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台湾は本当に中国の領土なのか──「歴史の真実」と「現代の危機」

正直、怒りを覚えた。
中国総領事が「高市早苗総理の汚い首を斬るしかない」と投稿した──。

この暴言は、もはや一政治家への侮辱ではない。
日本という国家への挑発であり、私たち国民全体への侮辱である。

それなのに、中国外務省は発言を擁護し、「高市総理の発言が危険だ」と逆に日本を非難し謝罪も撤回もない。

いったい、どこまで日本を軽んじるのか。
しかし、感情的に怒るだけでは意味がない。
まず、台湾をめぐる「歴史の真実」を知らなければ、話にならない。

この事件の本質は──単なる暴言ではない。
「台湾をめぐる主張」を通じて、中国が日本を試しているという点にあるのだ。


僕は60歳という年齢で0から副業としてアフィリエイトを始めているお爺ちゃん美容師です。

誰かを持ち上げるためでも、批判だけをしたいわけでもない。
「この国はどう動き、僕らはどう生きるのがええんやろう?」 そんな問いを、読者と一緒に深めていきたいという気持ちで記事を書いています。

中卒の学のないお爺ちゃんが、政治を考えてもいいだろww


まず、台湾をめぐる「歴史の真実」を知らなければ話にならない

今、多くの日本人が感情的に「中国が悪い」「台湾を守れ」と言う。
しかし、その前に問うべきは、台湾とはそもそもどんな歴史を持つ島なのかということだ。

台湾の歴史的事実を知らずに、この問題を語ることはできない。
なぜなら、歴史の中にこそ、いま私たちが直面している危機の“答え”があるからだ。


台湾をめぐる歴史の真実

17世紀、台湾はオランダの植民地だった。

そこに現れたのが、鄭成功(ていせいこう)

