくるのでその時に答えるといえばいいだろうてな具合で、とにかくおおらかなものだった。
それで、俺は客なんだがなと思いながらしばらく一人で店番をやっていたのだが、さすがに世界中から商品を買い付けに来る広州だけあっていろんな人がやってきた。
やがて浅黒い彫りの深い顔のチュニジア商人がやってきたが、雑談ついでに「昼飯は食ったか?」と中国人ばりに聞いたところ、今は昼飯は食わないのだといい、そうかラマダンかと聞くとそうだと言って相合を崩した。
そこからはいかにイスラームの教えが健康にいいかということを説き始め、困っているものを助けるイスラームを信仰する国が世界中でいかに多いかということを力説し始めた。
ところが突然電卓に「1947」という数字を打ち込み、ユダヤ人がパレスチナにやってきたのだと悲しい顔をした。
ボロボロに飢えて何も持っていない彼らにイスラームの民は食料や衣服を喜んで与えたが、ユダヤ人から帰ってきたものはイギリス人からもらった鉄砲の弾丸や砲弾だった。
奴らはアラブの民を殺し始めたのだと怒気を含んで語り出すに至ってこれはやばいと思い、慌てて話題を変えたのを覚えている。
考えてみればチュニジアも中東も話されているのはアラビア語で同じ文化を持っているので、あのあたりのイスラム圏は国は違えど仲間みたいなものなんだろうと思った。

チュニジアから買い付けに来た人

大変ありがたい大使館メニュー

さて、晩飯を作るにあたってレシピはどうしようかなという段になって、妻が手際よく見つけていたメニューがある。
youtubeにはありがたいことに大使館レシピというチャンネルがあって、各国の駐日大使付きの料理人がそれぞれの料理を教えてくれる。
まことにありがたい時代になったもんだ。
そんなわけで今回は3品のうち2品をチュニジア駐日大使の料理人さんのお世話になることにした次第。
それにしてもこのチャンネル、以前もグルジア大使館の動画でシュクメルリを教えてもらったりしたもんだが、文字通り国を代表する外国公館のオフィシャルな料理人が教えてくれるので、日本語ベースではこれほど間違いがない料理動画もなかろうと思う。

北アフリカといえばまずはシャクシュカ

メイン料理はシャクシュカといって、トマトと玉ねぎで煮込むシチュー料理にした。
これは以前モロッコに旅行に行った時にも食ったもので、マンガみたいなタジン鍋で出てきたのが印象的だった。
こいつの作り方は簡単で、まずたくさんの油で玉ねぎを炒め、これにトマトやピーマンといったものを順番に投入、味付けは基本塩味で適宜様々なスパイスを利かせ、最後に卵を落として蒸し焼きにして完成というものだ。
今回はシンプルなレシピで作ったが、肉や豆を加えることもあって、早い話がトマトソースとミートソースの中間みたいなものか。

結構簡単で色々応用もできるシャクシュカ

地中海ならではのタコサラダ

タコサラダといっても沖縄名物タコライスの上だけというのではなく、本当にタコを使った料理だ。
実はこれに近いものをわが家はマカオで何度も食べているのだが、ポルトガル料理にタコサラダというのがあって、あれは大層うまいものだった。
トマトと玉ねぎの刻んだものにぶつ切りのタコがふんだんに入っていて、レモン汁と塩とオリーブオイルで和えたマリネのようなもので、中華料理に入っている香菜(いわゆるパクチー)はちっともうまくないがタコサラダにハーブとして入っている香菜はずいぶんうまかったのを覚えている。
さてチュニジア大使館のメニューにはタコサラダというのがあって、材料も作り方もどうやらポルトガルのタコサラダとほぼ同じもののようだ。
おそらくは地中海全域で似たようなものがあまねく食べられているに違いない。

まずは材料を全部用意しておいて、食べる直前に和える
オリーブオイルがうまいとタコサラダもしっかりうまい

多分チュニジアでも食べられているであろうベルベルピザ

最後の主食だが、こいつはちょっと創作料理風ではあるけれども、そう遠くないものができたのではないかと勝手に考えている。
実はこの前日にフォカッチャを焼いたのだが、この時に参考にした三國清三という人のレシピが滅法にうまいもので、これはわが家のパンの標準配合にしようと決定、朝に大量に生地を捏ねたものを200gずつ分割して冷凍ストックするようにしたのだ。
この冷凍したフォカッチャ生地は都度解凍して成形し発酵させて焼くことでいつでも1時間以内にうまい焼き立てパンが食えるのだが、その応用としてベルベルピザにしてみたらうまいのではないかということを考えついた。

ベルベルピザというのは北アフリカのベルベル人の伝統料理の一つで、煮たり炒めたりした料理を生地で包み、平たくしたものを熾火で焼いて食べるというものだ。
家庭でやるならフィリングを包餡して平たく成形した後二次発酵を待たずにそのままフライパンで両面焼いて出来上がりという手軽さがありがたく、ピザのようにベタベタと手が汚れず食いやすいのがいい。
どんな具にも合うのだが、生地は確かデュラム小麦を使ってさっくりとした食感なのが特徴だ。
今回作ったフォカッチャ生地の食感がどうもこれに近いので、試しにやってみようと思った次第。
ベルベルピザはモロッコ料理じゃないかとも思うのだが、遊牧民はサハラ砂漠を縦横無尽に交易で移動していたのでチュニジアでも食っていただろうという想定だ。

材料はこの通り

生地は冷凍しておいたものを常温で解凍、その際に一時発酵もさせてしまう。
フィリングはジャガイモとベーコンとチーズを混合したものを半殺し状態にして冷ましたものを使う。

包餡した状態

生地はかなり大きく麺棒で伸ばし、フィリングを入れて丸く包餡したものを再び麺棒で平たく伸ばす。
この過程でフィリングに固いものがあると生地が破れやすくなるので、フィリングはしっかり火を通して柔らかくしたものが向いている。

焼き上がり

オーブンで焼き色を見ながら焼成するが、餡パンなんかと違って生地の厚みが極めて薄いので、大体表面に焼き色がつけば出来上がり、なんとなればフライパンで焼いてもいい。

できあがったものの断面

ピザというからにはチーズを入れるのだが、別にピザにこだわらずどんなものでも包んで手軽に食えるベルベル人式お焼きだと思えばいろんな応用もできるだろう。
これにフォカッチャ生地はものすごく相性が良かった。

今晩のわが家はチュニジア

できあがった料理
焼いた生地にシャクシュカをつけて食ってもうまい

テーブルの上を片付け、できあがったチュニジア料理3品を並べて照明を光量を落とした電球色にし、チュニジアのどこかのラジオ放送局をスピーカから流す。
そうすると毎度のことながらわが家のダイニングがどこかの国のような雰囲気になる。
こうしてできた料理を楽しむのがわが家の習わしで、こうやってダイニングだけ毎回外国を旅しているようなことをやっているのだが、これは一番安上がりな海外旅行に違いない自信がある。
今回のチュニジア料理は大当たり、オリーブ油がうまいとこういう料理は一気に化けるもんだ。
さて次はどこの国にテーブルだけ旅行に行こうか。

いいなと思ったら応援しよう!