【読書ノート】宮地尚子『傷を愛せるか』(ちくま文庫)
お元気ですか。
ゴールドコーストの朝10時。私は今、動揺を隠しながら芝生の上で一冊の本を開いています。
今日は夜勤なので午前中はゆっくり過ごして、午後は少し仮眠を取ってから夜に備えようと思い、軽く散歩に出かけようと文庫本をポケットに入れて外に出た瞬間、家の鍵を持たずにドアを閉めてしまったことに気がつきました。
やっちまった…窓の鍵もかかっている。あちこち試してみたけれど、びくともしない。そりゃそうだ。
オーストラリアの家は、内側から鍵をして扉を閉める仕組みが基本です。私は今、ニュージーランド人の老夫婦の家で部屋を借りて暮らしているのですが、おばちゃんはニュージーランドに6週間出かけていて、おっちゃんも今は不在。
まいったな……と思いつつ、何が問題なのか冷静に考えなおしてみる。
夜勤はあるけれど、最悪の場合はこのまま職場に向かえばなんとかなる。車の鍵もないけれど、バスもあるし、いざとなればUberを呼べばいい。明日の朝にはおっちゃんも帰ってくるはず。とにかく、焦っても仕方がない。今はただ、待つしかない。
奇跡的に、リュックの中にはモバイルバッテリーもPCも入ってる。私はふだんズボラで、モバイルバッテリーを持ち歩くこと自体が珍しく、持っていてもモバイルバッテリーのバッテリーが切れていることがほとんど。それが今日に限って、すべてが完璧にそろっている。天気は快晴。暑くも寒くもなく、パーカーを一枚羽織るのにちょうどいい気候。まさに絶好の「鍵忘れ日和」。
そして何より、ポケットには一冊の文庫本。私はこのハプニングを「強制的のんびり時間」だと捉え、心置きなく路上での読書に没頭することにしました。
持ってきたのは、宮地尚子さんの『傷を愛せるか』(ちくま文庫)。
著者は文化精神医学と医療人類学を専門とする精神科医で、トラウマやジェンダーの研究を続けてられています。大学時代に人類学を少しかじり、今はオーストラリアで介護士として働きながら、大学院でソーシャルワークを学んでいる私には、共感する部分がたくさんある一冊。
私は本を読むとき、いつも2回読みます。1回目はふつうに通して、2回目はメモを取りながら。この本は前にも一度読んでいたので、今回はこの「鍵忘れ日和」の贅沢な時間の中で、ゆっくり読み返しました。
印象に残った箇所を書き出していたら、共感するところが多すぎて、後半はほとんど写経状態。感想文なんて書かずにこのまま本を読んでもらったほうが早いんじゃないかとも思いつつ、せっかくなので私が考えたことをここに残しておきます。
この本を読み進めながら、私は自分の周りにいるオーストラリアの大学院生たち、そしてかつて日本で大学院に通っていた時の仲間たちのことを考えていました。
みんなとても疲れています。研究がうまくいかず、家族や指導教官との関係にも悩み、お金がないからバイトと学業を両立しなければならず、ぎりぎりの精神状態で毎日を過ごしている。社会人になった友達も、みんな何かしらの苦しさを抱えて生きています。私自身、日本の大学院を途中でやめ、逃げるようにオーストラリアに来た身で、今もぎりぎりの生活を続けています。
著者の宮地さんは精神科医として、そうした心に傷を負った人たちを見つめ、「弱さを抱えたまま、それでも強くある」ということについて、静かに語りかけてくれます。
過ぎてしまえば笑い飛ばせることも、悩みの真っ最中にいるときは、見通しのきかない、いつ終わるかわからない果てしない暗闇だ。階段をのぼっている最中は、それがいつまで続くのか、のぼった先に何があるのかはわからない。俯瞰的に眺めることができるのは、そこから抜け出し、階段をのぼり終え、振り返ってみたときだけだ。(p.19)
大学院生が抱えるしんどさは、ただの悩みというレベルを超えていると思います。それは、DVやブラック企業と同じように、「逃げ場のない状況に何年も閉じ込められ続けること」で負う、深い心の傷に近い。逆らえない指導教官との上下関係。どれだけ頑張っても正解の見えないプレッシャー。明日生きていけるかどうかも怪しい経済的な苦しさ。この終わりの見えないトンネルを歩き続けるうちに、人の心と脳はどんどん疲弊していく。
