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【創作大賞】甘えられなかった私が、母になって気づいたこと──娘が描いた一枚の絵が、私に幸せを教えてくれた

この作品は、
15話にわたって綴ってきたシリーズを、
一つの物語として書き直したものです。
初めて読む方にも届くように、
あらためて一つの作品にしました。

娘が描いた一枚の絵

娘は、
泣きながら叫んだ。
「パパなんか、大っ嫌い!」
「もう出ていって!」
朝の住宅街に響くほどの大声だった。

二階で洗濯物を干していた私は、
思わず手を止めた。

その少し前、
階下では夫の声も聞こえていた。
「もう勝手にせぇ。」
「お父さんは知らん。」

嫌な空気だな
朝は気持ちよく送り出してあげたかったな…と思いながらも、
私は洗濯物を干し続けた。

しばらくすると、
娘が階段を駆け上がり
勢いよく抱きついてきた。

顔を真っ赤にして、
肩で息をしている。

怒りと悔しさで、
言葉にならない様子。

私はしゃがんで、娘の目を見た。
「どうしたん?」
「よっぽど嫌なことがあったんやね。」

娘は涙をこぼしながら、
吐き出すように言った。
「もうパパも、弟(長男)も大っ嫌い!
 出ていってほしい!」
「ママと双子の弟(次男・三男)だけがいい!」
「四人で暮らす!」

私は一瞬、返事に困った。

「そうなんや。」

少し考えてから、私は聞いてみた。

「でも、それって本当にそうなりたいんかな?
家族バラバラになるの、寂しくない?」

娘は首を横に振った。

「それでいいもん!
嫌やもん!」

まだ怒りはおさまっていない。

私はもう一度、言葉を探した。

「そうなんや。
ママは寂しいな。
もうずーっと会えなくなっちゃうのが理想なの?」

娘は少し黙ってから、

「だけど、2人ともムカつくから嫌や。
いらん。」
と言った。

私は聞いてみた。

「じゃあ、娘はどうなったら幸せだなって思うの?」

娘は首を振る。

「わからん!」

そして最後に、
「とにかく嫌やねん!」
と叫んだ。

そうか。
まだ言葉にするのが難しいんだ。
私はふと思った。
「娘さ。絵を描くの好きやん。
言葉じゃなくてもいいからさ、
こうなったらいいなって思う絵、描いてみる?」

