人生初の運動会で王様然としていた息子と夫婦喧嘩をする私たち
我がダウン症の息子福太郎(仮名)、齢4歳にして人生初めての運動会を迎える。
抜けるような晴天の下、息子の初めての運動会に夫と二人で参戦してきた。
美しく晴れ渡る青空に、秋の気配を感じるうろこ雲。
色鮮やかなアンパンマンの旗が賑やかしくはためく絶好の運動会日和である。
保護者席は小さく区画分けされており、それぞれに番号が振られていた。
子供たちがくじを引き、その番号の席に保護者が座るという仕組みらしい。
息子はなんと3番というかなりの特等席を引当てて来た。
保育園の先生によると、3番の席の位置は、息子のかけっこが目の前で見れる場所らしい。
息子はくじ運がある。間違いない。
彼が生まれてから我が家のくじ運は明らかに向上している。
そのため我らは息子のことを時折「福太郎くん」と呼んでいる。
思い返してみると、夏が始まった頃から、息子は我々の前で不思議なポーズを取るようになった。
それはアラレちゃんの「キーン」のポーズに近い。
それを勢いよく、シュバ!っとやって見せる。

突然どうした?
聞いてみたくとも、息子はまだしゃべることが出来ない。
しかし、それは脈絡なく度々披露され、その上「キーン」のポーズの後、何とも言えないどや顔をキメてみせるのだ。
よく分からんがとりあえず可愛い。
我々夫婦はそのポーズとどや顔の度に息子に盛大に拍手を送り、やんややんやと喝采を浴びせていた。
後で知ったのだがそれは運動会で発表するために保育園で練習しているポーズであった。
息子のかけっこと決めポーズを目の前で見られる特等席を引き当てたとあっては我らも俄然やる気になってくる。
当日息子の雄姿を余すところなく記録に残すために、私は写真係、夫は動画係と事前の役割分担も完璧である。
親の方が緊張して私も夫もよく眠れないまま朝を迎えた。
息子の機嫌は上々。
いざ決戦の時。
意気込んで保育園に着くと、早速大事なものを忘れたことに気が付いた。
椅子である。
レジャーシートすら忘れた。何もない。
足元はそう、砂利である。
取りに帰る、帰らないで夫と大揉めして久しぶりに険悪な雰囲気となる。
ちなみに、取りに帰ると主張したのは私。
取りに帰らないと頑なだったのは夫である。
「縦列駐車してるんだからもう出れないよ。敷物は車のシートに敷いてる座布団持っていけばよい」とまあこんな主張だった。
一触即発の不穏な空気の中3番席につき、地べたに座布団を敷く。
周りを見渡してみると皆折り畳み椅子を持参している。
レジャーシート組もいたが、数は多くない。
小声で激しく言い合いをしていると、お隣の2番席の夫婦が、なんと敷物も椅子も丸ごと忘れたと言うではないか。
さあ、どうするんだ!!戦争開始か?!
息を殺して隣の会話に耳を澄ませていると奥様があっけらかんと言った。
「ま、いいか。仕方ない!」
圧倒的な器の大きさを見せつけられ、私は一旦怒りを抑えるしかなかった。
そもそも椅子を準備する係は私で、つまり過失は私にあるのであった。
お隣さんは三脚にビデオカメラを設置し、お子さんを応援するスタイルのようだ。
彼らもまた本気である。
園児たちが行進で入場する最後尾を息子は先生と手を繋いでトコトコと付いてくる。
「おお…」
声にならない声を漏らし、中腰でシャッターを切りまくる私と、同じように中腰で動画を撮影する夫。
軽快なお歌に合わせて園児たちがはつらつと体操をする中、息子は楽しそうに足踏みをしている。
振りつけこそガン無視ではあるものの、リズムに合わせた足取りはしっかりしている。
時折手をひらひらさせ一丁前に音楽を全身で感じているご様子。
最初の体操が思いのほか長く、息子は足踏みをしながら徐々に自分の列を外れ隣の列に加わったがそれもまた良し。
緊張のかけっこでは園児が2人一組でよーいドンをする。
保育士さんからの事前情報によると、息子が歩くのを拒否らずゴールテープを切る確率はおよそ40%というなかなかのハードモード。
息子は体格が同じくらいの男の子と並んで出てきた。
無言で生唾を飲む夫と私(ちなみにまだ険悪なムードは続いていたためこの間一言も会話なし)
先生からお名前を呼ばれると大きな声でお返事をしてそのあとスタートをする。
「福太郎君!」
期待と不安の中、息子の「はあ~い」を待つ。(保育士さんの事前情報によるとお返事の成功率は9割超えであった)
「・・・」
もう一度先生が名前呼ぶ。
「福太郎君!」
「・・・」
息子よ!!
家では満面の笑みでお返事してたやないかい!!
結局息子のお返事をお披露目することは出来なかった。
ああ…息子の可愛い声を他の保護者の皆様方にも聞いて欲しかった…!
かけっこに関しては先生から手を引かれ、焦る様子など一切見せず悠然と歩きゴールテープを切った。
人と比べて何になろう。
狭い日本、そんなに急いでどこへ行く。
そんな標語が聞こえてきそうな高貴なお姿であった。
そしてその後全ての競技で息子はお返事を頑なに拒み、そしてなんとあろうことかあの素敵な決めポーズすら一度も披露しなかったのである。
高貴なお方はおしなべてマイペースで気まぐれなものである。
我らは彼の気まぐれに差し出される笑顔やサプライズに一喜一憂するだけなのだ。
息子は全ての競技に立派に参加し、終盤は緊張も解けてきたのか周囲に合わせて一緒に拍手したり、なんと最後はみんなと一緒にぺこりとお辞儀もしてみせたのだ。
息子のお辞儀ーーーーっ!!!
私と夫は興奮で鼻血を出しそうになりながら中腰でシャッターを切りまくった。
息子の初めての運動会で感極まった。とはいかなかったが、十分に楽しませてもらった。
子供の成長を実感したいという気持ちもなくはないが、それは親の勝手な期待であり、それを子供が汲む必要はないのだ。
親は子供が気まぐれにチラ見せしてくれたりしてくれなかったりする一挙手一投足に、ありがたく喜んだり悲しんだりさせてもらうだけなのだ。
ちなみに途中の休憩時間に私と夫は和解した。
「あのさ、あなたはズボン履いてるから地べたに座布団でも問題ないでしょうけどね、私はロングとはいえスカート履いてきてるわけ。足真っ直ぐ伸ばして地べたに座って御覧よ。どれだけキツイか体感してみなよ」
もう一度言うが、そもそも椅子を忘れたのは私だ。
夫はイヤイヤながら足をまっすぐ前に伸ばして座る。
「はい!残り時間はずっとその座り方!」
「なんでよー」
「なんでもよ!」
そんなめちゃくちゃなやり取りの後、ようやく和解に至ったのだが、運動会が無事に終わった今、一つだけ気がかりなことがある。
隣の2番席に設置されていたビデオカメラがずっと電源ONだったことである。
この一連のやり取りの音声をもし高性能カメラが拾っていたら…
考えただけで寒気がするので、私はもう考えるのをやめた。
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