【二十四節気/穀雨】春雨が、大地を染める頃。穀雨の色と、日本人の色彩感覚について
二十四節気 ―穀雨― 2026年4月20日〜5月4日頃ーー
春の最後の節気が、静かにやってきます。
穀雨(こくう)——
「穀物を潤す雨」という意味を持つ、二十四節気の第六番目。清明(4月5日)から数えて15日、春の締めくくりを告げるこの時期に空からはやわらかな雨が降り続きます。
田畑を潤し、種まきの準備を整える、農耕の始まりをも意味する大切な節気です。
桜はすでに散り、季節は静かに次の緑へと移っています。鮮やかだった花の季節が終わり、雨に濡れた木々の葉がみずみずしく光を受ける頃。
この穀雨の時期に、日本人がどのような色を見出してきたか——今回は、そんな「春の終わりの色」について、ゆっくりと読んでいただければと思います。

雨が生む、緑のグラデーション

穀雨の頃、目に映る景色を思い浮かべてみてください。
桜の淡いピンクに代わって広がるのは、雨を含んだ無数の緑です。
一口に「緑」といっても、その表情は実に豊かです。
芽吹いたばかりの草の鮮やかな黄緑、
雨に濡れて深みを増した葉の色、
田んぼに植えられた苗のやわらかな黄緑、
霞がかった遠景の薄い緑——
これらすべてが、この季節だけに見られる色彩です。
日本の伝統色には、この繊細な緑のグラデーションを表すために、実に多くの名前が与えられてきました。
萌黄(もえぎ)

“萌黄”は、木々が萌え出す時期の強い黄緑色です。
「萌える」という言葉が示す通り、生命が一気に噴き出すような力強さがあります。平安時代から武家の世界でも愛された色で、新しい命の勢いをそのまま映したような鮮やかさが特徴です。
若草色(わかくさいろ)

“若草色”は、芽吹いたばかりの草のようなあざやかな黄緑。萌黄よりもわずかに明るく、春の初々しさを象徴する色です。
平安時代の歌集にも「若草」として登場し、若い女性の瑞々しさに例えられてきた色でもあります。新鮮さと未熟さが混ざり合った、どこか愛おしい色合いです。
若葉色(わかばいろ)

“若葉色”は、萌え出て間もない草木の若葉のようなやわらかい黄緑。
若草色よりも落ち着いた、やさしい印象を持ちます。まさに穀雨の頃の木々の葉を思わせる、この季節の主役ともいえる色です。
苗色(なえいろ)

“苗色”は、田んぼの稲の苗の色。穀雨と農耕は深く結びついており、この時期に田植えの準備が始まります。
苗色は、その苗のやわらかな黄緑——土と水と光が育む、生命の始まりの色です。
菜の花色(なのはないろ)

“菜の花色”は、菜の花畑全体を映したような緑がかった黄色。花だけでなく、葉の色も含んだ複雑な黄色は、春の野原を思い起こさせます。
江戸時代、菜種油の原料として日本人の暮らしに深く根付いた菜の花は、その色とともに春の象徴でした。
日本人が「色に名前をつける」ということ

ここで少し立ち止まって考えてみたいことがあります。
なぜ日本人は、これほど多くの緑の名前を持っているのでしょうか。萌黄・若草色・若葉色・苗色・若竹色・青竹色・老竹色——緑だけで、これほどの言葉が存在します。
それは、日本人がその微細な差を「見ていた」からです。
単に「緑」と呼んで済ませるのではなく、その緑が芽吹いたばかりのものか、雨に濡れたものか、成長した竹のものか、老いた竹のものか——それぞれに名前を与えることで、季節の移ろいを丁寧に記録してきたのです。
色に名前をつけることは、世界をもっと細かく見ることでもあります。
名前のついた色を知ることで、「あ、これが萌黄か」と気づく目が育つ。気づく目が育つことで、穀雨の雨に濡れた木々の葉の美しさがより深く感性に届くようになります。
日本の伝統色は単なる色の分類ではなく、季節と自然への向き合い方そのものを伝えてきた文化遺産です。
「色を染める」ということ

京都洛柿庵(らくしあん)の職人が手染めの麻布に向き合うとき、その行為はまさにこの伝統の延長線上にあります。
引染・ろうけつ染・型染・手描き・手彩色——これらの技法によって一枚一枚に施される色は、工場で再現された均一の色ではありません。
同じ柄であっても、染料の濃淡、布の吸い込み具合、職人の手の動き——そのすべてが微細に異なり、ひとつとして同じ色が生まれません。
それは、雨に濡れた木々の葉がすべて異なる表情を持つことと、本質的に同じことです。自然の中に均一なものはなく、だからこそひとつひとつに美しさが宿る。
京都洛柿庵が手仕事にこだわり続けるのは、その「ひとつとして同じではない色」を、暮らしの中に届けたいからです。
「麻のやさしい風合いと手染めのぼかしがやさしく溶け合うその表情は、華やかすぎず、けれど確かな温もりを宿しています。掛ける場所や光の加減によって、色が深まり、影が揺らぎ、季節の息づかいを感じさせます」
これは京都洛柿庵の作品についての言葉ですが、穀雨の頃の景色の描写としても通じるものがあります。
光の加減によって色が変わり、雨に濡れることで深まり、風が通ることで揺らぐ——自然の色と、手染めの色はどこかで響き合っています。
穀雨の頃の、京都洛柿庵の作品

この季節に京都洛柿庵の作品の中から目が向くのは、みずみずしい緑や、春の雨を思わせるやわらかな色合いの作品たちです。
鈴蘭・山法師・ライラック・木瓜(ぼけ)——これらの花をモチーフにした細タペや豆タペは、穀雨の頃に玄関や窓辺に飾ると、雨の日の室内に小さな春の庭を呼び込んでくれるような存在感があります。

また、絵麻(ema)の「蓮にかえる(穀雨)」は、この節気そのものを映した作品です。まだ小さな蓮の葉の上で、雨粒を受けるかえる——生命のやわらかな始まりを、掌に収まるほどの小さな作品に宿しています。

koyomiフレームにも、この季節の色を映した作品が揃っています。
節気ごとに差し替えながら、穀雨の雨が大地に染み込むように、季節の色が暮らしの中に静かに積み重なっていく——それが京都洛柿庵の提案する、時間の過ごし方です。
色を知ることは、季節を感じること

穀雨は、春の最後の節気です。この後、5月5日の立夏を迎えると、暦の上では夏が始まります。
「もう春が終わるのか」と惜しむよりも、「この緑が、萌黄から若葉色へと深まっていく時間を、今年も見られた」と思える——そんな目と感性を、伝統色の知識は育ててくれます。
日本人が長い時間をかけて自然の色に名前をつけてきたのは、その名前を知ることで、季節がもっと豊かに見えるようにするためだったのかもしれません。
自然のうつろいを感じながら生きること。光と影、静けさと温もりが共存する空間を大切にすること——京都洛柿庵が提案する「感性がひらき、心が満ちる暮らし」は、こうした色彩感覚とも深くつながっています。
穀雨の雨音を聞きながら、窓の外の緑がどんな色をしているか、ぜひ一度じっくり見てみてください。

京都洛柿庵 三条店
住所:京都府京都市中京区三条町339
▼オンラインショップ
https://shop-kyoto-rakushian.com/
▼公式サイト
https://www.leciel-japan.com/
https://www.instagram.com/kyotorakushian3joten/

