聞きたいことが止まらない、半年後の私へ
そろそろnote始めて1年になる?あと1ヶ月くらいで1年だね。どう?続けられてる?それが1番気になるな。
書くと結婚したからきっと楽しんでnote続けているはずだけど、きっと1年経つからってまた変なプレッシャー勝手に感じて楽しめてないんじゃない?
もったいないよ、それ。楽しみなよ。楽しんで続けられているといいなぁ。今の目標が楽しんで続けられることだから、半年後はどんな目標を持っているのかな?
note始めたばかりの頃は本当ふわふわとした世界で変に毎日くすぐったくて、通りすがる人が私がnoteやってるの知るはずもないのに、全員に知られているような、それなのに急に全裸で道を歩き出してる気分で。
なぜか毎日毎日恥ずかしいが止まらなかった。だけど最近はもう大丈夫。全裸だと思ってたけど、ちゃんと隠す方法も身につけたし、安心して歩き続けてる。てかもうnoteがない毎日なんて考えられない。
朝起きたらすぐnote。寝る直前までnote。日中だってずっとnote。書くことばっかり考えてnoteずっと開いちゃう。
そんな生活が半年後どうなってるんだろう。ワクワクでしかない。どんな文章書けるようになってるのかな。全く書かなくなってるのかな。書くことでの楽しみ方も変わっているのかな。
始めたばかりの頃は詩っぽいやつ書いてた。浮かんでくるのがそうゆうのばっかだったから。それは小説やエッセイとかの本よりも歌の歌詞に救われたことが多かったからかも。本はたまーにしか読んでなかったね。
でもnoteで書くようになって、面白い文章書く人たちに憧れて、エッセイとか日記とかよく分かんないけど、長い文章書くようになってきた。
最近私が勝手に思ってるのが、詩って読む人に考える余白を多めに与えてくれて、好きなように解釈していいですよ、言葉はこちらで拾い集めるので。好きな感情をそこに押し込めて読んでみてください。的に感じていて。
エッセイは心が動く近くまで言葉や文章を丁寧に読み手に説明するものなのかな。余白はあまりないけれど、細かく状況を説明することによって、読みのゴールはここですよ、こう感じてください、って綴られているもの、なのかなって。
日記は、出来事をそのまま綴る。自分の好きなように起こった出来事を綴っていくもの。面白かったこと、不思議に思ったこと、出来事をそのまま綴ってもいいし、気付いたことをそのまま思った通りに。
小説は、自由。嘘もたくさんついていいし、頭の中の物ぜーんぶ書き出していいやつ。小説なんて私には絶対書けないって思っていたけど、ショートショートを通して、生み出す楽しさに惹かれている。
note6ヶ月目の今の私が思う文章ジャンルの違い。半年後の私は「えー!間違ってるよー、おいおい、そんな感じで書いていたのかよー。まー自由でいいな、その自由を忘れかけてたな。ありがとう」って思うのか
「うわーまだその程度の自由だったんかーい!今はもう自由すぎて、その文章ジャンルなんかも全部取っ払ってやったぜー。うひひひ」って自由が暴れすぎてるのか。はたまた現状維持状態なのか。
あ、最後に。私は今、タイトルの重要性を認識しかけてて、タイトルを頑張っています。あと長い文章(1,500〜2,000文字)がスラスラ書けるように書くトレを意識しています。
長くても楽しくグイグイ読める文章を書きたいと体力作りに励む日々です。半年後の私、どう変わっていますか?模写もやってみたいっても思ってるけど、ちゃんと実践してる?
ねぇ、ねぇ、半年後の私、聞きたいことがいっぱいあるよー。わー、こうやって半年後を想像するのってものすごく楽しいっ。書いててめちゃくちゃ楽しい。半年後これを読んでの感想も書きたいなぁ。
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参加されているてみさんの記事を読んで発見しました。企画された桜井明日香さん、楽しくワクワクが止まらない気持ちにさせてくださり、ありがとうございます。お預かりのほどお願いいたします。
