1ミリも身長が伸びませんように【15歳のわたしへ】
【これ以上、1㎜も身長が伸びませんように】
こんな気持ち、誰にも分かってもらえるハズがない。そんな気持ちを抱えながら過ごしていたあの頃の私へ。こんにちは、38歳になった私です。
学校に馴染めなかった小学校低学年の時期を乗り越え、ようやく友達が出来て学校生活が楽しくなってきた頃。新たな試練が訪れましたね。
「今すぐ大きな病院へ行って下さい」
小学6年生の内科検診がきっかけで分かった持病。その時まで気づくことは無かったけれど、生まれつき私の背骨は曲がっていました。初めて自分の背骨のレントゲン写真を目にした日を忘れることはないでしょう。
その日から。ランドセルを背負うこと、身体の接触のあるスポーツをすること、ジャンプすること、その他にも色々な制限が加わりました。
身長が伸びれば余計に背骨の湾曲が酷くなるので「これ以上1㎜も身長が伸びませんように」そう祈るような生活が始まりました。
でも、それらは全て私にとって大したことではありませんでした。学校に通える、今まで通り勉強ができたからです。思春期の私にとって本当に苦しかったのは、
「なんであの子だけ特別扱い?」
「いいな、ずるい。一人だけ自転車通学」
そんな数々の言葉でした。
それらの言葉には何の悪気も悪意もありません。だって、私のS字に曲がった背骨は、外からは分からないのだから。
絶妙にバランスをとったその形は、服を着てしまえば、周りから見て取ることは難しい。だから「なんであの子だけ特別扱い?」その言葉を、頭では理解していました。
でもあの頃の私は「外見で分からないのだから仕方ない」と言えるほど大人ではなくて「こんな風に言われるのが辛い」と泣いて叫べるほど子どもではない、そんな複雑な年齢でした。
だから毎回、同じ言葉を違う人に言われるたびに「そんなに羨ましいなら変わってあげようか?」と思っていました。
そんな風に思ってしまうほど、あの頃、私の傷はまだ、 瘡蓋になど全然なっていなかったのです。
【誰かに分かって欲しい】と思いながら、同じ状況の人は近くにいないことは分かっていて【誰かに分かってたまるか】とも思っていました。
身体の成長以上に自意識ばかりが膨らむ思春期に、周りからの言葉が心に突き刺さっていたのを今も覚えています。
皆と同じことが出来るようになった小学校後半、今度は身体的な理由から皆と同じであることがかなわなくなりました。
けれど、そんなとき、あなたを救ってくれた存在がいくつもありましたね。
例えば本。
父が高校の国語教師であり、家には数多くの小説がありました。どれも、小中学生の私には難しい内容だったけれど、理解できたかどうかも分からない内容の中に、私は数々の叫びを見つけました。
ノンフィクションではなくても、創作の中には作者の経験を通じた叫びが含まれている。それに気付いた私は「苦しい経験は創作にしてしまおう」そんなことを感じました。
様々な人にそれぞれの叫びがある、その発見は「辛いのは決して自分だけではない」と、悲劇のヒロインになりかけていた私を救い出してくれました。悲観的にならないで済んだのは本との出会いの影響もあったからかもしれません。
そして大切な人からの言葉。
【誰かに分かってたまるか】と思っていた私ですが、時が経つにつれ「あなたと同じではいけれど、あなたの痛みを分かりたい」と思ってくれている両親や親友の思いを受けとめられるようになりました。
きっと私に対して、どんな言葉をかけたら良いか分からない状況だったと思います。それでも私を思って絞り出してくれた言葉を私は一生忘れることはないでしょう。
15歳のあなたは、未来に不安を感じていると思います。でも今、38歳の私は笑顔で毎日をワクワクして生活しています。大丈夫です。あなたの背中は、色々なことを教えてくれます。
この経験が無ければ、外からは見えない傷へ思いを馳せることも、時々出会う驚くほど優しい人の奥にどんな経験があるのかを考えることも出来ませんでした。
この身体で生まれてきて良かった。
心からそう思えます。
そして、苦しいとき辛いとき、ずっと傍にいて私の気持ちを想像しながら寄り添ってくれた家族や親友をずっとずっと大切にして下さい。
猿萩レオンさんの『15歳のあなたへの手紙』に参加させて頂きました。あの頃の自分に向き合うことは、このような機会に恵まれなければ難しかったので、レオンさんにとても感謝しています。素敵な企画をありがとうございました。
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