『黒猫ストリップ』第3話
ポルターガイスト
「あっ」
雨だったからだろうか。
その日は客入りがあんまり良くなくて、寄席の空気もど こかぬっとりと地を這うように落ち着いていた。楽屋では芸人たちもまたゆる ゆると暇を持て余している。舞台の袖に、いつものように座布団や小道具を運んでいると、通路に飾られた花束の中に、一匹の蟻を見つけた。 蟻は、花の中心で、飴溜まりに足を取られて溺れている。助けてやろうかと指を 差し出したが、一瞬考えてそれを止めた。きっと苦しいだろう、身動きも取りづ らいだろう。だけど、蟻にとってはそれも幸せなことに違いない。飴を身にまと い、充分なほどに与えられ、何もできなくなるほどにじわじわと深みに嵌る。 身震いするほどに満たされている。それを喜びと言わずして、何と言おう。
「ああ、此処にいたのか」
通路の向こうから、カランコロンと下駄の鳴る音がする。同時に穏やかな甘い声 が掛けられた。どんな空の色の日でも、陽炎の周りだけはいつもお天道様がその 虜になってしまったように眩しく光を湛えている。彼が微笑むと、その輝きはな お濃くなるような気がしていた。油を売っていたところを咎められるのかと思 いきや、陽炎は舶来の腕時計を私に示しながら、優しくこう言った。
「そろそろ時間だぞ」
「でも、まだ仕事が残っている」
「この後の演目には特にお運びはないから大丈夫だ」
「そうか」
本当はちょっと前から、ちょこちょこと楽屋の鳩時計を見に行っていた。ぽっぽ ーとひとつ鳩が鳴くごとに、心の中で正の字を書く。正の字がいっぱいになると、 それの線と線を繋げて、とある名前を描く。ひと文字ひと文字、宙でなぞると、 それは鮮やかな藤色に染まっていった。そんな日をもう幾度も過ごしている。正 を書く時間が長ければ長いほど、名前の彩りは強く濃くなっていった。
「早く行っておやり」
私の腕から座布団が奪われる。足元でシロが小さく欠伸する。通路をすれ違いざ ま、向かいから来た若草にポンと背を叩かれて、その勢いのまま、私は寄席の入 り口へ駆け出した。
☆
「よお」
紅葉は、いつものように壁にもたれて煙管を吸っていた。煙草を吸うこと自体は どの芸人たちもやっていることで差して珍しくもなかったが、彼の細い指が細 かい刻み葉を器用に摘まんで、燐寸を擦って細く吸い上げる口元が、私にはどう しても特別に感じられて、その仕草をとても好ましく思っていた。
「あ、蛇の目。置いてきた」
雨は、相変わらず私語をするように小さく降り注いでいる。せっかくまだ陽も落 ちぬ時間からこうして居られると言うのに、空はのっぺりと重く泥を掻きまわ したようだ。小屋に取りに戻ろうとした私の腕を、紅葉の手がふわりと捕らえる。
「構わねえよ、俺のに入ればいいだろ」
紅葉の持っていた蛇の目が、ばさりと雨粒の滴を迸らせながら開かれる。曇天に 掲げると、二人がやっと入れそうなほどの広さだった。 私は、紅葉に気付かれないように小さく小さく息を吸う。握られた手首がカッカ と熱かった。すぐに離れてしまったと言うのに、その瞬間、鼓動が止まりそうに なった。こんなことが続いたら、いつか本当に死んでしまうんじゃないだろうか。
「来いよ」
蛇の目の下で、紅葉が呼んでいる。隣に並ぶと、私たちの姿はすっぽりと傘の陰 に隠れて見えなくなった。これなら、重苦しい空も気怠い雨も視界に入らない。 手を伸ばせば届く距離に、私を包んでくれるお日様もいる。我ながらお天気屋だ なとも思う。
「今日のはなんての?」
「大喜劇『男装令嬢』!八月廿一日ヨリ公開だと。ほら」
紅葉は着流しの懐から、活動写真の番組表を取り出す。藁半紙に薄墨で印刷され たそれには、見るからに愉快そうな煽り見出しと共に、様々な作品の題目が踊っ ている。 紅葉はいつも『雅なことは分からん』と口癖のように言う。流行りの洋装や装飾 ひとつ取っても、『へえ、そうかい』と言っていちいち首を傾げる。芸人たちが、 あの流行歌があの歌手がと盛り上がっていても、『俺にはあんまり縁がなくてな』 と、ひとり楽屋で将棋など打っている。それを最初は、きっと興味がないのだろ うと思っていた。しかし、こうして都度都度、紅葉と話している内に、そう言う ばっかりではないと言うことに気付いた。
例えば、道端で野草を見つけた時。紅葉は必ずその草の名前を知っていて、これ は滋養に効くんだ火傷に良いんだなどと私に教えてくれた。そして、それらは全てぱらぱらと流し見た本に載っていたんだと、事もなげに言う。またある時、お 腹が空いたとこぼせば、知り合いのカフェーのオムレツが絶品だとか、フライの 類が得意な店の主人がいるだとか、あちらこちらに連れて行ってくれた。それも また、ただ知っていただけだと照れ臭そうに言った。 活動写真だって、これほどに異国の文化に通じ、活弁の台詞を覚えてしまうほど知っているというのに、相変わらず紅葉は、どうと言うこともないと言い通す。 『ただ、面白いもんをもっと面白がりたいだけだ』。いつぞやかの行きすがら、 紅葉はそう言っておどけて見せた。そんな紅葉の言葉ひとつひとつを、私はいつも心の奥の奥の方にある部屋にそっと閉じ込めて、あとで幾度も会いに行くのだ。
「しまったな、封切を外せばよかった」
大通りを抜けて、見世物小屋や芝居小屋を通った奥。この街でも外れの一角に 『大勝館』はある。紅葉が良く通っている、活動写真の小屋だ。二つの天使像が 飾られた正面玄関をくぐると、むんとした熱気が立ち込めていた。今日は輪を掛 けてごった返しているようだ。人混みにもまれそうになった私の腕を、こちらを 振り返りながら紅葉が軽く掴まえたので、私の心の臓はまた危機を迎える羽目 になった。
「悪りぃな、どうしても早く観ておきたくて」
「良いんだ、すごく楽しみだ」
紅葉は開いた席をきょろきょろと探している。老若男女、金持ちも貧乏もみな一 様にまだ見ぬ物語に心躍らせている。この人々の表情や小屋の空気を見るたび に、なぜ紅葉が活動写真が好きなのか良く分かる気がした。
「実はな、俺の兄弟が出てるんだ。この『男装令嬢』っての」
「え、そうなのか?」
「前に少し話したか。宮緒って言ってな。駆け出しの役者をやってる」
紅葉の話には、たびたび兄弟の名前が登場した。血は繋がらないが大家族で育っ たと言うその思い出を、紅葉は何よりも大事そうに語っていた。
