ビビンバ
7月の3連休の半ば。
空は青空が広がり、という書き出しだと爽やかな感じになるが実際はまだ梅雨明けしてないからだろう、灰色の雲が空一面に広がっていて、いつ雨が降り出してもおかしくない雰囲気を漂わせている。でもそのわりに、いや、だからかな、夏の声を聴く一歩手前まで来ているから仕方ないとは言え、蒸し蒸ししている。きっと、青空が広がっていればこの熱はどこかへ逃げて行ってくれるのだろうが、空を覆う雲が蓋の役割をしているから熱が逃げることなく自然の蒸し器のようなになっている。そのための暑さだろう。マジ、いい加減にしてほしい。
その天然の蒸し器の中で、翌週に迫って来た引越しのために今まで住んでいた所の片付けと、新しい所へ運ぶ物の荷造りをしている。
しかし片付け出すと出て来るよね、
「これ何の書類だ?」
とか、
「この手紙が何でまだ残ってんだ?」
という物が。また引越し用の段ボールに詰める予定の本や写真を見出してしまい、途中で手が止まってしまう。典型的な“掃除の出来ない人”になる俺。そして、ひとしきり見たところでだいぶ時間が経過している事に気付いてしまい、とてつもない後悔と妻の冷たい視線を感じる事になる。
そんなこんなで外では11時半を知らせるチャイムの放送。う~ん、お腹空いた!
「ねぇ、お昼は少し現実逃避しようよ~。」
妻に声をかけてみた。妻も片付けで疲れていたのだろうか、
「いいよ、これ終わったら行こうよ。言い出したのぽっぽだから、お店考えといて!」
そうです、ぽっぽと呼ばれています、僕、、、。付き合っていた時に鳩の真似をした事からそう呼ばれるようになったんだけどね。
いや、そんな事より考えないと!
「で、決まったの?」
車が走り出したら左側から聞こえる妻の声。
「なんか、ご飯食べたいんだよね。」
ハンドルを操作しながら答える僕。
相変わらずの曇り空の下、連休だからと言って道路はいつもの休日と同じような感じ。渋滞もなく、車も普通に流れている。信号で止まり空を眺めると雲が流れているのは分かるが、次から次へと流れた所に新たな雲が来て、気分としては余計に雲が厚くなっていく感じ。こんなだから、気持ち悪い汗をかくのだ。空がカラッと晴れていれば、また違った汗になって気分も違うだろうに。
そんな事を考えていたら信号が変わり、再びアクセルを踏んだ。
20分ほど走ったかな、黒いガルバリウムかな?そんな材質っぽい感じの大きな三角形の屋根が見えて来た。近づいてくると南国の植物のソテツやユッカが見える。そして大きな三角形の屋根を支えるように等間隔に並ぶ柱とその奥の店内を取り囲むガラス張りの建物の駐車場へ入った。
お店の名前は「Wカフェ(仮名)」。
このお店、店内の雰囲気がまずいいんだよね。中に入って上を見上げると、高い天井が吹き抜けの様になっていて、そこを何本もの梁が縦横無尽に走っている。周りの壁はレンガを積み重ねたような感じ。書斎のような雰囲気の店内にソファ席、テーブル席、カウンター席と大きな木製のテーブルの席が配置されている。また洋書が十分な間隔を空けておかれている。その間隔がその空間にゆとりと穏やかな雰囲気、でも本により店内の雰囲気がだらけない様な雰囲気を作り出している。ドリンク類はコーヒーやお茶類の種類も豊富、他にもジュースやスムージーもあるのでその時の気分で好きなドリンクをオーダー。でも、それ以上に食べ物の種類も豊富。ロコモコ、ガパオライス、タコライスにキーマカレーやチキンカレー、ドリアやサラダ、パンケーキの種類も豊富。他にもピザやピタサンドかな、この辺りの食べ物も充実している。カフェ飯なんだけど、量としては女性と男性の通常の胃袋の大きさの中間くらいな感じ、かな。個人的には、結構ガッツリしている感じなんだよね。
この日の僕は珍しくお腹ペコペコ!ガッツリ食べたい、でもこってりな感じはいらない、というわがままな気持ちから、オーダーした物は「ビビンバ」。ちなみに妻は「黒チーズカレー」。そう来たか!僕は少し「やられた」と思った。このお店でこの妻がオーダーした黒チーズカレー、結構好きなんです。でもこれがグラタン皿でグツグツの状態で提供されるため、この日の僕はこの日の暑さで頭にこのメニューが浮かばなかった。ドリンクは僕が「本日のアイスティー」、妻は「抹茶スムージー」。そして僕らはソファ席に座り、呼び出しのベルが鳴るのを待っていた。
いつもは休日というと勉強をしている人、友達と談笑している人、きっとデート中と思われる二人、高齢者の団体の憩いの場になっているなど、ほんとお客さんでいっぱいなんだけど、この日は席が半分程度埋まっている感じ。そのため通常の休日に比べれば静かな感じ。きっと三連休の半ばだし、こんなに暑いんだから海にでも行ったんだろうなぁ、とうらやましい気持ちでご飯を待っていた。
「ブーン、ブーン」
ベルが震えた、ご飯が出来た、お呼びだ!