でも、これを「個人の心の弱さ」だけの問題にしてしまうと、「その人のメンタルが弱かったからだ」という、冷たい自己責任論にすり替えられてしまう危険があります。
ここで大切になるのが、宮地さんが本の中で使っている「ヴァルネラビリティ(脆弱性)」という考え方。宮地さんはこれを、「ただ弱いということではなく、自分を守る鎧がないために、攻撃を受けやすい『隙』がある状態」だと説明しています。
実はこの「ヴァルネラビリティ(vulnerability)」という言葉は、私が今学んでいるオーストラリアのソーシャルワークの世界でも、とてもよく出てくるキーワードです。オーストラリア・ソーシャルワーカー協会(AASW)の倫理規定には、「特に脆弱な(especially vulnerable)」立場にあるクライアントを支援する、という一文がありますが、「脆弱性とは何か」という定義そのものは、どこにも明確には書かれていません。研究者たちの間でも、この言葉は「使う人の立場によって都合よく形を変えてしまう、扱いの難しい言葉」とたびたび指摘されています。
というのも、「あなたは脆弱だ」というラベルは、時にその人が置かれている社会的・構造的な不利(貧困、差別、孤立など)に光を当て、必要な支援につなげるための大切な言葉になります。でもその一方で、同じラベルが「弱い人」「保護されるべき、自分では決められない人」という一方的な決めつけとして、その人自身の意思や力を奪ってしまう道具にもなり得ます。宮地さんが本の中で語る「鎧を持たされない脆さ」という視点は、まさにこの構造的な問題としての脆弱性の話であり、個人の性格や能力の問題にすり替えられがちなこの言葉を、もう一度、社会の仕組みの側に引き戻して考え直そうとするものだと感じます。
大学院生たちも同じで、研究が好き、という純粋な気持ちにつけこまれ、やりがいの名のもとに低賃金や過酷な労働環境で働かされてしまう。これもまた、鎧を最初から取り上げられたまま、社会の仕組みによってじわじわと尊厳を削られ続ける、仕組みが生んだ痛みなのだと思います。
この本を読んでいて、もうひとつ強く共感したのが、「痛みや傷跡が、社会の景観からどうやって消されていくか」という話でした。
かつて私は、長崎の歴史を卒業論文のテーマに選びました。世界遺産として脚光を浴びるキリシタン文化の陰には、同じように激しい差別や被害を受けながらも、歴史の表舞台から完全に痕跡を消されていった人たちの歴史があります。人間や社会には、自分たちにとって都合の悪い傷跡を、見えない場所に隠そうとする強い性質があるのだと思います。
その中で、原爆で崩れ落ちた旧浦上天主堂の被爆遺構が、政治的な事情と復興の名のもとに取り壊され、その跡地に美しく巨大な天主堂が建て直されていった過程を知りました。凄惨な被害の記憶を人々の目から遠ざけ、華やかな信仰の復活という美しい物語に書き換えることで、社会は自分たちが負った大きな傷を覆い隠そうとした。
本の中で宮地さんが取り上げている、ワシントンDCの「ベトナム戦没者記念碑」の話が印象的でした。
周囲の白亜の国立記念建造物が天高くそびえ立っているのとは対照的に、それは地表より低い地下に、まるで土にのめり込むように造られた黒い御影石のV字の壁です(p.201)。
そこを訪れる人は、自分が地平線より低い位置にいるという感覚を、身体で味わうことになります。上から見下ろされ、逃げようがないような感覚。
それこそが、誇り高いアメリカが唯一「負け」を経験したベトナム戦争という歴史の痛みを、そのまま剥き出しの傷跡として刻み込んだ空間の力だと著者は語ります。負の歴史を直視し続けることは、とても難しく、だからこそ社会は、都合の悪い現場を美しい景観に書き換えることで、自分たちに「非はなかった」と装おうとするのだと思います。
そしてこの「都合の悪い傷跡をきれいに消してしまう仕組み」は、私が毎日向き合っている介護の現場にも、まったく同じように存在していると感じます。
