【企画】教科書で出会った物語~『故郷』からのメッセージ~
チェーンナーさんからのご紹介で、こちらの企画に参加させていただきます!
国語の時間に習ったお話は、あまりに多く、選ぶのが大変。どれも心に残る印象的な話だったからです。
そして悩んだ挙句、やっぱりこれにしました。
魯迅 『故郷』
この魯迅との出会いは、以前こちらの文章にも書いています。
私は、この小説で初めて魯迅という作家に出会ったのです。初めて出会った中国の作家と、そのお話。
きびしい寒さのなかを、二千余里はなれた故郷へ、二十年ぶりに、私はかえっていった。(『阿Q正伝』松枝茂夫訳・旺文社文庫 P42より抜粋)
この書き出しから、すでに私の心はわしづかみにされてしまいました。一体、話はどうなるんだろう?物語の「私」と一緒に私自身も、物語の中に入っていきました。
「私」が十何歳の時に出会った少年、閏土。彼は地方から、「私」の家にお正月の間だけ手伝いに来ていたのです。
かごと棒を使ったお手製のわなで小鳥をつかまえたり、西瓜を食べにくるチャー(アナグマに似た動物)をさすまたで追っ払ったり・・・海岸にある五色の貝がら、高潮の時には、二本の足があるトビウオがぴょんぴょんとんでいたり・・・
閏土がニコニコしながら楽しそうに話すのを、私も楽しそうに聞いていました。チャーは西瓜をどんな風に食べるんだろう?とか、私もきれいな五色の貝がらが欲しい・・と思いながら。
でも、二十数年ぶりに再会した閏土は別人のようだったのです。深いしわが刻まれた灰色の顔。太くてひび割れた松の木の皮のような手。そして、極めつけの一言。
「だんなさま・・・」
「私」は、すでに悲しむべき厚い壁がきずかれていたことを知ったのです。子どものころのように、楽しく無邪気に笑い合うこともできない事実。この一言は、15歳の私にも大変なショックでした。腹心の友だったのに、長い年月が、2人を違う立場の人間にし、閏土の心まで変えてしまうなんて・・・なんてひどい。初めて、世の中にはどうにもならない運命、理不尽なことがあるのだと思いました。
でも、甥の宏児と閏土の息子・水生。子どもの彼らには、これから経験したことがない新しい生活をしてほしいと強く願う私。この部分に中学生の私も、ぼんやりとした希望の光が見えたように思えました。「私」と閏土にはすでになくしてしまったものが、若いこの子たちには確実にあるのです。
もともと地上には道はない。歩く人が多くなれば、それが道になるのだ。(同上 P58より抜粋)
この最後の部分を読んで、未来にフォーカスされた、明るさが感じられる一文に、魯迅の強い思いを感じずにはいられませんでした。文中で「私」が子どもたちに期待することも、魯迅が後世の私たちに希望を持ち続けることも同じではないのかな・・・と、ふと思ったのです。多くの人が希望を持ち続けることによって、道ができる。15歳の私には、強烈すぎる魯迅からのメッセージでした。でも、15歳だからこそ感じられたのかもしれないな・・・と、今でも思っています。
ギリギリ締め切りに間に合いました。チェーンナーさん、楽しい企画をご紹介いただきありがとうございます!
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