犬と暮らすということ、見送るということ
雨音がずっと、耳の奥に残っている。
あの夜のことを思い出すたびに、
ぽたぽたと、涙のように音がする。
ハルは静かに逝った。
いつものようにそばにいたのに、
わたしは、ただ撫で続けていればよかったのに、
一瞬、目を逸らしたその隙に――。
奇しくも、それは長嶋茂雄が亡くなったのと、同じ日だった。
朝から降り続いていた雨は、夜には本降りになり、
窓の外も、わたしの心の中も、ぼやけて見えなくなった。
ハルは、声も上げず、最期まで本当に静かで、
わたしの手の届くところで、そっと旅立っていった。
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もともとハルは、夫の実家で飼われていた犬だった。
わたしたちが同棲を始めるタイミングで、一緒に暮らすことになった。
最初は外飼いだった。
けれど、引っ越して間もなく、座り方が少しおかしいことに気がついた。
病院へ連れていくと、子宮蓄膿症――。
命に関わる状態だった。
手術と入院を経て無事に戻ってきたハルに、
「これからは、ずっと家の中で暮らそう」と伝えた。
それは、ずっと室内で一緒に過ごしたいと思っていたわたしの願いでもあった。
それからの毎日は、家族だった。
同じ布団で寝たり、雷や地震に怯えて抱きついてきたかと思えば、
宥めようとするわたしに謎に吠えてきたり。
それでも、何気ない日々の中に、確かな絆が育っていった。
途中から、ちくわという新しい家族も増えた。
四足歩行の生き物はすべて敵――
そんな信念を持っているようなハルとは、そりが合うとは言えなかった。
それでも、なんだかんだと文句ひとつ言わず、
一緒に散歩に行ったり、気づけば隣で同じ寝相になっていたり。
ハルにしては、きっと精一杯、うまくやってくれていたのだと思う。
=====
病院へ行ったのは、4月の半ばだった。
ご飯を食べない日が続いていたこと、そして、止まらなくなった鼻血。
ただ事ではないと感じて病院へ連れて行ったその日、
ハルの肝臓がかなり悪くなっていることがわかった。
そのとき、医師から言われたのは――
「先は長くないかもしれません」
覚悟を決めるには、あまりにも突然だった。
それでも、ハルはすごかった。
入院して5日後、驚異的な回復力を見せて、笑顔で帰ってきた。
本当に、びっくりさせてくれる子だ。
入院をがんばったご褒美に、どうしても国産牛を食べさせてあげたかった。
奮発して買ってきたやわらかいお肉を、嬉しそうに夢中で食べる姿が、
今もスマホの中に動画として残っている。
――あのとき食べさせてあげられて、本当によかった。
それからは、穏やかに過ごせる日が少しだけ続いた。
でも、良い日と悪い日が交互にやってくるようになって、
私たちはそのたびに一喜一憂した。
亡くなる2日前、また鼻血が止まらなくなった。
血小板が少ないハルの体では、出血を止めることができなかった。
そのうち、身体にできていたイボからも次々に出血が始まった。
どれも止まらなかった。ダラダラとじわじわと柔らかい毛を血に染めていった。
病院に連れていくことも考えた。
でも、先生からはすでに「有効な手立てはない」と告げられていた。
できることは、もう、そばにいることだけだった。
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6月3日――
朝から、ハルの調子は明らかに悪かった。
それでも私は、復職が近づく中でリワークに行かなければならなかった。
置いていくのが不安で、玄関で何度も振り返ってしまった。
心はずっと重く、落ち着かず、その日が終わるのをただ祈っていた。
夜になると、ハルの鼓動はさらに速く、強くなった。
胸のあたりが上下に波打つようで、私は夫に言った。
「今日はリビングでハルと一晩過ごそう」
その日、私はずっと、ハルのすぐそばにいた。
横たわったハルは、時おり寝返りを打った。
その頻度がだんだん多くなっていたことに、あのときは気づけなかった。
「朝までは、もつと思っていた」
その油断が、たった数分のまどろみに繋がった。
ふと、ハルの呼吸が聞こえないことに気づいた。
あれだけ大きかったハッハッという息遣いが、消えていた。
慌ててお腹を見ても、動いていない。
目は虚ろに、まっすぐ開いていた。
――ああ、逝ってしまったんだ。
声にならない叫びが喉からあふれ、
私は子どものように泣き崩れた。
「ごめんね、撫でていればよかった、ずっと見ていればよかった」
夫の胸の中で、何度も何度も、涙が止まらなかった。
その姿を見て、ちくわがそっと近づいてきた。
何かを察したような表情で、私の足元に寄り添っていた。
朝まで、眠れなかった。
ハルの温もりがまだ残る体のそばにずっといた。
涙がとまらず、少しでも気持ちを切り替えようとシャワーを浴びてみたけれど、
流れ落ちる水の音に、心がさらに沈んでいくばかりだった。
朝日が昇るにつれて、ほんの少しだけ、心が静かになっていった。
泣きすぎてかすれた声で、これからしなければならないことを夫と確認した。
現実に触れるたび、涙がまた溢れてしまうけれど、
それでも「ちゃんと見送らなきゃ」と思えるくらいには、平静を取り戻していた。
10時。
雨の降るなか、私たちはちくわも連れて、ハルの好きだった場所を巡った。
大きな公園。
引っ越す前、よく歩いた散歩道。
雨に濡れた景色は彩度を落とし、まるで静止画みたいに切なくて、
そのたびに「ここに、ハルがいたんだな」と思って泣いた。
実家にちくわを預けたあと、火葬場へ向かった。
13時。火葬が始まった。
待っているあいだ、夫とふたり、
スマホのカメラロールに残っているハルの写真をひたすら見返した。
懐かしい日常が画面の中に詰まっていて、
「こんなにたくさん一緒にいたんだな」と思った。
骨壷のカバーには、
“ハル”の名前にちなんで春を感じさせる、淡いピンクの桜柄を選んだ。
ふわりと優しくて、なんだかハルらしいと思った。
火葬を終えて、小さくなったハルを膝に抱いたとき――
不思議なことに、少しだけ心が落ち着いた。
姿がなくなってしまったのに、温もりのようなものが胸に広がって、
「ああ、ちゃんと抱っこして送り出せたんだ」って、そんなふうに思えた。
帰り道、ハルが最後までお世話になった動物病院へご挨拶に寄った。
普段は混み合っているのに、大雨だったせいか、病院はひっそりと静かだった。
先生や看護師さんたちとゆっくり話すことができて、
ハルのことを労ってもらえて、それがどれだけありがたかったか、言葉では足りなかった。
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今日、ハルのいない朝を迎えた。
確かに寂しかったけど、
胸の奥に感じていたあの鋭く突き刺す痛みが、
ほんの少しだけ、丸くなったような気がした。
まるで使いたての消しゴムの鋭角が、
すこし使われて角が取れて、
柔らかくなっていくみたいに。
悲しみはきっと、消えることはない。
でも――癒えていくんだって、思えた。
ハル、がんばってくれてありがとう。
不甲斐ない飼い主だったかもしれないけど、
一緒に過ごしたあの時間が、
ハルにとっても、あたたかいものであったなら、それだけで充分です。
もし生まれ変わったら、
もっと裕福で、もっと贅沢のできるおうちに生まれてもいいし、
人間になって、美味しいものをたくさん食べてもいい。
それでも――また、うちに来てくれても、いいんだよ。
ハル、また会おうね。
次の春も、きっと、どこかで。