今の社会は、とにかく「効率」や「コスパ」ばかりを追いかけています。介護の現場でも、「どれだけ手早く仕事をこなせたか」という数字で評価されがちです。でも、歳を取るということは、本来もっとゆっくりで、思い通りにいかないものです。何度も同じ話をしてしまうこと、体がだんだん動かなくなること、これは効率とは真逆の人間が本来持っている「弱さ」です。
この物差しは、利用者への向き合い方にも影響していると感じます。自分で立ち上がれたり、食事の介助がスムーズにできたりする利用者は「対応しやすい人」として好まれ、逆に自分では動けなかったり、暴言や暴力的な言動があったり、何度もコールを鳴らしてしまう利用者は、「手のかかる人」として敬遠されがちです。でも、それはどちらも、その人が抱えている「弱さ」そのものです。
そして、この「弱さを重宝しない」社会は、いつか自分自身にも同じ厳しさで跳ね返ってきます。誰でも歳を取り、いつかは自分の力だけでは立ち上がれなくなる日が来ます。明日、事故に遭って自力で歩けなくなる可能性だってあります。「強さ」という鎧をまとえなくなったとき、今度は自分がその「手のかかる人」になる。弱さを許さない社会は、他人にも、いずれの自分にも、同じだけ冷酷なのだと思います。
美しく再建された天主堂のように、きれいな景観を保つために生々しい傷を「なかったこと」にする文化は、人間が本来持っている回復する力や尊厳をも、同時に押し殺してしまうのではないか。そんな危機感を覚えます。
なぜこれほど悲しいのか、この悲しみはどこから来るのか(p.24)
思春期を過ぎた今でも、私は世界の底にある悲しみに胸を締め付けられることがあります。長崎の遠藤周作記念館にある「人間がこんなに哀しいのに主よ海があまりにも碧いのです」という言葉のように、世界は美しく、同時にどうしようもなく悲しいものだと感じます。
大学院でソーシャルワークを学び、介護施設で夜勤をする中で、私はこの悲しみに何度も突き当たります。たとえば私の職場でも、「ナースコールが鳴ってから何分以内に対応したか」がデータとして記録されています。でも、その数字をどれだけきれいに整えても、「なぜその人が何度もコールを押してしまうのか」という、その人の中にある悲しみそのものは、データには映りません。
この本が指摘しているように、たとえばDVの被害者など、一番信じていた身近な人から心や尊厳を傷つけられてきた人たちの孤独は、想像以上に深いものです。たとえ暴力から逃れて経済的に自立できたとしても、それまでの人間関係や夢、これまでの人生の多くを失っています。その人たちにとっての「自立」とは、実はとても大きな「喪失の過程」でもあるのです(p.52)。
それなのに、今のソーシャルワークや福祉の現場では、科学的根拠に基づいたプログラムや、「外傷後成長」「レジリエンス(心の回復力)」といった、チェックリストやスコアに落とし込める指標ばかりが重視されがちです(p.219)。
どれだけ立派なデータや支援の仕組みを重ねても、傷ついた人の心の奥にある悲しみを、根本から解きほぐすことはできません。それどころか、「回復しないのは本人のレジリエンスが低いからだ」という、冷たい自己責任論に反転してしまう危険すらあります。
では、人が本当の意味でこの悲しみから抜け出すために、何が必要なのか。
その孤独の闇から抜け出すには、自分の幸せを祈ってくれる「誰か」が必ず必要である。(中略)また目の前にいるこの人は幸せになる能力を持っていると、心から信じている。(p.52, p.56)
制度や技術の、そのさらに先にある究極のケア。それは、「目の前にいるこの人は幸せになる能力を持っている」と本気で信じ、「どうかあなたが幸せになりますように」と、その人の尊厳のためにただ祈ること。誰かが自分のために祈ってくれているという実感があって初めて、深い悲しみを抱えた人は、「幸せになりたい」と願い続ける勇気と、もう一度世界を信じてみる勇気を取り戻すことができる。ケアの本質とは、コントロールではなく、「祈り」なのだと著者は言います。