「そうだ。今度兄弟が、京から見物に来るんだ。
良かったら会ってやってくれ」
「一番上のお兄さんと、他の兄弟たちも来るのか?」
「ああ。いつも文で知らせてるからな。アンタのことも良く知ってる」
開演の鐘が、小屋中に響き渡る。わらわらとロビィにいた人々が入ってくる中で、 紅葉は私の手を引いて、客席の隅、二つだけ空いた席に着いた。 次第に、場内は照明が落とされ暗くなっていく。右手に座る紅葉の横顔も、徐々 に見えなくなっていく中、 彼は高座を向いたまま、ポツリと零す様に言った。
「兄弟たち、会ったこともねえのにアンタのこと大好きになっちまったってよ。 全く。知らせなけりゃ良かったぜ」
それっきり。その以上の言葉は、活弁士を招く大きな拍手と声にかき消されて聞 けなかった。私は、上映が始まってもしばらくそのことが気になって、ぼうっと していた。 じゃあ、紅葉はどう思っている、とは。どうしても聞けなかった。
☆
「ひでえな、そんな風に思ってたのか?」
紅葉が、驚きまじりでカラカラと笑う。蛇の目は折り畳まれカツカツと杖代わり になって、紅葉との間を我が物顔で歩いている。辺りの繁みからは、噎せ返るよ うな葉月の草いきれが鼻に通っていた。
「だって、芸人たちはみんなそうだと陽炎が言っていた」
「ああそりゃ、あの旦那たちはそうかも知れんが」
紅葉は、まだ抑えらえないといった調子でくつくつと肩を震わせている。その頬 は、銀色の月が朝陽を浴びたようにほんのりと朱を帯びている。若い者がどうしてそう騒がずにいると、酒場の客たちにぐいぐいと勧められ、言われるがままに 杯を開けていたら、いつの間にか随分と酔ってしまっていたらしい。元来強くはないらしく、紅葉は飲むと、いつもよりも少しだけ饒舌になる。だから私も、そ れに合わせていつもよりたくさん言葉を注ぐ。お蔭で、薄暗い帰り道も幾分かハレて感じられた。
「俺はな、釣りたい鯛にはたんと餌をやるほうだ」
「鯛?」
「ああ、魚の中でも鯛が好きだからな。旨いだろ?」
「… う、ん」
冗談なのか本気なのか。謎掛けのような返事。私はくるくると回らない頭で思考 を巡らせる。 『紅葉はデエトに慣れている』。勢いでぽろりと零れてしまった言葉を、紅葉は 耳敏く聞きつけた。口にしたら拗ねたように響いてしまって慌てて打ち消そう としたのだが。紅葉はなぜか今のように上機嫌になってしまった。
「良いな、良いこと聞いた。これでしばらく乗り切れそうだ」
「意味が分からん」
「それじゃあ、教えてやる」
紅葉は、濡れた地面を引きずっていた蛇の目を空に掲げる。パンと音を鳴らして 大きく開くと、傘の下はもう私と紅葉だけになった。行き交う人々から隠す様に、 紅葉はそれを低く傾ける。
「アンタだけだ。アンタが初めてだ」
耳のすぐ傍で、紅葉の低い声が囁く。 その声音は、さっきまでの浮かれたようなそれとは全く違っていた。
「アンタをどろどろに甘やかしてやりたい。それこそ一人じゃ何もできなくな るくらいにな。だからこうして連れ回してる」
「嫌だってんならいつでも断ってくれて良いぜ」
言葉とは裏腹に、乞うようなねだるような声。吐息交じりに吹き込まれて、脳ま で痺れそうだ。 ずるい。ずるいずるい。紅葉は本当にずるい。 試すように言ったところで、私の想っていることなどお見通しなんだ。そんな言い方をされたら、全部全部どうでも良くなってしまうって、紅葉は最初から分か っているんだ。
紅葉の指が、私の指先を探り当てる。 ほんの少しだけ触れあっていた手を、遠慮がちに絡め取られた。 撫でさするようにやわやわと、低い熱を映すようにゆっくりと。紅葉は、私の指先を触っている。 指の間をこそこそと擦られると、くすぐったくなって小さく息が漏れた。
「可愛いな」
くすくすと小さく笑う音。それだけで、きゅん、と身体が震えた。耳たぶに唇が 付きそうなほどの距離に紅葉がいる。紅葉が零した呼吸すら、全てが甘くて苦く て、頭が真っ白になりそうだった。ずるい紅葉は息をつく暇さえくれなくて、私 はずっと固く目を瞑っていた。 紅葉は、何度も何度も飽きることなく繰り返す。 爪の先から指の腹、掌へ。細い指でつつーっと辿ると、血管を確かめるように、 手首を爪の先でなぞる。着物の袖が、衣擦れの音を立てて捲れていった。
「なあ、こっち向いてくれよ」
優しい響きが鼓膜を揺らす。 本当は、紅葉の顔を見たかった。視線が合わないことが寂しかった。だけど、今 その濃紫の瞳をのぞいたら、きっと隠してきた想いが、宵闇の花火みたいに余す ところなく弾けてしまう。それが怖くて、どうしても顔を上げられなかった。 だから代わりに。私は紅葉の小指をぎゅっと握った。 触れあったところから、紅葉の鼓動が伝わってくる。それは、私の心の臓と同じ 早さで波打っていた。 紅葉の喉元が、こくんと大きく動く音がした。息を吸うことすら苦しくて上手にできない。呼吸の仕方を忘れてしまったようだった。
「俺の名前、呼んでくれ」
「…… もみじ…… 」
唇から転げ落ちたのは、何度も何度も何度も思い描いたその名前。口にしてしま うと、想いを秘めることなど無駄なことのように感じられた。紅葉と私の繋がっ たところへ、慕わしい感情がぼたぼたと驟雨の様に降り注ぐ。 白く霞んだ視界に、紅葉の顔が映った。それは、今まで見たこともないような表 情だった。 いつものように穏やかに微笑んでいるようで、藤色の瞳の奥には胸を突き上げるような苦しみの色が浮かんでいる。なぜ、紅葉はこんな顔をしているんだろう。 どうして私はこんなに哀しい気持ちになるのだろう。
紅葉は、私の掌を親指でひと撫でする。そのまま私をひとめ盗み見ると瞼を閉じ た。 半開きになった唇から荒い息が漏れて、掌に触れる。紅葉が何をしようとしてい るのか気付いて、 私は咄嗟に手を引こうとしたが、紅葉の強い力によって止められてしまった。 紅葉の唇が、掌に強く押し付けられる。身体が戦慄いて、ひうと小さく悲鳴が漏 れた。 肌の奥から脳裏まで侵される感触。触れられたところから焼け付いてしまわん ばかりの熱さ。唇の間から、ちゅっと大きな音がわざとのように響いて、濡れた ような感覚だけが掌に残る。紅葉の離れたところから、立ちどころにそれらの名残は霧散していった。
「ああ、恋しいな」
