宇宙空間と小さな生命体
宇宙が広がっていた。
目の前には縦型の洗濯機。勢いある注水が終わって、家族の服が右へ左へと回り始める。水流で細かな泡が生まれて、薄暗い空間に透明なマルが漂った。それをぼーっと眺めていたら、宇宙みたいだと思った。
脱衣所の一角にある、この小さな宇宙は家族の歴史とともに、そのときどきで変化してきた。
約10年前。わが子が生まれたばかりの頃には、薄くて柔らかい肌着がいくつも星雲のように浮いていた。一方で、私の洗濯物はとても少ない。なかなか外出できずに、一日中パジャマでいる日もあったくらいだ。
あの頃、腕に抱いた息子はあまりに小さい。呼吸を確かめるため、何度も顔を近づけたものだ。テカっとした鼻、ぽってりした唇。その周りには透き通るような産毛も、短いけれど確かに生えていた。
可愛い。
けれど、それ以上に怖い。
そう。
本当はずっと怖かった。
腕に感じる軽さに対して、その存在はそれまで出会ったどんなものより大きくて愛おしくて重い気がした。そんなチグハグが私をより一層不安にさせる。
妊娠するまで一度も手にしたことの無かった無添加の液体洗剤を洗濯機に流し入れながら、連日の寝不足で半ば放心状態だった私が視線の先に宇宙を見つけたのは、思えばこの時期だった。
息子が寝ている間に洗濯をした。狭い浴室に機械と水の音が響く。蓋を開けたまま、ガーゼの肌着が洗濯槽を回る様子を眺めると、何故だか少し落ち着いた。説明することの出来ない不安も愛おしさも全部、この水に混ざって受けとめてもらえるような気がしたから。
その頃、宇宙空間に染み出る汚れのほとんどは、吐き戻しのミルク。いつ出来たシミなのかも、だいたい把握していた。それくらい、母である私と子の距離は近かった。
息子は少しずつ大きくなった。言葉こそまだ話せないものの、機嫌でハッキリと意思表示をしてくる。身体は小さくても、感情を全身で表現する姿に逞しさを感じた。
後追いが始まると「少したりとも離れるな!」とでも言うように、その主張はさらに大きくなる。私が立ち上がって、移動する気配を察知しようものなら一大事。顔を赤くして大泣きした。
だから、息子をトイレの前まで連れて行く日があった。ドアを開け、子どもとアイコンタクトしながら用を足していたのが懐かしい。
トイレに行くことさえ自分のペースでは進まなかった当時は、1人時間を夢に見ていた。
可愛いと感じつつも余裕の無さから、ちょっとした事で苛立ってしまう日々。“良いお母さん”像から程遠い自分に絶望しては、周りのママがみんな輝いて見えてやさぐれた。
「あんなにも子どもから求められる日はもう来ない」と、今なら分かる。一日だけあの頃に戻れるなら、優しい眼差しで大泣きする息子を抱きしめてあげられるのに、とも思う。
でも、それと同時に私はあの頃の自分も抱きしめてあげたい。
息子の紙おむつは、テープタイプからパンツタイプに変わった。あの頃、丸まったまま脱いであったズボンと一緒に誤ってオムツを洗濯してしまったことがある。吸水性ポリマーが水を含んではじけて、粒があちこちにくっついた。
透明の粒子が張り付く洗濯槽は、それこそ“天の川”と表現できそうだが、全くもってそんな情緒はない。ただただ大惨事。
文明の利器にあやかってボタン一つでキレイになるはずだったのに……。ちまちまと地道に指先で星を集める、気の遠くなる時間。オムツを使わなくなってからは、悲劇の原因はポケットティッシュへと変わる。
息子は保育園に通い出すようになった。すると、ときおり泥だらけになった服を持ち帰ることがあった。汚れを取るのは大変だったけれど、園で友達とダイナミックに遊ぶ姿を想像すれば、そのシミはとても微笑ましかった。
トイレトレーニングが始まって、着替えのストックも必要だったあの頃は、毎日がフル回転。そこに汚れ物がある限り、洗濯槽の宇宙は絶えず動き続けていた。
子は小学生になった。
服のサイズが大きくなって、一度に沢山の量は洗えない。そうはいっても保育園時代に比べれば着替えも減って、泥やクレヨンなどの落ちにくい汚れは少なくなった。ごくたまに書道で使う墨汁や、給食のカレー、トマトソースがはねた時の小さな点の対応に少し時間がかかるくらいだ。
もう、汚れから日々の学校生活を想像することはほとんど出来ない。もしかしたら、洗濯水に染み出るもののなかには、親には言わない涙の跡だってあるのかもしれない。子の世界は、私の把握できる範囲をこえて、どんどん広くなっていく。
夫の衣類だって同じだ。日中、身につけている肌着やワイシャツには、家族には見えない汗が染み込んでいる。主婦である私の悩みを、夫に全ては分かってもらえないのと同じように、私も夫の苦労全部に思いを馳せることはできない。
だからこそ、私と夫そして子ども達の服が一緒に回って、見えない汚れやシミが一つの宇宙に溶け出しす様子を見ると、やっぱり少しホッとするのだ。
とはいえ数年後、下の娘が思春期に突入したら「お父さんの物とは一緒に洗わないで」なんて言う日が来るのかもしれない。そうしたら、夫には内緒にして別で洗おう。黒い靴下だけで回すブラックホール。ずっとある訳ではない。きっと、一時的に出現するもの。
ガタガタと揺れる音が静まって脱水が終われば、それぞれの洗濯物がまた独立した状態に戻る。それをピンチハンガーに吊るすと、重みによって偏りができた。モビールみたいに、互いに影響し合って、それがまた家族みたいだと思う。
そういえば先日「ばぁばの家の匂いがする」と、娘がTシャツを顔にあてながら言った。その服はGWの帰省時に私の母が実家で洗濯してくれた物だ。
そうか! と思う。
かつては私の洋服も、父や母の衣類と同じ匂いがしたのだ、と。
そう考えたら、共に回っている家族の洗濯物やピンチハンガーのバランスが、いまこの瞬間だけの特別なものに思えてきた。
遠くない未来。わが家の洗濯物から、子どもの服が抜ける日が来るかもしれない。進学や就職で実家を離れたら、それぞれに宇宙を回し出すのだ。
わが子も浴室で1人、かつての私と同じように、不安を水に溶かす日があるのだろうか。「その時は頼むよ」と、祈るような気持ちで一人暮らし用の洗濯機を子どもと一緒に買う姿が浮かんだ。
子どもの泣き声に追いつめられた長い夜も、あまりの目まぐるしさに心の余裕を失った日も……。それでも容赦なく汚れものは溜まって、絶えず洗濯機は回り続けていた。
家事は苦手で、特に掃除と洗濯は最も嫌いだ。大変で面倒ではあったけれど、感情の揺れとは無関係に、変わらない生活の営みがあることは私の心を落ち着かせてくれた。
そして壮大な宇宙に、今しかない家族の形を見つけたら、ほんの少しだけ愛おしい作業になったのだった。
暑すぎる夏が、もうすぐそこまで来ている。梅雨の合間に揺れる家族の洗濯物が、同じ風に揺れる様子を窓からじっと眺めていた。
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