時々考えるのだが、命綱やガードレールなどの本当の役割は、実際に転落しそうになった人をそこで引きとどめることでは、おそらくない。そこにそう言うものがあるから大丈夫だと安心することで平常心を保つことができる。実際の命綱やガードレールがどんなに頼りなくても、人は何かが、もしくは誰かが、自分の安全を守ろうとしてくれていると感じる時にのみ、人として生きられる。(p.57, p.60)
実は9ヶ月ほど前、今の彼女とお付き合いをすることになったとき、初めて出した手紙の中で、この部分を引用させてもらいました。
ガードレールや命綱は、それ自体が必ず自分を崖っぷちから引き上げてくれるという保証があるわけではありません。ただ、「それがある」ということ。自分が本当に転落しそうになったとき、そっと寄り添って守ろうとしてくれる誰かが、世界のどこかに確かに存在していると感じられるだけで、人の心は平常心を保ち、なんとか生きていくことができます。
鍵を忘れて途方に暮れる今日という日も、朝、彼女と電話で「今日は海辺で猫みたいにゴロゴロするのにいい日だね」と言い合えました。その存在そのものが、私にとっての強い命綱です。彼女という命綱があるから、私はこのぎりぎりな毎日を、なんとか平穏に過ごせているのだと思います。
そして、私には帰る家があります。今は締め出されているけれど、待っていればおっちゃんが鍵を開けてくれます。でも、私が今座っているこの街には、本当に帰る家がない人たちがいます。待っていても、誰も助けてくれない状況にある人たちがいます。今日は晴れていますが、もしこれが激しい雨だったら、氷点下の気温だったら。
私が日々、介護の現場で接する人たちも、みんな誰かを待ち、どこかへ帰りたがっています。でも、彼らが待つ人は来ないし、帰るべき場所もありません。彼らは効率を重んじる今の社会の景観から少しずつ追いやられ、ただ静かに、そこにいます。
そんな彼らを前にしたとき、私はいったい何を言うことができるのか。今の私にできるのは、彼らの幸せを祈ることだけです。それこそがケアの出発点なのだと、この本は教えてくれます。
ただ、祈りながらもできることをしていかないといけない。
マニュアル化された効率主義の隙間に、人間らしい温かさを強引に割り込ませていくような、泥臭い実践。
データには映らない利用者の微細な表情の変化を絶対に見落とさないこと。声を上げられない人の代わりに、システムの理不尽さを言葉にして組織に変革を求めていくこと。そして、ケアする私自身もまた、孤立せずに仲間と痛みを分かち合えるセーフティネットをつくっていくこと。
祈りがあるからこそ、冷酷な現実を前にしても妥協せずに動き続けられる。そして行動するからこそ、祈りは本当の力を宿す。
この二つの循環。
気がつけば、あたりは暗くなり、雨が降ってきました。おっちゃんはまだ帰ってきません。焦りは少しずつ増していますが、私はこの本が最後に手渡してくれた言葉を、深呼吸するように、もう一度自分の中に刻み直します。
傷がそこにあることを認め、受け入れ、傷のまわりをそっとなぞること。身体全体をいたわること。ひきつれや瘢痕を抱え、包むこと。さらなる傷を負わないよう、手当てをし、好奇の目からは隠し、それでも恥じないこと。傷とともにその後を生きつづけること。傷を愛せないわたしを、あなたを、愛してみたい。傷を愛せないあなたを、私を、愛してみたい。(p.223)
傷を愛することは難しい。それは醜く、みじめで、直視できずに目を背けたくなるものだから。私たちは傷を負わないように、感受性を麻痺させ、社会的地位や用心深さという名の鎧を何重にもまとって、自分を守ろうとしている。
けれど、傷を愛せない不完全な自分自身のままでいい。傷をなかったことにはせず、その痕を抱え、包みながら、ただ自分らしくそこにあること。そして、目の前の他者の幸せを本気で信じ、祈ること。
弱さを抱えた私もまた夜勤の現場へ、雨に濡れながら、身体ひとつで向かうのです。