彼(鄭成功)は平戸で生まれ、幼少期に中国福建へ渡り、のちに明朝の遺臣としてオランダを台湾から追い出しました。

母は肥前国(現在の長崎県)平戸藩士の娘・田川松という日本人女性である。

つまり、**日本人の母を持ちながら中国の武将として生きた、“二つの文化を併せ持つ人物”**だったのである。

当時は「国籍」という概念がまだ曖昧で、国境も現代のように明確ではなかった。

そのため、彼は中国・日本・台湾のいずれからも「英雄」とされる特異な存在です。


鄭成功はゼーランディア城の戦いでオランダ軍を撃破し、台湾を一時支配する。
しかし、その後、明が滅び、満州族の王朝「清」が中国を制圧。

ただし清は、当初台湾を「化外の地」(統治の外)として軽視していた。

南方特有の病気、首狩り文化、言葉の通じない部族──
統治のコストに見合わない土地とみなされていたのである。


台湾出兵と「誰のものでもなかった島」

1871年、宮古島の漁民が台湾で殺害される事件が起きた。
日本が清国に抗議したところ、清は「そこは我が国の管轄外」と回答。

日本政府は「ならば」と判断し、翌1874年、台湾出兵を実施した。
この出来事で、清国は初めて台湾の地政学的重要性に気づく。

そして1885年、ようやく「台湾省」を設置。
だがそのわずか10年後、日清戦争に敗れ、1895年の下関条約で台湾を日本に割譲した。

つまり清(中国)が台湾を正式な領土として扱ったのは、実質わずか10年間だった。
その後、日本の統治が50年間続く。


戦後の台湾と日本の立場

第二次世界大戦の敗戦後、日本は1951年のサンフランシスコ平和条約で台湾を放棄した。

ただしここで重要なのは、当時の中国(中華民国も中華人民共和国も)が、この条約に参加していなかったという点だ。

当時、中華民国と中華人民共和国の“二つの中国”が存在していた。
現在の「中国」とは、中華民国を打倒して大陸の政権を奪った新しい国家=中華人民共和国である。

そのため、1952年に日本は中華民国(台湾政府)と個別に日華平和条約を締結し、「台湾に住む人々は中華民国の国籍を有する」と明記した。

一方、1978年に日本が中華人民共和国と国交を結んだ際、
「台湾が中国の一部である」とは明言していない。

日本政府の公式立場はあくまで「中国の立場を理解し、尊重する」──承認ではない

つまり国際法上、台湾が中華人民共和国の領土だと認められたことは一度もない


現代の「台湾=中国」論はどこから来たのか

中国は「一つの中国」原則を世界に押しつけ、台湾を「中国の内政問題」として扱わせようとする。

だが、その主張を一度でも受け入れてしまえば、
「沖縄も中国固有の領土だ」と言い出す理屈が通ってしまう。

実際、近年中国は国連で「沖縄の先住民は日本に同化・弾圧された」と主張し、
琉球王家の末裔・尚衞氏が「沖縄の人々は日本人である」と正式に声明を出した。

虚偽の“大義名分”づくりはすでに始まっている。


「戦争を防ぐ」ために必要なのは強さ

2021年、麻生副総理が「台湾をやれば日本とアメリカは黙っていない」と発言した際、中国の軍事演習は明らかに縮小した。

戦争は、弱気な態度から始まる
ヤクザもチンピラも同じ──“とれそうなところ”から手を出す。

だからこそ、高市早苗総理の「台湾有事は日本の存立危機事態」という発言は、戦争を防ぐための現実的な抑止力なのだ。


台湾の自由は、日本の自由

台湾は歴史的にも法的にも、中国の領土であった時期は極めて短い。
「もともと自分たちのものだ」という主張は根拠が乏しいのだ。

いま中国が狙うのは、大義名分づくりだ。
「台湾の人権を守る」「沖縄の先住民を救う」──
その裏にあるのは、拡張主義という現実である。

日本が強く立つこと。
高市総理のように「台湾有事は日本有事」と明言できるリーダーを支えること。

それこそが、戦争を未然に防ぐ最短距離だ。


この一連の歴史と外交の流れが教えてくれるのは、次の3つのことだ。

1️⃣ 歴史を知ることは、国を守る第一歩である。
 無知や思い込みこそが、最も危険な“国防の穴”になる。

2️⃣ 強い意志こそが、戦争を防ぐ。
 弱腰は最大の挑発。覚悟を見せることが、最大の抑止力になる。

3️⃣ プロパガンダを見抜く目を持て。
 現代の戦争は、銃よりも「言葉」から始まる。
 だからこそ、大義名分という名のウソに気づく力が必要だ。

戦争を止めるのは武器ではない。
「歴史を知り、真実を見抜き、覚悟を持つ」国民の意識だ。


今、日本が試されている。
歴史を知らぬまま怒るのか、それとも事実を踏まえて立ち上がるのか。

台湾をめぐる危機は、私たちの覚悟を映す鏡だ。

高市早苗総理が示した「強さ」は、政治の言葉ではなく、
国を想う人間の魂の声だと思う。

私はその覚悟に共鳴する。

戦わずして国を守るために──
まず、真実を知ることから始めよう。


書き手について・プロフィール

  • 1981年若干16歳で美容業界に足を踏み入れる

  • 1990年、大阪府八尾市にて独立し美容室を開業。

  • 1996年、大阪八尾市の店舗は譲渡。

  • 1997年、大阪府藤井寺市にて再び美容室を開業。

  • 1999年、大阪で最初の「縮毛矯正専門店 矯正屋」をスタート。

大阪で一番最初の縮毛矯正専門店「矯正屋(きょうせいや)」を藤井寺市で営んでいます。

縮毛矯正専門の美容室は当時は存在せず、「絶対に失敗する」と散々言われました。
しかし、諦めずに挑戦を続けた結果、のべ15,000件以上の施術を行い、誰もいなかった領域で自分の道を切り開きました


矯正屋(きょうせいや)

〒583-0024 大阪府藤井寺市藤井寺1丁目21−8
電話番号: 072-931-2515

公式サイトでは美容に関する記事を書いていますので興味がある方はご覧になってください。

矯正屋公式サイト

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