伏せられていた長い睫毛が、眠りから目覚めるように形よく開かれる。 紅葉は、独り言のように呟いた。二つの早鐘がドクドクと、意識の奥まで満たす ように伝わって来る。 重なった指先だけで、まだ紅葉と繋がっていられた。紅葉の藤色に、私の金色の 瞳が揺れている。それは浅ましいほどに目の前の人を乞うていた。身体の触れあ っていない部分が寂しかった。 呼吸をすることすら苦しいほどなのに、もっと触れて欲しいだなんて。 こんなに貪欲なところを知ったら、きっと紅葉は私を嫌ってしまうだろう。
お行儀良くなど出来ない。もっともっとと浴びるように求め続ける。 いつまでたっても足りなくて。与えられるまま満たされて。 そのうち紅葉の存在を感じていないと、生きていられなくなってしまうんだろ う。 もしかすると。それも幸せなのかもしれない。 あの飴に落ちた蟻みたいに。それを、恋しいと、大人は呼ぶのかも知れない。
☆
【 篤志へ】
随分な量の米をありがとう。 ただな、言いたかないが俺は独り身だ。 日にあんな何合も炊いてちゃ、そのうち両国に住むことになっちまう。 兄様にもちゃんと言っといてくれや。 俺に送る分で、チビどもにうんと食わせてやってくれ。 チビどもと言えば、七番目の弟がサアカス・デビウしたらしいな。 街の新聞で読んだ。帝都は情報が早いんでな。 あんなに気弱だったあいつが猛獣使いとはな。目出度いこった。 宮緒の活動写真もこないだ観に行った。 ますます女だか男だか分からなくなってやがるな… 相手役の男が助平そうだったんで、 よくよく気ぃ付けるように言ってくれ。 …… と、まあ、前置きはこれくらいにしてだ。
ついこないだ、良いことがあった。 やっと、あの子に触れることができた。 今まで何度も手を取ったり掴まえたりしてきたんだが。びっくりさせてしまっ たりしてな。 すぐ離されたり中々にもどかしい想いをしてきていたからな。 笑うだろ? 紅葉ともあろう男がって思うだろ? この街じゃ、確かに俺はまだまだ子どもだ。 芸人たちの間でも相変わらずガキ扱いされるし仕方ないとは思ってる。 だけど、人の数だけ芸の数だけ「欲」ってのは存在する。 これだけ毎日色んな人間と接してりゃ、 男と女の色恋のあれこれなんざそれこそ飽きるくらいに見てきた。 ガキみてぇにダダこねるんじゃなく、欲しいものは欲しいと自らで得る方法く らい知ってるつもりだ。 そんな、俺がだ。 見事に手も足も出ねえ。あ、手はちっとは出せたのか。 一歩踏み出すだけでも一苦労だ。大人ってのはこれを器用にやってんのか? どうも信じられねえんで、一度兄様に聞いてみようかと思う。 まああの人は、紅葉には早い!なんて言って教えてくれなさそうだが。
活動写真を見に行ったんだ。ああ、例の『男装令嬢』だな。 宮緒の芝居自体は良かったんだが、俺はどうにも隣が気になって仕方なくてな。 一緒に働いてるって前に話しただろ? お運びの仕事と言うのは、見てる分には楽そうだが意外に重労働でな。 まあ陽炎はじめ他の芸人もそれを分かっていて手伝ったりはしているんだが。 さすがに昼も夜も動き通しでとなると俺でもぐったりしちまいそうだ。 隣で船を漕ぎ出したんだ、あの子が。 最初のほうは頑張って観てたんだがな。 舞踏会の場面でワルツなんて流れちまうともうダメだ。ありゃ子守歌だな。 ふわふわ瞼が落ちていってな。こてんと俺の肩にもたれ掛かって来た。 もう正直活動写真どころじゃなかったな。いや、見ることはちゃんと見たんだが。 途中まで。 あとはずっとあの子の寝顔を見ていた。 普段はどんなに暇でも、ぴしっと背を張って座ってるような子なんだ。 最近、竜胆の旦那の帰りがいつも明け方らしくてな。それであの子も寝不足なこ とが多いんだが。 それでも楽屋で寝入っちまったりは絶対しない。 いつも見ながら、もっと気を抜かせてやりてぇなと思ってたところだったんだ。 ちっとは、俺がヤドリギ代わりになれたのかね。なあ、どう思う?
あの子のことばっかりだと、俺が色恋に現抜かしてると思うだろ。 悪ぃがそればっかじゃないのが、この街一番の奇術師・紅葉だ。 祭りも終わっちまったんで披露の場がなかったんだが、ようやく巡って来た! 晩夏の寄席で、『呑刀』の奇術をやることになった。 一歩間違えりゃ首ごと吹っ飛ぶ危険な芸だが、今までやってきた総決算だ。 相棒には、兄様から受け継いだ、あの懐刀を使わせてもらう。 一族の名に恥じぬように、精一杯務めあげるつもりだ。 兄弟たちに見せられねえのがひどく残念ではあるがな。 代わりに、俺の可愛いおひいさんが袖から見てくれる。それで許せ。 客も遠くから近くから、たんと集まってくれるらしい。 どっかの新聞には載ると思うから、まあ京から楽しみにしててくれ。
そういえば、こっちに見物に来るのは、秋口だって言ってたよな。 案内やら宿やらは気にしなくていい。手筈は整えておく。 ただ、その時に、ちっとばかし頼みがあるんだ。 あの子の昔のこと、一緒に探っちゃくれねえか。 こっちでも、四方手を尽くしてみたんだがな。 あるところに行きついても、どうしてもそれ以上分からねえ。 まるで、何かに止められてるようにな。 竜胆の旦那と陽炎の旦那も、以前からあれこれと探し回っているようだが。 あの人らはそう言うことを能弁垂れるような男じゃないからな。 元々、自分のこともろくに話さないようなお人らだ。 きっと掴んでることもあるんだろうが、あの子に告げる刻を待ってるんだろう。 俺も流れに任せてみようと思ったこともあった。 あの子は、今が良いと言ってくれている。 あれやこれや詮索することなんざ、望まないだろうからな。 それに、俺も裏でごそごそやるのは好かねえ性分だ。 しかしな。頭をひっついて離れねえんだ。あの子が見たっていう『その男』のこ とが。それが少しでもあの子の顔を曇らすことになってんなら、 腹をくくらにゃ男が廃る、ってもんだろ。 人の戀路を邪魔する奴はなんとやらって言葉もあるしな。 後生だ!兄弟の小さな願いと思って聞き入れてくれ!
そんなわけで、会えるのを楽しみにしてるぜ。 お前も、たまには近況を知らせてこいよ。 便りがないのは息災な証拠とは言うが、筆不精にも程があるだろ。 まあ、俺もあの子のことを綴るようになる前は、 ○の一文字で返したりしていたがな。今は忘れてくれ。 元気で。兄様と兄弟たちによろしく。
紅葉
追伸:「とてたま」って知ってるか?
「とってもたまらない」の略称だそうだ。面白いだろ?
