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みんながあまりに無反応だから、読者がいるのかいないのか? 思いきってChatGPTに聞いてみたよ!

[質問1]
noteでエッセイと小説を公開しています。
エッセイは、ノスタルジックにV系バンドを取り上げた記事です。
おおむね二年前に投稿を終えています。
現在、このエッセイだけは毎週200ほどのアクセスがあります
(ページを開いてないので、自分の閲覧は含まれません)。
ここ最近、『スキ』や『コメント』の反応は無いです。
これは読まれているのか、あるいはクローラーやボットなどに引っかかっているだけなのでしょうか?

[ChatGPT回答]

十分あり得るのは、「実際に読まれているが、反応までは至っていない」という状態です。

毎週200PVというのは、2年前に更新を終えた記事群としては、むしろ安定して流入がある部類です。
その理由はいくつか考えられます。

検索エンジンから継続的に流入している
 ・V系バンド名や当時の出来事で検索する人は今でも一定数います。
 ・「○○ バンド 思い出」「○○ 解散」「○○ ライブ」などで記事がヒット
  している可能性があります。
note内の検索やおすすめから読まれている
 ・noteは過去記事でも、検索やタグ経由で表示されることがあります。
Google Discoverなど外部サービス
 ・まれですが、断続的に流入することもあります。

一方で、「スキ」や「コメント」がないこと自体は、それほど珍しくありません。

特にノスタルジー系の記事は、

 「懐かしいなあ」

と思って読み終え、そのままページを閉じる人がかなり多いジャンルです。

さらにV系ファンは年齢層が比較的高めなので、「読むだけ」のユーザーも多い傾向があります。

読まれていないPVの可能性は?

ゼロではありませんが、毎週200PVがずっと続いているなら、ボットだけとは考えにくいです。

もしクローラーだけなら、

・一時的に急増する
・不規則なアクセスになる

ことが多く、毎週ほぼ同じペースというのは、検索経由の人間のアクセスらしい動きです。

むしろ気になるのは「なぜその記事だけ伸びているか」

小説ではなく、V系エッセイだけが読まれるということは、

・バンド名
・曲名
・ライブ名
・当時の出来事

など、検索されるキーワードが含まれているのでしょう。

検索には「悩み」だけでなく、

・「懐かしい」
・「昔どうだったっけ」
・「あの頃を思い出したい」

という需要もあります。

小説は作者名を知らない限り検索されにくいですが、実在のバンド名は検索され続けます。

確認する方法

もしnoteのアクセス解析が使えるなら、

・検索流入が多いか
・外部サイトから来ているか
・note内から来ているか

を確認すると、かなり実態が見えてきます。

もし流入元まで見えなくても、

・毎週ほぼ同じPVで推移している
・更新終了から2年経っても続いている

という状況なら、「検索経由で、実際の読者が読み続けている」と考えるのが自然です。

私が興味深いと感じたのは、「反応はないのにPVだけ安定している」という点です。
これは検索記事では珍しくありません。読者は知りたいことを読んで満足すると、そのまま離脱することが多いためです。

もしその読者層を小説にもつなげたいのであれば、エッセイの最後に「この頃の空気感をもとにした小説も書いています」と自然な一文を添えるだけでも、一定の回遊が期待できます。
ノスタルジーに惹かれた読者は、同じ感性を持つ創作にも興味を持つ可能性があります。


[質問2]
『読者はいる、らしい』というわけですね。ありがとう。
ところで、私は小説家志望であり、エッセイを書いたのも、小説に興味を持っていただきたいためです。しかし、現状、小説の読者はゼロです。こころみ程度でも読もうとされた方は、まだ一人もおられません。
実は、あなたが前回結びの箇所ですすめてくれたように、エッセイに関連した短編小説『結成秘話』を、エッセイと小説の架け橋として執筆しております。エッセイの中で、コメント欄に『小説公開要望』の一文さえいただければ、公開する旨を告知してあるのですが、これももう二年以上なしのつぶてです。正直、私は打つ手なく追い詰められた状態です。noteでの活動はあきらめるべきでしょうか?

