いつだって私たちは立ち止まれる
いつからだろう。
立ち止まることに、少し罪悪感を覚えるようになったのは。
私たちは毎日、とても忙しい。
やることは次から次へとやってくるし、
情報もどんどん流れていく。
効率や成果、最短ルートに正しい選択。
気づけば、それらを追いかけることが当たり前になっていました。
もちろん、どれも悪いことではありません。
むしろ、私自身、新しいことが大好きです。
面白そうと思ったら飛び込んでみたいし、人と何かを創ることも好きです。
夢中になることは、とても幸せなことだと思っています。
でも、夢中になればなるほど、置いていってしまうものがあります。
それが、自分の感情です。
ご飯を食べているのに、味を覚えていない。
空がきれいだったのに、見上げていない。
子どもの話を聞いているのに、別のことを考えている。
そんなことが、少しずつ増えていきました。
でもある日、ふと思ったのです。
疲れているんじゃない。
立ち止まれていないだけなのかもしれない、と。
だから私は、本を読むようになりました。
漫画を読むようになりました。
でも、それは知識を増やすためではありません。
立ち止まるためです。
「なぜ、この言葉が残ったんだろう」
「なぜ、この場面で心が動いたんだろう」
「なぜ、少し違和感があるんだろう」
そんな小さな引っかかりを、急いで答えにしない。
少し眺めて、少し寝かせて、少し話してみる。
すると、不思議なことが起こります。
置いていってしまった自分が、少しずつ戻ってくるのです。
でも、立ち止まるといっても、
ずっと止まっていたいわけではありません。
面白いことには飛びつきたい。
新しいことにはワクワクしたい。
夢中になって走り出す日があってもいい。
ただ、ときどき帰ってきたいのです。
自分の声を聞く場所へ。
置いていってしまった感情を、もう一度拾い直す時間へ。
そんな時間を、一緒に育てていきたいと思っています。
大丈夫。
いつだって、私たちは立ち止まれる。
この場所が、その小さなきっかけになりますように。