最近、帝都で流行りの言葉らしくてな。あの子が教えてくれた。
宵待草
それが夢であろうとは、霧中にいる少女は気付いていた。 誰かが自分の手を引いている。目の前には、一面白銀の長い長い土手がどこまで も途切れることなく続いていた。かしゅかしゅとつま先で氷の欠片をかくと、灰 色の地表が現れる。両脇にはフキノトウの小さな芽がちらほらと顔を覗かせて いる。結ばれた手は大きく広く、今よりもずっと幼く見える自分の指を柔らかく 掴んでいる。ひどく穏やかな心地だ。何の不安もない。ただひたすらにこの手に 抱かれて進んでいけば良い。自分に微笑みかけるこれは一体誰なのだろう。知ら ない人のようでいて、深く知っている人のようでもある。気になって仕方がなく て、少女は顔を上げた。
かしましく慕情を鳴き遊ぶ空蝉も、その言霊の終わりを知る葉月の暮れ。 さすがに夜半過ぎも遠くなると、ぬるく肌を湿らせる暑さもわずかには和らい だ、街外れの竜胆の家。夏の始めより、その二階に移された少女の居室では、ち ょうど部屋の主が浅い眠りの淵から引き揚げられたところであった。傍らでは、 愛猫がうにゃうにゃと呑気に寝言など言いながら丸くなっている。はて、寝入っ たのは何時だったのだろうか。少女は夢と現を彷徨いながら、ぼんやりとした頭 で考えていた。
その時。階下よりガシャンと何かが割れる大きな音がした。その響きは、早朝の 鶯も驚いて飛び立つほどで、深い静寂にあった家内に広く木霊してゆく。ぐわん ぐわんと耳垂を狂わすそれに煽られるように、少女は身を起こした。階下は一時 的に静けさを取り戻していたが、それに続けて自分を呼ぶ、近所迷惑なほどの竜 胆の声が聞こえている。少女は、この騒動でも目覚めない平和な相棒の眠りを妨 げぬように、ゆっくりゆっくりと自室の扉を閉めた。
「またか」
夜の帳はまだうっそうと廊下の隅々までを飲み込んでいる。階段を下り、手探り で玄関へと向かうと、そこには紫の羽織の男が、相変わらず発光する目印のよう な様子でそこに倒れこんでいた。
「おかえりの一言もないのか?」
「… おかえり」
「ただいま、だ」
見ると、玄関の扉を開けてすぐの青いタイルの敷かれたところに、原型ひとつ残 さぬと決意でもしたかのように、大きな備前焼の壺が粉々になってぶち撒かれ ていた。確か女性の太客にもらったとかで、もしか芸人を廃業になったとして、 これさえ質屋に入れれば憂いなししばらくは遊んで暮らせるだろう安心しろよ と、随分な調子で言われていた物だったはずだが。これで貧乏暇なしがいよいよ 確定した上、正体が分かればさぞかし大騒ぎするのだろうと、少女はまた新たに 起きた頭痛の種に悩まされる。 竜胆は、倒れこんだまま動かない。干からびた蟹のようにジッとしている。鼻に 焼けつくようなこの香りから察するに、またしこたま飲んできたのだろう。ここ 半月ほどはずっとそんな調子であった。 もっとも少女も、二日おきほどで紅葉と出掛けるようになってからは、この家を 空けることが増えていた。とは言え、今しばらくと願っていても、紅葉は夜五つ には必ず少女を家に送り届けてしまう。必然的に、少女はシロと二人きりで落ち るように寝てしまうことが多くなっていた。
「水?」
「ん」
竜胆の後頭部に問い掛けると、右腕をぺたりと伸ばしながら短く答える。 今日はいつもにも増して酔いが深いように見えた。呼ばれてしまった以上、この 情けない年長の男を放置しておく訳にもいかない。玄関の始末もしなければ。少 女はため息をつくと、しゃがみ込んでいた半身を起こした。そこでふと、竜胆の 背に見慣れぬ長いものが背負われているのに気付いた。全長は竜胆の背丈の半 分より若干短いくらいであろうか。白い布に丁重に巻かれた様子のそれが、少女 はなぜか気になった。 竜胆は、水を所望したそのままの姿勢で微動だにしない。一歩だけ竜胆の身体側 に踏み込むと、少女はその長いものに触れようとした。
「水」
それを包む布を摘まもうとした瞬間。竜胆の咎めるような声が降って来る。見る と、ずるりと顔をあげてこちらをじとりと見つめている。顔を押し付けていたせ いで鼻頭は真っ赤、頬や首筋は酔いのせいかぼんやりと朱が滲んでいる。そんな 説得力などひとつもないような調子の癖に、無闇にしっかりとした諫め方だったので、少女はそれ以上強行突破することも出来ず、同じじとりとした目線を返して、厨の奥に消えた。
☆
「二階の洗濯物は?」
「仕舞った」
カツカツと小さく足音を立てていた古時計が、やる気なさげに六つ返事をする。 処夏特有の、沼の畔に咲く若草のように涼し気な、しかしねばり気を持った匂い が、竜胆と少女の佇む一階の居間を包み込んでいた。長い顔周りの髪からぽとり ぽとりと滴を垂らしながら、竜胆は倒れ込むように畳に腰を下ろした。そのまま 大の字に身体を開くと、傍らで麦茶を飲む少女に様子を伺う。乾いていなくても 取り込んでくれ。夜露に濡れてしまうと、折角の着物が匂う。あっけらかんとし ているようで意外に神経質な竜胆の性格を、少女はすでに良く理解していた。
「えらいぞ。俺の買っておいた豆腐は?」
「冷ややっこにして食べた」
「君なあ… 」
「にゃうん」
「美味しかったな、シロ」
ちゃぶ台の上で、したり顔でシロが笑う。それにつられて少女もくすくすと笑っ た。こうやって膝を突き合わせて話をするのは久方ぶりのことだった。ぐだぐだ といつまでも起き上がらない竜胆を、褒めたり賺したりいつもの調子でやり合 いながら風呂場まで引きづっていたら、階下の面白そうな気配を感じたのかシ ロまで起きてきて、竜胆家水入らずの緩い団欒と相成ったのだ。 以前は、朝は施しの道中を、昼は寄席にて、夜はまた連れ立って帰ったりと、着かず離れず、その実べったりと一緒に居たと言うのに。最近では日常のその時々 で、わずかに言葉を交わす程度になっていた。
少女自身は、紅葉との関係の変化 がそうさせているのだと言い聞かせていたが。本心のところ、あの祭りの夜の出 来事が原因であることは存分に理解していた。居室を移してくれと頼んだ時も、 竜胆は片眉を上げて何か問うた気にしていたが、おひいさんも年頃だからなと 案外あっさりと許可を下ろした。
「あれは晩酌の肴に取っておいたんだぞ」
「竜胆がいないのが悪い」
「なんだ、ひょっとして寂しかったのか?紅葉じゃやはり役不足か」
「都合の良い頭だな」
「こんなに釣れなかったか?うちのおひいさんは」
今日は厄日か何かか。やれやれと言った調子で、竜胆は、首に掛けていた手拭い をずいと少女につき出した。髪を拭いてくれと言う合図だ。ガシガシと荒く水気 を払った後、いつも濡らしたままうろうろするので、部屋中を水浸しにしてしま う竜胆。それを見かねて一度拭いてやったのが気に入ったのか、少女が傍にいる 時にはこうして強請るようになっていた。 手拭いを渡され、少女は躊躇した。 それは聡い竜胆でさえ気付かないくらいに、ほんのわずかであったが。