娘は、
さっきまで泣いていたのが嘘みたいに、
ぱっと顔を上げた。
「うん!」
そのまま勢いよく階段を駆け下りていく。

私はその背中を見送りながら、
正直、少しほっとしていた。

怒りがおさまればいい。
学校へ笑顔で送り出せたらいい。
そのくらいにしか思っていなかった。

少しすると、
階下から笑い声が聞こえてきた。
さっきまで怒鳴り合っていたはずの夫と、
娘が楽しそうに話している。

私は不思議に思いながら、
一階へ降りた。

娘は、私に凛とした表情で駆け寄り、
得意げに一枚の画用紙を見せてくれた。

そこには、
家族みんながいた。

庭で
夫と私が一本の大縄を回している。
その真ん中で、
娘が嬉しそうに跳んでいた。

少し後ろでは、
長男が車掌になって、
双子の弟を乗せ、電車ごっこをしている。

きょうだい四人、
誰も置いていかれていない。
そして、
家族全員が笑っていた。

「これが描きたかったん?」
そう聞くと、
娘は、
何の迷いもなく、
「うん!」
と笑った。

私は、
その絵を再び見つめた。
娘は満足そうに笑っていた。

あのときの私は、
まだ知らない。
この一枚を、
何度も思い返すことになるなんて。

あの日はただ、
私の中に、
小さな種が落ちた日だった。


幸せがわからなかった私

娘が描いた絵は、
私の心に残り続けた。

どうして、
あの一枚があんなにも気になったんだろう。

その時は、
まだ言葉にできなかった。

ただ、
何度思い返しても、
私の中で何かが引っかかっていた。

そういえば、
講座でこんな質問をされたことがある。

「もし、お金も、時間も、人間関係も、
何の制限もなかったら、
あなたは何をしたいですか?」

周りの人は、
迷うことなく答えていった。

「海外旅行がしたい。」
「カフェを開きたい。」
「起業して家族との時間を大事に過ごしたい。」

みんな目を輝かせながら、
自分の理想を話していた。

私には、その姿がとても美しく見えた。
仲間がワクワクしながら、
夢を語る姿を見て、わたしも胸が高まった。

でも、
自分の番になると、
何も言えなかった。

温泉かな。

旅行かな。

カラオケかな。

頭にはいろいろ浮かぶ。

でも、
どれもしっくりこない。

たとえば温泉へ行ったとして、
きっとその日は気持ちいい。

でも私は、
その幸せを味わうより先に、
考えてしまう。

「で?」

「その時間には、どんな意味があった?」

「もっと自分のためになることができたんじゃない?」

「温泉行ってどうなるの?」

そんなふうに、
幸せそのものではなく、
意味や価値を探し始めてしまう。

旅行もそう。

ゆっくり過ごす時間もそう。

私は、
楽しむことより先に、
「何を得られるか。」
を考えてしまう。

だから、
何をしたいのかと聞かれても、
答えられなかった。

今なら思う。

私は、
理想がなかったわけじゃない。

子どもたちには、
毎日笑っていてほしい。

家族みんなで、
穏やかに暮らしたい。

仕事も、
誰かの役に立つやりがいを感じるものがいい。

そんな思いは、
ずっとあった。

でも、
それが本当に自分の望みなのか、
確信が持てなかった。

「これが幸せです。」

そう言い切ることが、
怖かった。

どこかで、誰かに
「それで満足なの?」
と聞かれる気がしていた。

そして、
その問いに、
自信を持って答えられる自分がいなかった。

どこまで走ったら…
何を掴んだら…
幸せと言えるんだろう。

私は、
ずっと探してきた。

幸せそのものではなく、

「私は幸せです。」
と胸を張って言える理由を。

誰かに説明できるものを。

自分でも納得できる証拠を。

でも、
どれだけ探しても、
その答えは見つからなかった。

娘の絵を見るまでは。

私は”証拠”探しに必死だった

振り返ると、
私はずっと、
何かを積み重ねていた。

子どものために。
家族のために。
そして、
自分のために。

子育ての本は何冊も読んだ。

モンテッソーリ教育も学んだ。

子育てインストラクターの資格も取った。

親子関係を良くしたくて、
コーチングも学び、
セッションの練習は200回を超えた。

経皮毒が気になって、
布おむつを選んだ。

「浮いたおむつ代で、
子どもたちに経験を贈れる。」

本気でそう思っている。

調味料も食事も、
今でもできるだけ無添加を選んでいる。
味噌や梅仕事。
ぬか漬け。
発酵食品。

農薬が気になって、
家庭菜園まで始めた。

子どもにいいと言われるものは、
とにかく試してきた。
結構、こだわってきた。

もちろん、
今でも続けていることは多い。

無添加も。
発酵食品も。
家庭菜園も。

それらが悪いと思ったことは、一度もない。



あの時間があったから、
今の私がある。

学んだからこそ、
救われたこともたくさんある。

でも、
今だから見えることがある。

私は、
何かを学ぶたびに、
少し安心していた。