カウンターへ行き木製のトレーに並べられた本日のアイスティー、抹茶スムージー、黒チーズカレー、そして僕の「ビビンバ」。
テーブルに置き、ソファに座り「ビビンバ」を見た。キムチの赤、もやしとほうれん草と人参のナムルの白・緑・赤。そしてそぼろの茶色。そこにコチジャンが少し乗っている。このコチジャン、量を調整しないで混ぜてしまうと結構辛くなってしまう。でも無いと寂しい奴。ちなみに妻の黒チーズカレーはグラタン皿に黒色のカレーが上にかけられていて、真ん中に黒色にカレーの色が付いた温泉卵が乗っている。
「いただきます!」
スプーンを持ち、まずはそれぞれの具をコチジャンを少量ずつつけながら食べて行く。どの具も素材の味を生かしながら、ちょい薄めの味付け。これにコチジャンの辛味がよく合う。各具をそれぞれ半分程度コチジャンを付けながら食べる。コチジャンが3分の1くらいになったところで全てを混ぜ合わせる。このお洒落な雰囲気にスプーンのカチャカチャした音が響いてしまう。周りの人、ごめんなさい。でもこれすると美味しいんです。そんな気持ちがあったかな、そんな事は覚えていないが混ぜ終わったビビンバをひとすくい。口に入れると全ての具とご飯とコチジャンがお互いがお互いを引き立てながら、「1+1=2」ではなく、旨味を10にも20にもしていく感じ。その美味しさに一緒にオーダーしたドリンクの事を忘れてしまい、結局食べ終えてしまった。お茶の事は詳しくないんですけど、ジャスミン茶をベースに他の茶葉が複雑なんだけど爽やかな風を口の中に、更には喉の向こうに届けてくれた。
妻の方を見るとまだ「黒チーズカレー」残ってる。少しもらって見た。黒色のカレーは相変わらずのピリッとした辛味だけど、一緒にオーブンで焼かれた温泉卵とチーズで後を引きずる辛さではない、むしろしつこいかな、と思い敬遠した自分が恥ずかしくなるくらい暑さを吹き飛ばしてくれる。これにすれば良かったかな、そんな事を考えてもう一口もらおうとしたら妻は食べ終えていた、、、残念。
食事後、お互いドリンクを飲みながら一休み。あ=、帰ったらまた片付けかぁー、そんな事を二人で話ていたが、いつまで経っても上がらない腰。
そこで引越し先の眺めの良いバルコニーからの景色の話をしていたらやる気が出て来たので、お店を出る事にした。
お店を出て車に乗り込んだ。
「実は黒チーズカレー、食べたかったんでしょ?」
唐突に妻は僕に聞いて来た。僕は少し悩んだが、
「いや、次はロコモコかな。」
どれも美味しいんだから一つに決められるわけない。そんな事を思いながら、“でも、やっぱりビビンバ、美味しかったなぁ”そんな事を思いながら片付けという名の戦場に向かった。