「後ろを向け」
何でもないような顔でそれを受け取る。 いつものように、努めてぶっきらぼうに。 上手く誤魔化せただろうか。 自分ではわからなかった。他愛もない会話は以前のようにできても、正面から竜 胆と向き合うことが出来なかった。焼き付いたように消えた記憶の跡に、竜胆と の、紅葉との、芸人たちとの記録が電影のように連なって伸びていく。その中で も、あの夜の記憶はひとりでいる時々に強烈な閃光を帯びて蘇ってきて、少女の 意識を掻き乱した。到底、嫌悪とも甘美とも言い難い感情を、昇華することも出 来ずに、あれからずっと少女は持て余し続けていた。 竜胆は大人しく少女に背を向ける。少女はそのまま後ろに回り、竜胆の柔らかい 髪を手拭いで包み込んだ。さらさらと撫でるように髪を拭くと、竜胆は目を細め てふうと安堵したように息をつく。銀糸の一本一本が、淡く灯る豆電球に応えて 輝いて見せた。
普段の竜胆を見るにつけ、少女はあの出来事は祭りの日のマヤカシか何かだっ たのだろうと、幾度も自分を騙そうとした。しかし今では、竜胆とこうしてひと つ屋根の下で共に過ごし始めてから、よくよく繰り返されてきた日常の一部だ ったではないかと思い始めていた。何もかもは深く見追うとしていなかっただ けなのだ。自分が「子ども」であったゆえ。 だから、少女は「大人」になることにした。 自分のことは自分でしているし、仕事もきちんとこなしている。 もう竜胆に頼ったり、甘えたりもしない。 少女は、竜胆が好きだった。シロも紅葉も、寄席の仲間たちも大好きだった。 ここを離れたくない。今が愛おしい。 竜胆とみんなと、ずっとこの緩やかで優しい時が続けばよい。 その為には、子どもであることに甘んじる自分は、邪魔であった。
「元気だったか?」
青白い煙が真っすぐに天井を目指して昇っていく。いつのまに刻み煙草の種類 を変えたのだろう。竜胆のパイプから吐き出されたそれからは、深いニッキの匂 いがした。
「なんだそれは」
「紅葉とは仲良くやってるのか?」
少女の返事など聞いていないかのように、竜胆はそう畳みかけた。 唐突に紅葉の名前を口にされ、少女は目を泳がせる。 気恥ずかしいようで、くすぐったいような。聞いて欲しいようで知られたくない ような。 どうせ見透かされているのだろうと思いながらも、少女はぽそりと口を開く。
「一緒に、活動写真を見に行ったりしている」
「へえ、他には?」
「え、酒場に行ったり、見世物小屋に行ったり」
「他には?」
「他にはってなんだ」
しつこくからかうような竜胆の口調に、少女はむっとして手拭い越しに襟足を 引っ張る。頭ごと反った格好になった竜胆は、いたたたすまんすまんなどと、謝 る気など一欠けらもない様子で少女の顔を仰ぎ見る。
「存外可愛らしいと思ってな」
「またそうして馬鹿にする」
「いやいや。君も立派な淑女であらせられるからなあ」
少女の手が、掻きまわすように竜胆の髪を撫でる。竜胆はうっとりと少女に身を 委ねた。幾ら竜胆が細身とは言え、成人男性のそれはそれなりの重みがある。竜 胆の身体にもたれ掛かられた少女は為されるがまま小さな胸元でそれを支えて いた。 毅然と振る舞わねばと思えば思うほどに、ころころと変わるこの男の表情に惑 わされてしまう。自分の思った通りには喋ることすらままならぬ。少女はせめて もの抵抗で、ジッと身動き一つ取らずにいた。鼻先を、風呂上がりの石鹸の匂い がくすぐる。竜胆の高い体温も相俟って、何処かへやったはずの眠気が帰って来 るようだった。
「紅葉も我慢強いものだな。さすがにキスくらいは許したんだろ?」
「きす?」
「接吻のことだ」
「せっ…… !」
少女が動揺したように顔を上げたのを、竜胆は目敏く逃さなかった。 もたれていた身体を翻すと、愉快そうに少女の顔を覗き込む。 「こりゃ驚いた。君は本当に嘘が付けないタチだな」 「な、見るな!」 少女は、表情を両腕で塞いで、竜胆の追求から逃れようとする。身を捩って顔を 逸らせた。視界の隅に、竜胆の何もかもを把握したようなにんまりと曲がった口 元が見え隠れする。
「したのか」
「……… し」
「し?」
「……… てない」
「本当か?」
「…… した」
「………… ほう」
意地の悪い声だ。竜胆は、執拗に追い詰めた割には囃し立てることもせず、定型 句のように感嘆する。咄嗟に嘘でも付けば良いものを何となく誤魔化すことも 出来ず、少女は鷹のような据わった眼差しで、竜胆を横目に見た。
「それくらい、する」
「そうさな、恋仲だもんな。俺としたことが野暮なことを聞いた」
「… やっぱり馬鹿にしている」
「そんなわけあるか。良かったじゃないか!
それで、接吻はどうだったんだ?どんな塩梅だった?」
まるで朝餉の味噌汁の味付けでも伺うように、竜胆は顔中で愉快を描いて問う てくる。竜胆の興味の対象は、常に他人や出来事の「驚き」にあった。幾ら不躾 に尋ねられても、誰も不快な思いをせずにその内面を容易に吐露してしまう。彼 の人となりがそうさせるのか、あるいはそれが彼の口癖であり、無邪気そのもの で歪な意図がないからなのか。だから、少女も馬鹿正直にそれに答えてしまうの だった。
「心の臓が、止まるかと思った」
「おお」
「その、こう、ココに」
ゆるゆると、少女は右の掌を撫ぜる。雨上がりの空気を煮詰めたような生ぬるさ と共に、紅葉の感触が思い起こされる。薄い唇の柔らかさは、記憶を通してあの 時よりもずっと優しく感じられた。
「手?!掌か?」
「うん」
「なんだ!」
竜胆は、両手を上げて心底がっかりしたと言った様子で、髪を包んでいた手拭い をぽいと放り出した。寝そべっていたシロが、迷惑顔で少女の隣に逃げ寄る。
「きみたち、まさか知らないんじゃないだろうな」
「何をだ」
「接吻ってのはな、普通コレにするんだ」
竜胆は、パイプを置くと、ずいっと少女に詰め寄る。 ぽってりと血の色の濃い緋牡丹のような少女の唇を、男の太い親指でもって触 れた。 寂しさを感じなかったと言えば嘘になる。 最初は、父と呼ばれることを嫌がっていた竜胆だったが、今では「親」と言う立 場こそが、最も少女と自分の関係に適していると思い始めていた。子どもと大人 であり、しかし友とも客とも違う。少女と竜胆との間に勝手に結ばれた親子と言 う繋がりは居心地が良く、竜胆は存外それを気に入った。ずっと独り身で揺蕩う ように所在のなかった我が身に、ひと時でも拠り所があることに満たされてい た。 だから、紅葉が少女の寄り木であろうとした時。自分はその二つの小さな幹を守 る風であろうと考えていた。所詮、その日暮らしのいち芸人だ。自分が自分で精 一杯のその手で、一度期は何もかもを失っている少女を、甘受しきれるとは到底 思っていなかった。望むことと言えば、いつまでも幼気に朗らかに笑っているこ と。時々はこの薄汚い大人に、希望の欠片でも分け与えて癒して欲しい。その代わり、少女のことで動けることは何でもしてみせよう。それが自分に出来る唯一 のけじめであろう。 竜胆は、よい父であろうと思っていた。 少女がひとりで立ち上がり、歩き始めている。喜ばしいことじゃないか。 想い想われ、慕わしさの意味も覚えたに違いない。 これならば、来るべき日が訪れたとて、立派に送り出すことが出来るだろう。