「これで大丈夫。」
「私はちゃんとやれている。」
そう思えることが大事だった。

だから、
あの頃の私は、
“子どものため”だけではなく、
「これだけやっている私は大丈夫」と
安心したかった。

でも、
その安心は長く続かない。


また次の「正解」を探し始める。

「子育てにはコレ!」
そんな情報を見つけると、

また新しい本を読む。
また違う文献を探す。
また誰かの話を聞く。
また次の講座へ申し込む。

気づけば、
“安心は、
積み重ね続けなければ手に入らないもの”
になっていた。

SNSを開けば、
誰かが新しい知識を発信している。

「これが子どもの自己肯定感を育てます。」
「主体性を伸ばすには。」
「非認知能力を育てるには。」

読むたびに思う。

「これも知らなかった。」
「やってみよう。」
「まだ足りない。」

私は、
子どもの幸せを願っていた。
だから学んでいた。

その気持ちに嘘はない。

でも、
その奥には、
もう一つの気持ちがあった。

「私はちゃんと頑張っている。」
そう思いたかった。

もっと言えば、
そう証明したかった。

布おむつを選んだ私。
本を読んでいる私。
学び続けている私。
努力している私。

そんな自分を見て、
私は安心していた。

「これだけやっているんだから。」

「私はちゃんと母親を頑張れている。」

そうやって、
自分を納得させていた。

でも、
どれだけ積み重ねても、
安心は長く続かなかった。

また次を探す。

また頑張る。

終わりがない。

まるで、
幸せが、
ずっと少し先にあるようだった。

今なら思う。

私が集めていたのは、
知識でも、
経験でもなかった。

本当に集めていたのは、
“「私は幸せです。」と言える証拠”
だった。

頑張っている私なら、
きっと幸せなはず。

やれるだけ全部
学び続ける私なら、
もうそれ以上はない。

そんなふうに、
私は、
幸せそのものではなく、
幸せを証明する材料を、
一つずつ集め続けていた。

だから、
どれだけ手に入れても、
満たされなかった。

証拠は増えても、
「私は幸せ。」
という確信だけは、
どこにも見つからなかったからだ。

娘が映した幼い私

娘が、
自分の気持ちをまっすぐ伝えるたびに、
私は、なぜか心がざわついた。

このままじゃ、
周りとうまくやっていけないんじゃないか。
傷つくんじゃないか。

私と同じように、
いつか生きづらくなるんじゃないか。

そんな不安が、
次々と湧いてきた。

そして気づけば、娘に

「あんたはいいよな。好き勝手できて。」
「弟が我慢してる。かわいそうや。」
「周りもっと見てみ。」
「それ、楽しんでるのあんただけやで。早く気づき。」

そんな言葉をかけていた。

その瞬間、
私はハッとした。

それは、
私が子どもの頃から、
何度も聞いてきた言葉だった。

でも、
私は当時、
それを苦しいとは思っていなかった。

むしろ、
そうやって生きることが当たり前だった。

頑張れば認めてもらえる。

期待に応えれば喜んでもらえる。

先生に頼られれば嬉しかった。

中学生の頃、
先生に声をかけられて
学級委員や生徒会副会長を務めた。

悩みながらも引き受けたとき、
母も祖母も喜んでくれた。

特に祖母の言葉は、
今でも覚えている。

「私はできなかったことだ。
あなたがやってくれて嬉しい。」
「自慢の孫や。」

私の手を握って、
目を見て言ってくれた
あの言葉は、
とても嬉しかった。

心地が良くて、
私をまっすぐそのまま
受け入れてもらえているように感じた。

だから私は、
「頑張れば、認めてもらえる。」
「期待に応えれば、喜んでもらえる。」
そう信じるようになった。

それからも私は
努力することをやめなかった。

頑張ることも、
人の期待に応えることも、
私にとっては自然なことだった。

実際、
その生き方で得られたものもたくさんある。

書道も、
仕事も、
人との出会いも、
努力した先で与えられた、大切な宝物だった。

だから、
その生き方を否定したいわけではない。

でも、
大人になり、
母になり、
娘と向き合う中で、
初めて立ち止まった。

私は、
【頑張る方法】は知っていた。

【努力する方法】も。

【期待に応える方法】も。

でも、
【幸せになる方法】だけは、
わからなかった。

周りから見れば、
私は十分幸せそうに見えるらしい。

四人の子どもを育てながら、
好きなことも学び続けている。

それなりの成果を出しながら
自由に自分の生きたいように歩んでいる
そんなふうに見えているらしい。

でも、
私だけが、
自分の幸せの居場所を知らなかった。

私は、
娘を見ていたつもりだった。

でも本当は、
娘の中に、
幼い頃の私を見ていた。

私は、
娘を変えようとしていたのではない。

私が「正しい」と信じて歩いてきた道へ、
娘を導こうとしていたのだ。

でも、
娘は違った。

自分の気持ちを
怒り、
泣き、
笑い、
