一度は信じた。でも、今は距離を取っている
連続投稿 169日 No383記事
―― 陰謀論と洗脳の境界線について
かつて、僕は
吉野敏明
という政治家を、信じ、支持していた時期があった。
彼の言葉は強く、分かりやすかった。
医療、政治、社会構造。
「既存の権威は間違っている」「真実は別にある」
そう断言する語り口は、不安の多い時代において、とても魅力的に映った。
だからこれは、
告発でも、批判でも、攻撃でもない。
一度は信じた人間が、時間をかけて考え直した記録だ。
陰謀論は嫌いちゃうよ?
面白いし、たまに鋭いこと言うてるし。
でもそれを「全部ホンマや!」って信じ込んで暴走する人
正直いちばん厄介やと思う。
「陰謀論と洗脳」では、陰謀論を“信じる・信じない”ではなく
なぜ広がるのか
なぜ信じたくなるのか
といった視点から、冷静かつ時にユーモアを交えて掘り下げていきます。
前回の陰謀論と洗脳はこちら👇
陰謀論そのものを、否定したいわけじゃない
最初に、はっきりさせておく。
僕は
「陰謀論」という言葉そのものを
頭ごなしに否定するタイプではない。
世の中には、
表に出ない事情もある。
権力が歪むこともある。
疑う視点を持つこと自体は、むしろ健全だ。
問題は、
陰謀論をどう扱うかだ。
思考の提示が、いつの間にか序列になる瞬間
吉野敏明という政治家に違和感を覚え始めたのは、
こんな言葉が繰り返されるようになってからだった。
「これが真実だ」
「知らない人は情弱だ」
「気づいている俺たちは特別だ」
この瞬間に起きているのは、
思考の提示 → ❌
優劣の演出 → ⭕️
という入れ替わりだ。
本来、思考とは
「考える材料」を差し出すもののはずだ。
でもここでは、
知っている者/知らない者
目覚めた側/眠っている側
という線引きが行われる。
これはもう、
知性のコミュニケーションではない。
承認欲求の構造に入っている。
四毒抜きは、僕自身もやっていた
いわゆる「四毒抜き」。
砂糖を控え、
小麦を減らし、
乳製品を見直し、
油の質を考える。
僕自身、
実際にやっていた。
体調が良くなった実感もあった。
だから、
四毒抜きそのものを
否定するつもりはない。
生活改善としては、
ごく普通の話だ。
でも、それが「真理」になった瞬間に、空気が変わる
違和感が決定的になったのは、
それが次の段階に進んだ時だった。
やらない人は無知
医療はすべて嘘
背後には巨大な支配構造がある
ここで、
健康の話は
一気に思想へと変わる。
生活改善は、
選民思想になる。
「正しいこと」をやっている側と、
「騙されている側」。
この分断が生まれた瞬間、
それはもう健康論ではない。
洗脳の構造に近づく。
敵をつくり、攻撃する戦略への違和感
もう一つ、
どうしても好きになれなかった点がある。
それは、
敵を設定し、そこを攻撃する戦い方だ。
政治でも、思想でも、
この戦略はとても分かりやすい。
敵を決める
危機を煽る
仲間意識を固める
一番早く、人を集められる。
でも同時に、
一番安易で、
一番美しくないやり方でもある。
それは、近隣の外国がやってきたことと同じ構図
特定の国名を挙げる必要はない。
外敵を誇張する
内部の不満を外に向ける
批判を「敵の工作」に変換する
この構図は、
近隣の外国が長年使ってきた手法と
驚くほどよく似ている。
結果はいつも同じだ。
社会は硬直する
対話は消える
内部から腐っていく
敵を倒しても、
社会は良くならない。
敵を攻撃しなくても、戦えるはずだ
本当に強い思想や政策なら、
誰かを貶めなくても
怒りを煽らなくても
分断を前提にしなくても
静かに、堂々と立てる。
これは理想論じゃない。
山でも、仕事でも、人生でも同じだ。
他人のルートを否定しなくてもいい
自分の歩き方を示せばいい
敵を必要とする時点で、
自分の足で立てていない。
好きになれなくなったのは、裏切りじゃない
僕は、
途中で考え直した。
それだけだ。
信じた。
実践した。
違和感を感じた。
距離を取った。
この流れは、
裏切りでも、掌返しでもない。
思考が更新された結果だ。
洗脳は「信じる心」から始まる
洗脳は、
疑う人間より、
真面目で、誠実で、考えようとする人から始まる。
だからこそ怖い。
正しさが
善意が
改善の意志が
いつの間にか、
人を縛る鎖になる。
陰謀論が危険なのではない。
陰謀論を使って、人を上下に分け始めた瞬間が危険なのだ。
僕は今、
吉野敏明という政治家を
支持してはいない。
でもそれは、
彼を憎んだからでも、
否定したいからでもない。
ただ、
距離を取る必要があると判断した
それだけの話だ。
信じることより、
考え続けること。
敵をつくることより、
自分の足で立つこと。
それが、
陰謀論と洗脳の境界線だと、
僕は思っている。
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