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【教員歴17年の本音】「先生」に幻想を抱きすぎ。私たちはそんなに大した人間じゃない。

大学生になるまで、自分のような人間が教員になれるわけがないと思っていました。

私の中での「教員」とは、小学校、中学校、高校で見てきた、あの立派な「大人」だったからです。22歳、大学4年生の当時の自分は、お世辞にもそんな高尚な「大人」の領域に到達しているとは思えませんでした。

だけど、教員免許は手元にある。教育実習にも行く。 そこで、あまり褒められ慣れていない自分が、担当の先生に褒められたことがありました。

技術や才能を褒められたわけではありません。私が実習中にずっと抱えていた、こんなちっぽけな劣等感を褒められたのです。

「自分ごときが、何を偉そうに教壇に立っているんだ」 「自分よりも、子どもたちの方がよっぽど大人じゃないか」 「子どもたちの方が尊敬できる部分が大きい。私は先生に向いていない」

なんて自分はちっぽけなんだろう、と絶望している私に、その先生はこう言いました。

「教師ってのはバカが多い。それなのに、頭がいいふりをする。子どもより自分たちの方が上の存在であるように錯覚し出すんだ」

「その点、君はいいよ。確かに君は不器用で、物事を上手にこなす方ではない。だけど、自分がちゃんと見えている。ダメな自分をダメなまま認識して、驕(おご)らない」

嬉しかった。 けれど、その先生がたまたま変わった考え方だっただけで、自分はラッキーだったんだろうと思っていました。実際、違う学校に実習に行った時は「劣等生」のレッテルを貼られ、もう一人の優秀な実習生と比べられて「あの子はすごいね」と言われるような、惨めな実習生活だったからです。「まあそうだよな、これが普通の評価だよな」と思っていました。

教員だけでなく、社会に出て会社に入るのもすべて「立派な大人のすること」だと思っていた私は、とりあえず教員採用試験を受けました。 得意な筆記(一次)は受かったけれど、面接(二次)で落ちました。「まあそうだろうな」と納得しつつ、期限付き採用として、自分の中でずっと「仮」の文字が外れないまま、教員の仲間入りを果たしました。

ーーそこから、途中で採用試験にも合格し、気づけば10年以上、教員を続けました。

そして、10年現場にいた私が、今教育界に対して心から思うこと。 今日のテーマはこれです。

“教員は、私が思っていたような「大人」ではない”

教員は「偉そう」で、驕り高ぶっている

自分で言うのも変ですが、私みたいな人間でも10年以上できているんです。教員をやるのって、そんなに難しいことじゃありません。

なのに、さも「自分はものすごく難しいことをやっている」という顔をして教壇に立つ教員が、職員室にはゴロゴロいます。

そして、学校の内情を知らない「外側の人たち」からすると、先生はすごく立派に見える。だから期待感が増す。期待感が増すから、要求が高まる。そして、その要求や期待通りに動かない先生がいると、激しいクレームになる。

この悪循環、もうやめませんか?

ハッキリ言います。 先生って、みなさんが思うほど大したことないですから。 頭良くないですから。考え方が幼稚な人、いっぱいいますから。職員室でのいじめも、足の引っ張り合いも普通にありますから。

だから、あんまり教員に期待しないでください。

「一生懸命」が職場を苦しめている

先生方もさ、お給料の分だけ働きなよ。

部活?やる必要ないよ。 残業?しないで帰りなよ。 生徒指導?それ、家で親がやるべきことを代わりにやってあげてるケース、めちゃくちゃ多いよ。

先生方も、学校の外側の人たちも、「先生」という存在に幻想を抱きすぎなんです。教員なんて、ただの職業(ライスワーク)ですから。 勤務時間内に一生懸命やったら、あとは自分のプライベートの時間を過ごしてください。

変に勤務時間外まで「一生懸命」をやっちゃう先生がいるから、外の人たちの要求がどんどん跳ね上がるんです。 「勤務時間外まで身を削って一生懸命やる人」が、結果的に周りの同僚を、職場を、教育界を苦しめているんです。

一生懸命やるなら、勤務時間内でやって。 外側の人たちも、要求するなら、勤務時間内で収まる要求にしてください。

考える力が乏しい組織の、絶望的な未来

そもそも、教員は大していい大学も出ていません。 「大学の偏差値で物事を図るな」と言われそうですが、やっぱり大学の偏差値が高い人の方が、物事を多角的に考える力は圧倒的に高いです。

自分の勉強すらできなかった人が、どうやって他人をうまく教育できるんですか? 「勉強すること」と「人を教育すること」を天秤にかけたら、勉強する方が何倍も簡単です。その簡単なことすらできなかった人が、職員室にはたくさんいる。

YouTubeで誰かが言っていたように、教員になる資格を「大学院卒限定」にするとか、給料を今の倍にして倍率を高め、本当に優秀な人材だけを教育界に送り込むようにシステムを変えない限り、もう日本の教育は変わりません。

今の学校は、「自分の頭で物事を考える力が乏しい人」の割合が高すぎます。 だから、何をやっても無駄になる未来しか見えない。

誰かが組織を良くしようと「いい提案」をしたとしても、自分の頭で理解できないから、変化が伴って面倒くさいからという理由で、簡単に批判をしたり、足を引っ張ったりする。

だから、無理なんです。 教員は大したことない。ただの、普通以下の人間たちの集まりだから。

どうか先生も、保護者も、世間も。 「先生」という記号に騙されず、もっと冷徹に、ただの労働者として学校を見てください。 その幻想を捨てた瞬間からしか、本当の教育改革は始まらないと、私は思っています。

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