悪夢遊病者(ナイトメアウォーカー)3話


中庭に一本の桜の木が植えられた邸宅。

呼び鈴を鳴らす久作。

玄関から現れたのは40代の男性だった。

久作「夢魔祓い協会のものです。本日はご依頼の件でご訪問させていただきました」

男性は少し怯えた表情で久作をみつめてから、愛想笑いのようなものを浮かべた。

男性「来てくださりましたか、夢魔祓いさま」
 
回想
未白「さっそくだけど久作君には、夢魔祓いの仕事を体験してほしい」

その話が持ち出されたのは、夢魔祓い協会の館に連れられて間もないころだった。

未白が合わせた両手を見ながら久作は答える。

久作「……次じゃ、駄目?」

未白「駄目」

久作にとって、さきほど起きた一連による疲労が回復していない状態に加えて、まだ夢の国に来てから一日も経っていない状態なのだった。

未白「休みたいよね。だけど依頼が都合よく転がって来るとは限らなくてさ。それに、上からの命令でさ……」

未白は苦笑いを浮かべる。

久作「わかり……わかったけどさ、依頼っていうのは? いまいちピンとことなくて」

きょとんとした表情で未白は答える。

未白「魘されて眠れなくなるほどの悪夢、日常に支障きたす悪夢、これらは夢魔が現れる前兆なの。実際に支障が出た人は一度精神科に相談する。だけど、精神科でも解決できない、深刻な症状であると判断されると、それは協会への依頼、つまり夢魔祓いへの依頼になるってこと。……わかったかな?」

久作はできるだけ状況を想像していたが、やはりわからない部分もあった。

だが、彼の目に映った未白の容姿の甘美さに、つい大きな声で「わかった!」と言ってしまった。

未白「よかった、じゃあ決定だね」

未白は目を細めて微笑んだ。

久作(まあ、よく考えれば悪くないかもしれない。正直めっちゃ疲れたけど、こんな可愛い女の子と一緒だったら、それはもうリア充っぽいのかも……)

未白「じゃあ、絵美斗、久作君のことお願いね」

久作は未白の目線の先に合わせて、背後を振り返った。

そこには金髪サラサラマッシュの美少年の姿があった。服装はまるで女子のようなケルト民族風の青ジャケットと白いズボン。そして、シルクのスカーフを首に巻いている。

彼が来栖絵美斗だった。捻くれた人間をいかにも軽蔑してそうな目つきで、久作を見おろしていた。

久作は半開きになった口を、しばらく閉じられなかった。
 

主人に招かれてリビングの椅子に座った久作と来栖。

久作「改めて依頼の内容をお伺いしてもよろしいでしょうか」

マニュアルを握った彼の手は震えていた。

夢遊状態でない今、現実にいる久作は陰キャ性質の挙動不審を発動させている。そのため、発する言葉はどもりがちで、その背筋はピンと伸び、緊張していることが露わになっていた。

久作のびびる様子に、来栖は冷ややかな一瞥をくれた。

主人「娘のことで」

主人は重々しい表情で語りだした。

主人「二週間前ほどの話なのですが、いつもより娘が起きて来るのが遅くて、起こしに行くと毛布にくるまって震えていたんです。まるで何かに怯えるかのように」

久作はぎこちなく話の合間に相槌をうった。

主人「目の下に隈をつくっていたので、どうしたのかと尋ねると、悪夢を見たと言っていたんですよね」

久作は「悪夢について」とメモ帳に書く。

主人「それから毎日、よく眠れず、ついに昼夜逆転してしまって、妻と一緒に寝るようにしたのですが、魘されているようで……。それで精神科医に連れて行ったところ、悪夢祓いにお願いした方がよいと」

久作は「ありがとうございます」と言い、質問に入った。

久作「娘さんがみた悪夢はどんなものでしたか?」

主人は顎に右手を当てて思い出す仕草をした。

主人「閉じ込められる夢、と言っていましたね。あと、目が見えなくなる夢だとか。それも、目を開けたくてもしばらく開けられなくて、そのまま二度寝、した日もあったみたいです。……あ、あともう一つ」

今思い出したかのように、主人は口を大きく開いた。

主人「二日前だったのですけど、夜中娘の部屋から物音がしたので、見にいったのですが、確かに娘は目を閉じて眠っていたのに」

久作は固唾を飲んで、未白が述べていたことを思い出す。

高確率で睡眠障害の原因が夢魔であることを確定させるできごと、

主人「歩いていたんです」
 
回想
未白「夢魔は、ただの悪夢からは生まれてこない。日常生活に支障をきたすような、医者すら原因がわからない重度の悪夢。そこで夢魔は生まれる。中でも、夢魔が高確率で絡んでいる症状は」
 
夢遊病(睡眠時遊行症)。
 
一通り話を聞き終ると、久作はマニュアルを両手に持ち直す。

久作「あ、ありがとうございました。とりあえず、聴収はこれで……」

来栖「娘さんはどこに?」

それまで黙っていた来栖が、割って入るように、冷然とした表情で聞いた。

主人「今は部屋に。家内が帰ってくるまでは。何をしているのかはわかりませんが、安静にさせたくて」

久作は「家内」という言葉を聞いて、耳のあたりがひくついた。

久作(この子には両親がいるんだ。心配してくれる両親が)

久作は母親が出張に行っている間に、一人で食べる夕食と、眠っている間に殺されて、獏の力を封印させた父親の顔を思い出す。

主人「やっぱり、無理して勉強させて、夜更かしさせたことが原因なんでしょうかね……」

主人が憂愁を帯びた顔を見せた瞬間、来栖が拳を握って静かに身を震わせたことを、久作は見逃さなかった。
 

モノローグ
夢魔が人から出現するのは零時。それまで夢魔祓いはひたすら待たなければならない。
いつ異変が生じてもいいよう、夢遊状態になっておく必要があるのだった。
 
すでに夢遊状態になった二人は赤い屋根の上で待機していた。

久作(残り三十分……気まずっ!)

