生きる意味
いつの日だったか。自分にとっての永遠が終わったのは。
おそらく小学生の時にジブリの『ゲド戦記』を見た時だと思う。
それまでは、今の家族がいて、友達がいて、永遠にこの時間が続くのだと思っていた。しかし、この映画を見て、知ったのだ。
『人は、誰しもいつか死ぬ』
ということに。
それはそれは衝撃的なことだった。12歳の時からおよそ20年弱経っても覚えているのだから。
当時は、その事実が怖くて一緒に映画を観た友達にその事実について話した。その後、なぜかわからないが、その友達から距離をとられて話すことはなくなった。確かに小学生で死について考える人は少ないかもしれない。
母親に話してみると、大丈夫、そんなことを考えても仕方ないから気にしなくていいというようなことを言われたのをぼんやり覚えている。
しばらくはそんなことを考えたりもしていたが、時間が経つとそこまで考えなくなった。
でも、それより前とそれより後では感覚がやはり違うと思う。
紀元前と紀元後ではないが、自分史の中でそれくらい違う。地磁気が逆転したのだ。
僕は、京都のド田舎で生まれたから、虫が大好きだった。カブトムシやクワガタムシ、バッタ、だいたいの虫はとった。カエルの卵を取りに行って田んぼにはまって足が抜けなくなり死ぬかと思ったことなんてこともあった。
そして、自分は小さいものが好きだったので、アリが好きになった。

アリは面白くて、ハチの仲間だ。外で見かけるのは全部メス、それもおばあちゃんアリだ。女王アリが卵を産んで、働きアリを増やす。で、オスはどこにいるかというと、ある程度大きな規模になると生まれる。特に何もせず、食っちゃ寝をする、いわばヒモである。こいつが羽をもっている小さなアリ、王アリである。悲しいことに交尾の為だけに生まれてきたアリである。同時に女王アリというこちらも羽をもったアリが生まれる。日本で一番大きなアリであるクロオオアリの場合、5月の風のない蒸し暑い日にその地域の新王アリと新女王アリが一斉にアリの巣から出てきて結婚飛行をする。女王アリは何回か色んな王アリと交尾して、羽を落として一から新しい巣を作る。悲しいことに王アリの役目はそこで終わりでクモなど他の虫か鳥に食われるなどで命の幕を下ろす。そんなアリにひかれて、アリを飼ったりしていたので将来は虫博士にでもなろうと思っていた。
中学高校と勉強に励み、さらに小さい微生物や遺伝子に興味がわくようになった。

その後、虫博士になるには、農学部に行くのがよさそうということになり、京都大学農学部に進学することにした。が、不合格に。
学部の合格最低点は、超えていたが、自分の志望学科に届かず。
点数ギリギリだったので、一年だけ浪人していいということになり、予備校に通わせてもらうことになった。一年間勉強の末、なんとか京都大学農学部に合格。
そこで色々な人に出会った。京都大学は、奇人変人の巣窟と言われるが、本当にその通りだった。才能の無駄遣いというか、逆に開花している人もたくさんいたように思う。授業もしかりサークルも面白かった。
会員にクジャクがいるクジャク同好会やふんどし同好会や、カレーが好きすぎてインドに修行に行って帰ってきた人が作ったカレー同好会、亀甲縛りなどを研究する緊縛同好会(ほんとうに身動きがとれない)など、誰しも一つは入りたくなるところが絶対にあるそんな大学だった。
僕は、その中である種自分の人生を決める出会いをした。
生物学・生命科学のいろいろな分野のフロンティア研究について、リレー講義形式で分かりやすく紹介する「生物学のフロンティア」。そのリレー講義で登場したのが、ノーベル生理学医学賞を受賞した山中伸弥教授だった。iPS細胞の可能性を発見したご本人から聞ける貴重な機会だった。
自分は医者ではなかったが研究者になることで、今は治せないけど、将来病気を治す方法を見つけることができるかもしれない。そう気づけたのは大きかった。
そこで学部で研究室配属で農学部の研究室に配属された後、だいたいの友達はそのまま農学研究科に上がるのに対して、自分は、医学研究科に進むことにした。理由は、医学研究科に所属するとiPS細胞研究所というところの研究室に医学部に行かなくても所属して研究を行えるからだ。
iPS細胞研究所にはたくさん研究室がある。iPS細胞の初期化のメカニズムを研究している研究室もあれば、iPS細胞からドーパミンを作る細胞を作ったり、心臓を作る細胞を作ったり、各臓器やテーマごとに研究室があるイメージだ。
自分は、iPS細胞とゲノム編集を使って筋ジストロフィーを治す治療法を開発している研究室を選んだ。ゲノム編集というのは、遺伝子のはさみで、目的の場所に変異を入れることができる。