一枚の絵に描いた。

その姿は、
私がずっと信じてきた「正しさ」に、
静かに問いを投げかけていた。


娘がくれた答え

あの日、
娘が描いた絵を、
私は何度も見返した。

家の庭。
パパとママが大縄を回している。
その真ん中で、
娘が笑いながら跳んでいる。

少し離れたところでは、
長男が車掌になって、
双子の弟を乗せた電車ごっこをしている。

誰か一人が我慢している絵じゃなかった。

誰かが主役で、
誰かが脇役でもなかった。

みんなが、
それぞれ楽しそうだった。

最初にその絵を見たときは、
「へぇー。これパッと描いたんすごいなぁ。」
そんな気持ちだった。

でも、
時間が経つほど、
その一枚が頭から離れなくなった。

私は、
娘に聞いた。

「これが描きたかったん?」

娘は、
満面の笑みで答えた。

「うん!」

その笑顔を見ながら、
私は思った。

この子は、
ちゃんと幸せを知っている。

私はずっと、
「幸せって何だろう。」
と考えてきた。

学べばわかると思った。

経験すれば見つかると思った。

頑張れば、
いつかたどり着けると思っていた。

でも、
娘は違った。

幸せを説明しようとはしなかった。

証明しようともしなかった。

誰かと比較することもなかった。


ただ、
描いた。

娘は、
まだ小さい。

難しい言葉も知らない。

心理学も知らない。

コーチングも知らない。

主体性なんて言葉だって知らない。

でも、
「こうなったらうれしい。」

「こう過ごせたら幸せ。」

その世界を、
特に考え込むことなく
サッとクレヨンで描いていた。

私が、
何年もかけて答えられなかった問いを、
娘は一枚の画用紙いっぱいに描いていた。

私は、
幸せを探していた。

娘は、
幸せを描いていた。

私は、
「私は幸せです。」
と言える証拠を探していた。

娘は、
そんな証拠なんて、
一つも描かなかった。

賞状もない。

成績もない。

頑張った証もない。

そこにあったのは、
「大好きな人たちと、
こんなふうに笑っていたい。」
という、
ただそれだけの願いだった。

その絵を見ながら、
私は初めて気づいた。

幸せは、
誰かに認めてもらうものじゃなかった。

誰かと比べるものでもなかった。

積み重ねた努力の先に、
ようやく手に入るものでもなかった。

幸せは、
自分の中にあるものだった。

「私はこれが好き。」

「私はこうありたい。」

その気持ちを、
自分で大切にできること。

それが、
私が何年も探していた答えだった。

娘は、
答えを教えようとしたわけじゃない。

ただ、
自分の幸せを描いただけだった。

でもその一枚は、
私が何年も探し続けたものを、
静かに教えてくれた。

娘が描いた絵は、
一枚の絵ではなく、

私へのギフトだった。

コンパス

私は、
子どもは“白紙”だと思っていた。

だから、
親が教え、
導き、
幸せを伝えなければいけないと思っていた。

でも、
本当に白紙だったのは、
私の方だったのかもしれない。

私は、
幸せを探していた。

何かを手に入れれば、
何かを証明できれば、
いつか
「私は幸せです。」
と胸を張って言える日が来ると思っていた。

だから歩き続けた。

努力もした。

学び続けた。

その時間は、
決して無駄ではなかった。

でも私は、
幸せを探すことに夢中で、
今ここにある幸せを、
見落としていた。

娘は、
そんな私に、
一枚の絵をくれた。

それは、
賞状でも、
正解でもない。

誰かに評価されるものでもない。

ただ、
「私はこうありたい。」
という、
娘だけの幸せが描かれた一枚だった。

あの絵は、
今でも私の中にある。

また誰かと比べそうになったとき。

また、
「もっと頑張らなきゃ。」
と自分を追い立てそうになったとき。

また、
幸せを証明したくなったとき。

私は、
あの絵を思い出す。

あの一枚は、
私が迷わないための地図じゃない。

進む道を決めてくれる答えでもない。

でも、
「私はどっちを向いて歩きたいんだろう。」

そう立ち止まったとき、
静かに向きを教えてくれる。

私だけの、
コンパスになった。

子どもたちは、
私にたくさんのことを教えてくれた。

長男も。

次男も。

三男も。

そして、
娘も。

四人それぞれが、
違う形のギフトをくれた。


私は、
これからもきっと迷う。

また遠回りもする。

それでも、
もう、
幸せを探すためには歩かない。

幸せは、
どこか遠くにある目的地じゃなかった。

歩きながら、
大切な人と笑い合う時間の中に、
もう、ちゃんとあったのだから。

娘が描いてくれた一枚の絵とともに、
私はこれからも、
私だけの人生を歩いていきたい。


これは、娘の話を書いた作品ではない。
子どもたちに育てられた、一人の母親の話。

【完】

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