しかし。 「欲」とは、まことに勝手なものである。
竜胆は、ごくりと息を飲んだ。 色が匂う、と言う言葉の意味を今こそ初めて身を持って知った。 自分と同じ金色を抱いた少女の瞳が、じっと竜胆を見つめている。触れた親指は、 戻ることも出来ずにゆっくりとその唇をなぞる。半開いた口元から、淡く酸素を 求める吐息が漏れる。竜胆は我を疑った。まるでそれが、自分を強請っているように見えたからだ。
目を逸らしたくなった。
どうか、こっちを見ないで欲しい。
しかしもうひと時、 こちらを見つめていて欲しい。
相反する想いに意思が惑う。ふらふらと視線を漂 わせようとしても、耳障りに夏蝉が朝焼けを叫ぶばかり。少女の一双の明眸は、 鈴の音のように澄んでじわじわと潤みを増していく。 自分は知らない。少女のこんな顔は知らない。妬みと惜しみと悔恨との念が一緒 になって旋風のように頭脳の中を回転した。思考が自家中毒を起こしそうなほ ど煮え滾る。裏腹に、欲望は真っ直ぐに少女の咥内に惹き付けられていった。順 当に並んだ白い歯列の先で、まだ誰も味わったことのないはずの蕾が誘う。 竜胆は少女の顎を掴み、上を向かせた。身体の奥のほうでずくりと、雄が啼いた。
「竜胆!」
「あ、すまん」
催眠が解けたように、竜胆は少女から離れる。どんと強く胸を押されて、竜胆は そこでやっと自分の所在に気付いた。少女は先ほどとは打って変わって、訝し気 な顔で竜胆を見上げていた。
「近い」
「悪かった、調子に乗りすぎたな」
お遊戯みたいなままごとのような。そんな深い意味も持たない行為の線上には、 本来少女と竜胆の二人は、同時には存在しないはずであった。共に交わることの ない一線を、少女は時に紅葉と、竜胆もまた他の何某かと、ただ着かず離れず横 並びで歩いている。 大人の思考とは柔軟なようで強固だ。こと竜胆は、その中でも決して揺るがぬそ の意思に絶大なる信頼を寄せていた。紫の衣を纏い赤い意思を持って、繊細この 上なく咲き続ける竜胆と言う花に、多少の波風など起きてなきようなものだ。だ から竜胆は、やはりここでもよい父であろうとした。
「しかしな、おひいさん。 紅葉だって男だ。
厭らしいことのひとつやふたつ望んでいるに決まっている。
求められれば、処女(おとめ)を散らすことも拒んではいけないぞ」
「… は?」
竜胆は、へらへらとした薄い笑みを顔面に張り付ける。いつものように諭すよう に悟ったように少女を揺さぶる。放り投げられた竜胆の下世話な言葉ひとつひ とつが、それはこうだと断定されるように押し付けられていく。それが、少女を ぴりぴりと苛立たせた。未熟さを思い知らされているようで、尚の事気が立って くる。
「紅葉はそんなこと考えていない」
「言わないだけだ。その程度の接吻で満足するものか。
自分の物できみの奥底を貫くことで頭はいっぱいのはずだ」
「勝手なことを言うな!」
少女にカッと心火が灯る。 竜胆は、戯れに自分を弄ぶ。からかって茶化して、自分をまして紅葉のことをも 分かった風に言う。紅葉は、少女の唯一の真実なのだ。あの深い藤色に抱かれる 穏やかさを、素手で乱暴に摘み取ろうとする。二人で密やかに育ててきた想いに、 何もかも分かったような顔で土足で踏み込む。 紅葉ごと自分たちが穢されているようで、少女はただただ赦せなかった。
「おひいさん」
「うるさい!」
何か言葉を繋げようとした竜胆を遮って、少女は怒号をあげる。普段発し慣れな い音量に、その小さな肩は大きく上下していた。頬に冷たい落ち着きをのせ、少 女は吐き捨てるように言った。
「紅葉を、あんたと一緒にするな」
侮蔑する。 その言葉が最も相応しいと、竜胆はいやに冷静な頭で考えていた。少女が最後に 向けた表情は、ぞっとするほどに青白かった。わずかな期待も殺がれたような、 感情を失ったような顔だった。 階段を軋ませ、上階へ去っていく少女の足音に、真っ黒な愛猫が顔を起こす。少 女の後を追おうとして、一匹はふいと竜胆を一瞥した。
「お前、何を見た」
畳に広がった手拭いが、井草に染みを作っている。髪はすっかりと乾いているの に、全身はびっしょりと冷たい汗に濡れたようだった。口だけは無駄にくるくる と良く回って、これも職業病かと、そんな自分に嫌気が差した。どんな悲しみも、 怒りも嫉みも「上手にお喋りをする」、その罰が当たったのだと思った。普段な ら台詞一つ覚えられないものを、悪いことに今は放った言葉全てを諳んじられ るほどだ。 シロは何も応えなかった。ただ宥めるように竜胆の脚に擦り寄る。ころころと喉 を鳴らして見上げたその瞳は、自分と、そして少女と同じ金色を孕んでいる。 あの金色を塗り替えたのは何なのだろう。 塗り替わったのはいつなのだろう。 あんなに濃い色に、染め上げたのは、誰だ。
「俺は、何を見てきた」
誰も何も応えなかった。思考を遮るようにツクツク法師が泣き荒ぶ。消え行く御身を嘆くのか、遺される恋し子を憂うのか。父親の真似事が聞いて呆れる。ごっ こ遊びをしてもらっていたのは、自分のほうだったのだ。 竜胆は、近所から活気ある挨拶が飛び交う頃合いになっても眠る気も起きずに、 嘴を折られた鶏のように、呆然と思考を巡らし続けていた。
ナオミの夢
「へぇ… ふぅん」
百貨店のショウウィンドウに並ぶ、あれやこれやの洋装を値踏みするように、そ の女たちはじろじろと少女を視線で嘗め回す。平らな皿のような目でジロリと 睨み返すも彼女たちは動じもしない。むしろきゃらきゃらとその声色を高くし て興味深げに食い付いてくる。 むせ返るほどに強烈に鼻をつく香水、梅の匂いを温もりで溶かしたような白粉。 血を飲んだように真っ赤な紅をひいた唇。酔ってしまいそうだ。日頃いる寄席の 空気とは、視界に入るものも香りも何もかもが違う。少しお使いに寄っただけだ と言うのに、少女は酷く疲労を感じていた。
「こんなチンチクリンで良くお相手がつとまるわねえ」
「誰がチンチクリンだ」
「ごらんよ、コッチも蚊に刺されたくらいで」
「な、やめろっ!」
白くて細い指が、少女の胸元をグイと鷲掴む。発展途上のその部分は、女の小さ な手の中にすっぽりと覆われてしまう。ゆるりと淡く揉まれて、少女はカッと頬 を赤らめる。じたばたと身を捻って、女の手首を掴んで遠ざけると、彼女たちは より一層かしましく笑った。大丈夫よ、すぐに大きくなるわよぅ、そう愉快気に ニヤニヤする。
「あなたたち、遊んでていいんですか?