筋ジストロフィーは、筋肉を作る遺伝子の一つが先天的に壊れて、正しく筋肉を構成するタンパク質ができないことで発症する病気で、筋肉細胞が崩壊と再生を繰り返し、筋肉が衰えて、20代、30代で亡くなることが多い難病だ。

患者さんの細胞からiPS細胞を作って、そこから筋肉細胞に分化させると患者さんの筋肉で起きていることが再現できる。そこにゲノム編集を使うことで、ゲノム編集で筋ジストロフィーを治すことができるか試験管の中で確認することができる。

実際、試験管内やマウス、イヌモデルでは、ゲノム編集で筋ジストロフィーの原因遺伝子を治すことが示されており、これまで対症療法しかなかったこの疾患に根治療法の希望が差している。
大学院5年の中で筋ジストロフィーの患者さんとお会いする機会があった。車いすに乗っている少年だった。
自分のしている研究の意味を考えさせられた。自分はそこまで大躍進させるような成果は残せなかったけれど、少しでも治療法開発に繋がるような結果を残せていたらと思う。
そして、改めて思った。自分は努力しようと思えば大体のことができる。でも、その努力ができない人もいる。そもそも世の中には、戦争で小さい時にミサイルが飛んできて命を落としている子供もたくさんいる。
この時代にこの平和な日本に生まれて頑張るチャンスを与えられたこと。どれだけ恵まれているんだろうと思った。
たまに生きる意味、生まれた意味について考える時がある。普通に話したり、テレビの番組だったり、あるいは書籍の中で論じられている。
『幸せになるために生まれてきたんだ』
『人の役に立つために生まれてきたんだよ』
色々な意見がある。
生まれた意味については、科学者としては、ただ生物学上の父親と母親がセックスをした結果たまたま生まれただけのことで意味なんてないと思っている。
とはいえ、無目的に生きるものむなしい。
司馬遼太郎さんの名作の一つ、『坂の上の雲』で秋山兄弟は、日本の陸軍と海軍を育て上げることを自分の人生の意味と定義づけた。

自分で生きる意味を定義するというのは、大切なことだと思う。
『DEATH NOTE』や『バクマン。』でおなじみの大場つぐみさんと小畑健さんの作品で『プラチナエンド』という作品がある。
この作品も衝撃的な結末を迎えるが、最後の終わり方は、生についての衝撃的なまでに強いメッセージが込められているなと感じた。
つまり、命に限りがあるから頑張れるということ。永遠だと明日でもいいやと思ってしまうけれど、いつか終わる命だからこそ、命を燃やして頑張ろうと思える。
自分の生きる意味は、楽しく生きるということ。そのために、自分だけでなく周りの人も幸せで楽しくあってほしい。仕事を頑張るのもそのためだ。
どんな仕事も誰かの役に立つから存在しているわけで、それぞれ得意分野で同じ時代に生きている誰かの役に立つことでお金をもらえて飯が食える。
僕は、勉強が好きで、ものを作るのが好きだから、こうして今も病気を治す薬を開発するための研究をしている。
今の自分の生きる意味の定義はこれ。
せっかく同じ時代に同じ地球に生まれた。
生まれてきたことに意味がある。
あなたにとって生きる意味はなんですか?
