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チョロい女

人生に誘惑は付きものだ。

先日。馴染みのスーパーに着くと、誘惑が入り口で手招きしていた。移動販売車だ。

焼き鳥にお好み焼き、インドカレーやベビーカステラ……。世の中には様々な種類の移動販売車がある。それらは例外なく、まず匂いで誘ってくる。

【この匂い、たまりませんよね~?】

吸い寄せられればピンチ。「買え!買うべきだ!!」と、嗅覚から脳へ下される強い指令に惑わされそうになる。

次に試食。貰ったら最後、“食べたからには買わないと申し訳ない”という自分との心理戦が幕を開けるのだ。


ちなみに、先日の移動販売は宇都宮餃子だった。だからこのときも匂い&試食の誘惑はセットでやってきた。

「奥さん、食べてって~!」

販売員の男性が声をかける。
前を歩く年配女性は、「帰りに寄ることにするわ」と上手くかわし、帰り際には「ごめんね。晩御飯のメニュー決めちゃったの」と断っていた。スマート。さすがの人生経験である。

一方の私は入店時、周りの客に紛れてスススっと試食の誘惑をかわしたものの、帰りぎわ「焼いたのが余っちゃったから」という言葉につい、手が伸びてしまった。

“フードロスがよぎった”と言えば聞こえは良いが、単に餃子の匂いに負けたのである。

受け取った白いトレイには大き目の餃子が、まるまる1つにのせられており、一口噛めば中から肉汁が溢れ出した。確かにうまい。

でも、ここで簡単に買う私ではない。
「ごちそうさま」と、トレイを返して帰ろうとする。スピードが肝心なのである。

その時、

「奥さんコレ、1番人気の【しそひじき】。ご飯に和えるだけだから。良かったら一口どうぞ」と、なんと餃子のトレイに追加で【しそひじき】ごはんが乗せられたのである。

う、うまっ!!

さきほどの餃子で油っこくなった口に【しそひじき】が爽やかな風を吹き入れる。 磯&紫蘇 ISO SISO~♪

横で食べる子ども達の表情も変わった。

餃子だと1パック1000円以上だが、この【しそひじき】なら100g数百円で買える。しかも、翌日は子どもとピクニックへ行く予定にしており、おにぎりにもピッタリだと思った。

「すみません。しそひじき100g下さい」
即決だった。

販売員さんから、「あと4日。月曜までここにいますので、足りなくなったら、また来てくださいね」と、しそひじきを手渡される。

翌日。
しそひじきは、子どもに大好評だった。ピクニック用のおにぎりと、その日の夕食で、あっと言う間に完食。前日から出張に行っていた夫のいない間に、ペロリと3人だけで食べてしまったのである。

「こんなに美味しいなら、パパに食べさせてあげたかったなぁ」と娘は言う。確かに、と私も思う。

そして購入から2日後。自然と足は移動販売へ向かっていた。再び私は「しそひじき下さい」と店員に告げる。

すると、「真空パックになっていて日持ちする増量タイプもありますけど、少量の物とどちらが良いですか?」と聞かれた。少し迷ったが、さすがに2回目なので前回と同じく100gにしておいた。夫の口に入れば、それで良いのだ。

「ありがとうございます、月曜までここにいますので、足りなくなったら、また来てくださいね」

前回と同じセリフだ。
良かった、顔は覚えられていないらしい。


その夜。
「なにこれ?うっま!!」
「でしょ?」

しそひじきを食べた夫は目を見開いて、大きな口に勢いよく米を運んでいる。やはり、しそひじきは絶品なのだ。その思いが確信に変わった。

そういえば来週から春休みになる。帰省のお土産として実家の両親や、ばぁちゃんにも食べさせてあげたいな。「月曜までここにいますので」の言葉が脳内でリピートされる。

となれば急がねば!

いよいよ迎えた最終日。また来てしまった。しかしここで、少しの不安が頭をよぎる。一応メインは宇都宮餃子だ。もしかして私、覚えられていないだろうか?『しそひじきの人』と……。

でもまぁ、マスクしてるしな。
前回は多分気付いていなかったし。

「すみません。この【しそひじき】っていう商品、2つ下さい」念のため私は、さも初めて来た客のように言った。

「あ!奥さん。お帰りなさい。しそひじき、だいぶ気に入ってもらったみたいで」
満面の笑みで店員は言った。


バッチリ顔認証されていた

そうよ私は【しそひじき】おばさん
お気のすむまで笑うがいいわ~♪

心の中で美川が歌う


私はフフっと妖しい笑みを浮かべて、おつりとビニール袋を受け取った。

すると追い打ちをかけるように「期間中3回も買いに来てくれたの奥さんだけなので、おまけも入れておきました」と、販売員は満面の笑みで言った。

ペコリとお辞儀して、右手に【しそひじき】の重みを感じながら駐車場へと向かう。そして私は呟くのだ。

「まったく、チョロい女だぜ」

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