そんな不細工な姿で客前に出たらお足出しませんよ」
少女の背後から、ぽいと投げるように声が割り込む。言葉尻には冷え冷えするほ どの呆れを湛え、追い打ちとばかりに、はあ… と深いため息を零す。壁中に貼り 付けられた鮮やかな羽飾りに埋もれるように、ひとりの男が座っていた。その横 顔は女と見間違うばかりに耽美な造作をしていて、どこか薄幸を絵に描いたよ うな憂いを含んでいる。
「だって宵月さん。この子、あの竜胆の娘だってんだよ?」
「良いなあ。毎晩同衾してるんでしょ?アタシも一度お願いしたいわあ」
間違っていないようで大きく間違っている。否定したいが声を上げるほどでも 出ない。少女は、心底面倒臭いと言った様子で虚ろな瞳をさらに虚ろにするしか なかった。女のひとりが、肉感の割にほっそりとした腰に手を添えると、夢見る ように瞳を潤ませた。身に纏った薄い生地のドレスを翻す。
「コレだってあの方の為に新調したのよ?
竜胆様の羽織と同じ淡い紫!」
裾が揺れるたびに、隙間からぷるりぷるりと肉厚な太ももが覗く。胸元と言えば、 かろうじて布を添えていると言った風情で、乳牛のように豊満な乳房がほとん ど零れ出ていた。
「おや、それ紫だったんですか。ドブ色かと思ってましたよ」
「えええっ??!」
女の素っ頓狂な返事に、わあっとけたたましい笑い声が起きる。女たちは、はち 切れんばかりの豊かな肉体を大きく揺すって笑い顔を連鎖させる。おもちゃ箱 をぶちまけた様に目をチカチカとさせる極彩色の室内で、それは音符のように 音階を刻んでいた。 これが女の園、街一番のストリップ小屋『三区座』の日常。 色と音が優しく弾けるその空間は、少女には新鮮であり、また自分の持つ性であ る「女」と言うものを強く感じる世界でもあった。 宵月と呼ばれた男は、周りのストリッパーの女たちの騒がしさも我関せずと冷 めた表情でいる。壁沿いの事務机の上には、大量の金札が積んであった。男はそ れを手元も見ずに数えると、慣れた手付きで帳簿に書き付けていく。
「はい、確かに。今月分は頂きました」
「うん」
この三区座を、ひとりで訪れるのは初めてだった。ストリップ小屋の支配人の傍 ら高利業も営んでいる宵月の元には、大店の見世物小屋や娼館など法人関係の 客が、商いのための金を借りに来る。陽炎率いる和蘭座も、大きな興行のある時 には一時的にその顧客となっていた。だから、少女も陽炎に連れられ、二度ほどここを訪れていたのだが。
「お足が足りなきゃ身体で支払ってもらおうと思ってましたが」
「え」
「おなごは若ければ若いほどこの商売に向きますから」
「え、え、でも」
「冗談ですよ。̈ あの子̈ が烈火のごとく怒るのが目に見えますからね」
氷が解けるように、冷たい表情がふわりと綻ぶ。笑うとも微笑むとも違う、宵月 の捉えどころのない機微に、少女は未だに慣れずにいた。竜胆や陽炎は元より、 紅葉とはかなりの長い付き合いだと言うこの男。何も興味がないと言う素振り で、やはり色恋話が好きなのは他の芸人たちとも同様なようだった。
「今までおなごのおの字もなかったあの子が。不思議なものですね」
「そうなのか」
「ええ。あの色狂いの群れの中でまるで避けるようにいましたけれど。
あの子も『男』だったと言うことでしょうか」
どこか遠くを見るように瞳を揺らす。その眼差しに滲む悲哀の意味を、少女は汲 み取ることが出来なかったが。父のようであり、同士のようであり、うっすらと 慈愛のこもった宵月の口調に、いつかこの人に紅葉のことをもっと聞くことが 出来ればと少女は思っていた。
「欲に酔うことくらいは自由で良いはずなのですよ。
所詮、僕たち芸人は捕らわ れの身ですから。
芸を売り色を売り、ただ在ることだけを求められる… 」
「まぁた始まった、宵月さんの籠の鳥自慢!」
ひとりが声をあげると、煌びやかに着飾った女たちはまた水が迸るようにコロコロと笑う。本番の準備が整いつつあるのだろう。みな一様に、ドレスの上に薄 い羽衣を纏っていて、乳房の頂きの桃色や、柔らかそうな下生えの繁みがうっすらと透けて見えている。本来であれば酷く淫猥に映るであろうその情景だった が、少女には何か上質で高貴な姿絵のように映って、その女体にうっとりと見惚 れてしまった。
「みんな、出るよ」
「アンタもあたいたちの̈ 仕事̈ 見ておいきよ」
緞帳の陰から、女たちが少女を手招きする。ね、一寸で良いからさ。感動して泣 いちまうかもね。口々に誘うその声に、少女の好奇心もぐずぐずと揺さぶられる。 まだ夜の部までには時間がある。探るように背後を見やると、宵月はこちらも向 かずに、ほう… とため息をついた。
「好きにしたらいいんじゃないですか」
満面の笑みを湛えた女たちが、眩しいほどの照明の向こう側に、誇らし気に顔を 上げて駆け出していく。少女は楽屋を出ると、その後姿を一心不乱に追い始めた。
◇
「もし。おまわりさん。もし」
火事と喧嘩は帝都の花。と言われた時代も遠く過ぎ。今となっては火事と喧嘩以 外にも恐ろしいものが山と増えている。極論を言えば、人より怖いものはなし、 となるのだろうが。この街はとかく異色な芸の街。本能のままに生きている芸人 たちの都にあって、怖いモノと言えばその̈ 人の欲望̈ とでも言うべきか。取り締 まろうにも、無法地帯であるここには、法度もお触れも届かないに等しい。それ でもお上の堅い頭はどうにか愚民を罰そうとして、この街にも例に漏れず「警察」 と言う組織が置かれている。 その組織の中でも、一等忠実で一等堅物として有名であったのが、今交番の前に 仁王立ちで銃刀を握りしめている、この男である。もっとも極めて優秀ゆえこの 街に配属されてはいるのだが、その風土には不似合いな人柄は、芸人の間でも 『おすべり殿』とあだ名で呼ばれて、何かと笑い話の種となっていた。
「なんだ、厠ならあの角を曲がった先だ」
「いえ、違います」
そんなおすべり殿の本名は『瀬下』と言うのだが、この際それはどうでもよい。 本来、街を守るものでありながら、明らかに声を掛けにくい風体の瀬下の元に、 勇気あるひとりの青年が尋ねてきた。見たところ、この辺の者ではない。口調や 物腰の割に、いやに派手な房飾りのついた装束を身に着けており、公家か元武家 のような真鍮の胸当てと紋のついた衣を肩から流している。髪は秋空に飛ぶよ うに真っ青であった。
「和蘭座とはどちらの建物ですかな」
「道を挟んだ向かいのがそうだが。あんなとこになんの用だ」
深蒼の布で丁寧に包んではあるが、この青年が持っているのは恐らく刀。それも 軍部が用いる実戦用のそれだ。士官学校の教官か何かだろうか、物見遊山で寄席 を訪れるような遊び人の類にはとても思えない。傍らでじっと自分を見上げて いる、三白眼の少年も気になる。
「場所は分かったんだから、宿に戻ろうぜ兄様」
「ああ、そうだね。突然訪れても邪魔をしてしまうね」
どこか後ろ髪引かれるように和蘭座を見やると、青髪の男は少年にふわりと微 笑む。少年の頭に軽く手を添えると、二人一緒に深々と腰を折って礼をした。荒 くれ者ばかり普段見慣れている瀬下にとって、それは気品を絵に描いたような、 ひどく大仰な仕草に見えた。
「それでは失礼」
青年は少年の肩を抱いて、立ち去ろうとする。少年はまだ肩越しから、訝し気に 瀬下を見つめていたが。マントを羽織ったその背中に、瀬下は投げかける。道案 内ばかりが警察の仕事ではない。本来の職務は、治安維持。ことこの街に馴染み がないとすれば、その注意喚起は至極重要だ。
「くれぐれも事件や強盗など気を付けろ。
知っているとは思うが、この街は他とは違う」
青い髪はゆっくりと振り返ると、笑わない目元でこう返した。
「承知しております。弟が̈ 世話に̈ なっておりますので」
☆
ぱんぱんぱん!ぱんぱんぱん!
