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配られたカード

ルーシー「時々、わたしはどうしてあなたが犬なんかでいられるのか不思議に思うわ」

スヌーピー「配られたカードで勝負するしかないのさ……それがどういう意味であれ」

チャールズ・M・シュルツ『ピーナッツ』


表現は、その人が生まれ育った環境と切り離すことはできない。
幼い頃に触れた風景や文化の積み重ねが、その美意識を形づくるからである。
そして、その出発点は自分で選ぶことはできない。

かつてイタリアを旅した際、教会建築の荘厳さに圧倒された。
こうした美に日常的に囲まれて育つ感性は、他の土地で培われたものとは自ずと異なるものであろう。
東京の下町とヨーロッパの貴族社会とでは、世界の見え方が違って当然である。

しかし表現において、それらは優劣ではなく「与えられた条件」にすぎない。
ルキノ・ヴィスコンティのような絢爛な映画は彼にしか撮れないが、同様に、ヴィスコンティには小津安二郎や北野武の映画のような芸術は描けない。

人は、生まれ育った環境という事実を変えることはできない。
それゆえに、託された条件を受け入れ、自分なりの美しさを表現するしかない。
私たちは、配られたカードで勝負するほかないのである。

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