見出し画像

Aro/Aceというラベルの必要性と、性格による違い

アロマンティックとアセクシュアルはLGBTQIAの中でも理解されにくいラベルだな、と感じる。

正直、当事者である自分ですら完全に理解したとは言い難い。

アロマンティックとアセクシュアルは必ずしもセットではなく、アロマンティック・セクシュアル、ロマンティック・アセクシュアルのパターンも存在する。

さらにアロマンティックの中には同性愛者もいるし、アセクシュアルの中にはソロプレイであれば性欲がある人もいる。

簡単に説明するとアロマンティックは人に恋愛感情が向かないもので、アセクシュアルは人に性愛感情が向かないものだ。

それ以上に見える違いは、性格に近い要素だと思っている。異性が嫌い・性の話題自体が無理・友愛の感情もないという人もいれば、真逆の人もいる。

かくいう自分もAro/Aceではあるが、自身や友人‪✕‬友人以外の人の話であれば、性の話題を嫌悪せずに話すことができる。コロコロコミックレベルの下ネタならむしろ好んでいるまである。(会話する際は勿論相手を選ぶ)

恋愛漫画も読むし恋愛リアリティーショーも見る。中高生のカップルを見かけると穏やかな気持ちになる。恋愛に関してはできなくても楽しいけれども、できたらできたで楽しいんだろうなと思っている。

Aro/Aceだけで説明できるほど単純な話ではないよなと、同じラベルの人をSNSで眺めては感じている。

そんな中、そこそこ見かける話題として、「わざわざ表明しなくてもいいんじゃない?」がある。

これに対して、少しだけ同意できる。
声高に主張することで知らない人を責めることはどうなのだろうか。SNSでのリプライや引用がそうだ。

知ってほしいと思うこと自体は自然なことだし、重要なのは言い方だと思う。「Aro/Aceを無視するな!」ではなく、「Aro/Aceというラベルがあって、それはこういった人で、こうこうこうなので、こういった人がいることも認識してもらえると幸いです」くらいがいい。そこで相手に理解する気持ちがなければ引き下がったほうがいい。

それと同時に、Aro/Aceというラベルを知らない当事者に届く程度の知名度はほしいと思っている。自分自身このラベルに出会うまで恋愛と性愛がないことにモヤついており、このラベルに出会えたお陰でスッキリしたからだ。

声高に主張する必要はないと思う反面、広めるためには強く訴えざるを得ないのでは、と考えると難しい問題だ。

名も知らずモヤついている当事者に届いてほしい。全員がスッキリできるわけではないだろうけれども。

実際、SNSで主張している人は殆どが同志作りを目的としているように見える。少なくとも、「主張しなくてよくない?」と言う人をターゲットにはしていないはずだ。

身近な相手へのカミングアウトも、必要に駆られてしている人が多いイメージだ。実際のところ恋愛・性愛感情を向けられるとか、話題をしつこく振られるとかがない限りお互いに無害であり続けるため、誰にでも言う必要はない。(考えは人それぞれなので全員に言うことが悪いわけでもない)

個人的な結論として、Aro/Aceというラベルは当事者のためにも必要だ。同性を好きなことで悩む人がいるように、“好きがない”ことで悩む人も確かに存在する。

そして、同性を好きな中で好みが別れていくように、好きがない中での許容範囲も存在する。

どんなラベルの人も、「人間」であることだけは頭の片隅に入れてほしい。誰もが大なり小なり個性を持っている。
恋愛・性愛感情以外の面での「Aro/Aceってこうなんでしょ」は、「A型って几帳面なんでしょ」くらい的外れだなぁと思う。

平和に楽しく、日々を過ごしたい。

いいなと思ったら応援しよう!