高らかに手拍子をする客の顔は、どれも高揚に満ちていた。耳をつんざくような 大音量の異国の音楽もまた、その興奮を煽る材料になっている。舞台の一番先端 では、先ほどの牛乳色のドレスの女が、絶妙な均等で大きく股を広げている。角 度として見るからに無理のある姿勢にも関わらず、彼女の表情は、先ほど出番の前に楽屋で竜胆を語っていた時と同じ、咲き乱れんばかりの笑顔のままだ。
「ご存知、ナオミの花電車でございます!」
袖から別のストリッパーがマイクロフォンでもって演技を実況する。股の間に 一輪の薔薇を潜らせると、女は再び大きく脚を広げた。まるで女のナカから花が 咲いているようだ。隠微なようでそれは女にしか為しえない『芸』。客間からは おおおと割れんばかりの歓声が起きて、再び大きな拍手が送られる。
少女はすっかりと魅入られていた。舞台で踊り舞う女たちは、皆成熟した女であ り、またそれぞれが確固たる意志を持った玄人であった。好奇の目に晒されるば かりであろう、彼女たちもまた、寄席の仲間たち同様に、身を売り芸を売って 人々を熱狂の渦に巻き込み、ひと時の極楽をみせているのである。 作業が終わった宵月が、少女に近付き軽く肩を叩く。 食い入るように舞台を見つめていたその横顔に、彼は薄く笑んでいた。
「面白いですか?」
「うん」
「変わった娘ですね、あなたは。
陽炎から緞帳とゴザを一式持ってきてくれと言われたので、
少し外しますね」
「あとで私が運ぶ」
「そんな細い身体じゃ無理ですよ」
男としては宵月も充分に華奢のうちに入る体形ではあったが。舞台袖に置かれ たそれらを、宵月は腕まくりすると、ん!と一息で持ち上げる。そのまま表情ひ とつ変えず、裏出口へ向かっていった。見かけによらず力があるらしい。少女は 少し驚いた様子でその後ろ姿を見送った。
音楽が変わって、しっとりとした雅楽になる。 亜麻色の浴衣をまとった女が、細い指でゆっくりと帯紐を解いていく。 背景に投じられた照明が、橙色の灯篭のようだった。 お立ち台に横たわった女は、猫のように四つん這いになり、腰を大きく振り上げ る。最前に座る客の前で、くっぱりと拡げられた恥部がてらてらと光った。演じる者の表情も、先ほどまでの晴れやかな笑顔とは違い妖艶で、誘うようにゆるゆると下腹部を揺らす。観客もごくりと息を飲み、手拍子や歓声など起こす余裕もなさそうにじっと静観している。
女とは不思議な生き物だ、と少女は他人事のように思っていた。時に朗らかに、 何の苦しみも痛みも感じないように微笑んで見せたかと思えば、次の瞬間には 切なげに眉を下げ求め乞うように弱弱しく見せたりもする。自由であり貪欲で あり賢く、何より美しい。その姿は、まるで翼を広げ、ただ一羽で力強く宵闇を 飛ぶ気高き蝶だ。 舞台の上の、たわわと揺れる踊り子たちの乳房を見る。自分のそれは小さく幼く、 体付きだってガリガリで、ふくよかさや柔らかさもない。しかし刻一刻と、彼女 たちのその形に近付いているのだと、少女はおぼろげに感じ取っていた。最近、 乳房が張って、痛くて眠れない夜もあるのだ。
体だけがどんどん『女』を増していく。心は取り残されて、蝶どころか蜘蛛の巣 に引っ掛かった蝿のようにもがいているのに。
(あの子も『男』だったと言うことでしょうか)
宵月の言葉が、耳裏で反響する。
(紅葉だって男だ。厭らしいことのひとつやふたつ
望んでいるに決まっている)
いつぞやの竜胆の台詞が、突き付けられる。 紅葉はもう、変化を受け入れているのだろうか。自分が男であることを。 では自分は?問い質しても、容易には結論が出なかった。変わっていくことが、 怖かった。あと少しだけもう少しだけ、男とも女ともつかぬ微睡みにうとうとと 身を委ねていたい。大人になることは決意しても、女になるその覚悟は、依然と して宙に浮いていた。
「お待ちかね、生まな板ショウのお時間です!」
賑やかなマイクロフォンが高らかに響く。 雅楽は再び派手なマーチに鳴り変わっていた。 舞台に仰向けに寝そべった女が、客席に向かって片目を瞑って見せていた。奥の ほうから前のほうから、立ち見の者まで含めてわらわらと観客が立ち上がり始 める。生まな板ショウの意味を知らない少女は、何事かときょとんとしてその様を見つめていた。
その時。
袖にいた少女の、斜め右。最奥の扉がゆっくりと開く。 洋装で帯刀した、屈強な男が5人ほど、足音も立てずに場内に入って来た。 踊り子に近寄ろうと、前方に寄り集まってきている客たちは、高揚した様子でまるで気付かない。お立ち台にあがったままの女、舞台で客を煽っている女たちにも見えていない。ざわざわとさざめいている場内の誰しもが、その異様な男たちを捕らえていなかった。
ただ、少女だけがその尋常ではない空気を感じ取っていた。
ぎらり。 真っ暗な観客席で、抜き身の刃が光る。
男の中のひとりが、ゆっくりと身を起こした。
「逃げて!!!」
咄嗟に叫んだ声も、掻き消える。 はっと目を瞑った次の瞬間、絹を裂くような女の悲鳴が響き渡る。 場内は阿鼻叫喚の渦と化していた。
『黒猫ストリップ』第3話終わり