彼は一緒に待機していた来栖との会話に困っていたのだった。

獏(聞かなくてよかったの? 夢テロリストのこと?)

リュックに入れたぬいぐるみの獏から言われて、久作は未白のことを思い出した。
 
回想
未白「話詰まったら、絵美斗君に、テロリストのこと聞いてみて。いずれは、奴らとも対峙しないといけないから……」
 未白の瞳は真剣だった。
 
久作(……さっき主人と話しているとき、絵美斗君、ずっと目を床に向けてたんだよ。家族慣れしていないっていうか)

獏(ゴキブリでもいたんじゃないのか?)

久作(……勝手な憶測だけど。もしかしたら、テロリストに家族が、なんてこともありえなくはないから。でも、仲良くしたいよな)

獏(コミュ障だから無理だろ)

獏が鼻で笑う。

久作(……言ったな。いいよ、だったら今、卒業してやる)

久作は隣でヘッドフォンを耳にかけていた来栖の肩を手でたたいた。

久作「あのさ、未白さんとは幼馴染なの?」

来栖は目だけ久作に向けて、頷いた。

久作「俺より若いんだよね。何歳だっけ?」

来栖はヘッドフォンを外して答える。

来栖「……十五」

久作「二個下か。大変だね。学校とか休まないといけないしさ」

今日は平日だから、高校は休むことにしたのだった。

久作が何げない質問をすると、来栖の顔に影がかかった。

来栖「別に、高校行ってないから。誰でも高校に行けると思わないで」

久作(しまった……)

突き放すように、来栖の剣幕は鋭かった。

来栖「あのさ、あんたが死ねば未白は助かるってこと、忘れんなよ」

久作「……忘れてないよ」

来栖は久作をじっと睨んでいた。

すると、リビングですすり泣くような声がした。

主人「俺が勉強しろって、しつこく言わなければ」

妻が主人の背中をさすっている。

いたたまれない気持ちになり、久作がその光景から目を離そうとして、顔を市街地の方に向けた時、とうもろこし畑が目に入った。

久作(……あれ、なんか変じゃね?)

久作が不思議に思ったのは、とうもろこし畑のとうもろこしの実が実っていることであった。

久作(今、四月だよな。なんで実が……、そもそも畑なんて……)

その時、同じ方向を向いていた来栖が、はっとして、背後を振り返り、手のひらを向けた。

同時に久作も振り返り、屋根から道路に飛び降りようとする。

そこには、とうもろこしの黄色い実に、赤く尖った目と三日月のような口をつけた、何かがいた。

来栖「落雷」

来栖が叫んだ時、雨雲などないその空から、轟音を置きざりに白い雷が落下した。

しかし、トウモロコシの生き物は、飛び跳ねて雷を避ける。

来栖「っち、落ら……」

トウモロコシの夢魔「悪夢術『玉蜀黍迷路(コーンメイズ)』」

次の瞬間、辺りは暗闇に包まれた。

 
獏「ひょろチビ、起きろ」

ぬいぐるみに呼ばれて、目を開けると、そこは巨大な緑の植物に囲まれていた。

久作「……なんだこれ」

獏「面倒な奴にちょっかいだされたな」

久作は困惑しながら辺りを見回す。四方八方を囲む植物は、約十メートルにも伸びたとうもろこしだった。

空はピンクで、月が怪しく光っている。

久作はその光景にどことなく、既視感と、恐怖を感じ、冷や汗が出た。

獏「クリアするまで、一生出られないからな。いいか、ひょろチビ、これが悪夢と戦うってことだ」

久作はその悪夢のような巨大なとうもろこしの迷路に、足を震わせた。
 

数刻前。

西東京の廃病院。1話で獏の力によって、右腕を失ったとんがり帽子の男は壁によりかかりながらスマホを耳に当てていた。

帽子の男「……あぁ。……そいつだ。寝癖と隈がついてる。……あぁ、噂通り元に戻らねえ」

???「……ここまで大切に育てた娘なんだ。無駄にはしない」

帽子の男は鼻で笑う。

帽子の男「それでも父親か。子どもを餌にして、その精神力は見習うね」

主人「あんたこそ、医者だろ。のうのうと人の命を奪おうとして」

電話相手は、久作と来栖が依頼に向かった家の主人だった。

帽子の男「……今はテロリストだ。黒い獏をなんとしてでも手に入れるぞ」

帽子の男の目は殺意でぎらぎらと煌めいていた。

#創作大賞2024 #漫画原作部門


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