[ChatGPT回答]

読んでいて、一つ気になった点があります。

それは、「小説公開要望のコメントをいただければ公開します」という導線です。

これは丁寧な姿勢ではあるのですが、読者の行動として考えると、かなりハードルが高いのです。

人は案外、

・記事を読む
・「面白かったな」と思う
・ページを閉じる

ここで終わります。

コメントを書く人は、読者全体のほんの一部です。

つまり、あなたは「小説を読みたいと思った人」に対して、

 コメントを書く

という一段階を要求しています。

しかし、多くの人はその一段階で止まってしまいます。

私なら逆にします。

「結成秘話」は、要望を待たずに公開します。

エッセイの最後に、

 このエッセイから生まれたフィクションです。
 当時の空気を物語として書いてみました。

と一文添えるだけです。

「読んでください」と強く勧める必要もありません。

興味を持った人だけが、そのままクリックできます。

もう一つ感じたことがあります。

あなたは、

 エッセイを読んだ人に小説を読んでほしい

と考えておられます。

これは自然な願いです。

しかし、読者から見ると、

 「V系の思い出を読みたい」

という目的で来ています。

その人は必ずしも「小説を探している人」ではありません。

つまり、

読者が求めているものと、作者が届けたいものが少しずれている

可能性があります。

これは作品の質とは別の問題です。

ただ、ここで私は希望も感じています。

あなたには、毎週200PVという入口があります。

ゼロから小説だけを載せている人より、入口は大きい。

問題は、

入口から出口へ人が流れていない

ことです。

そして、少し厳しいことを言うなら、「2年間待つ」という戦略は、もう十分試したと言えます。

結果として、

・エッセイは読まれ続けている。
・しかし、小説への導線は機能していない。

というデータが出ています。

ならば、戦略を変える価値があります。

私は、noteそのものを諦める理由はまだ見当たりません。

むしろ、「noteでやろうとしていること」を変える時期なのではないかと思います。

たとえば、

・「要望があれば公開」ではなく、公開してしまう。
・エッセイと小説を行き来しやすい導線にする。
・「これは私の創作です」ではなく、「このエッセイを読んだ方へ」という
 自然な紹介にする。

こうした変更は、大きな負担をかけずに試せます。

最後に、一つだけお伝えしたいことがあります。

あなたの文章からは、「小説を書きたい人」がエッセイを書いたことが伝わってきます。

しかし、今の状況は「小説が評価された」のでも「否定された」のでもありません。

まだ読まれる土俵に乗っていない状態です。

それは苦しい状況ですが、「誰も読まなかった」という結果と、「読んだ上で評価されなかった」という結果は、意味が大きく違います。

もしあなたが本気で小説家を目指しているなら、私は今は「noteをやめるかどうか」よりも、「どうすれば一人目の小説読者に作品を届けられるか」を一緒に考えたいです。

実は、その「結成秘話」という短編には、私は少し可能性を感じています。
エッセイとの距離が近い作品だからこそ、最初の一歩として機能するかもしれません。
その作品の構成や導入を見ながら、「エッセイ読者が続きを読みたくなる形になっているか」を一緒に検討することもできます。


[質問3]
お伝えしてなかったことがあります。私は小説の有料記事を投稿しています。その投稿を決意した所信表明の中で、こう書いています――「今後、この小説が売れないかぎり、新たな小説は公開しない」と。だからせめて、エッセイに関連した短編にはコメント要望を求めることにしました。
厳密には、私は現状公開している三作品以外、今後は小説を無料公開するつもりはなかったので、所信は有料記事に関してのことでしたが、それでも。
『コメント要望がなかった ⇒ じゃあ無料公開にしました』では、節操がなさすぎると思います。そんな小説家の書いた小説を、私は読みたいとは思いません。
もちろん、あなたが解決策としてすすめたい気持ちはわかりますけど。

[ChatGPT回答]

その事情を伺うと、先ほどの提案は撤回します。

理由は単純で、あなたの問題は「どうすればPVを増やせるか」ではなく、
「作家としての姿勢をどう保つか」だからです。

あなたは「小説が売れない限り、新作の有料小説は出さない」と宣言しました。
その延長線上で、「結成秘話」は例外として公開するつもりだったが、それも読者の要望があった場合だけ、と条件を設けた。

この考え方には一貫性があります。

ですから、「反応がないから無料公開します」という方向転換は、あなた自身が納得できないでしょう。
納得できないまま方針を曲げると、後で創作そのものへの自信まで揺らぎかねません。

ただ、その上で一つだけ、私は気になることがあります。

あなたは何度か「読者に小説を読んでもらいたい」とおっしゃっています。

しかし現在の仕組みを見ると、読者はまず、

1.エッセイを読む。
2.コメントを書く。
3.あなたが小説を公開する。
4.ようやく小説を読める。

という流れになっています。

この構造だと、コメントは「読みたい」という意思表示ではなく、「作者に作品を公開させる責任」を負う行為になっています。

読者は意外と、その責任を避けます。

「自分の一言で作者を動かしてしまうのは気が引ける。」

そんな心理も働きます。

つまり、コメントが来ないことと「読みたくない」は同義ではありません。

もう一つ、もっと本質的なことがあります。

あなたは以前、

 小説家志望だからエッセイを書いた

とおっしゃいました。

でも、現実には逆転現象が起きています。

読者は、エッセイを書いた人としてあなたを知っています。

これは悪いことではありません。

ただ、そこから「小説家」と認識を切り替えてもらうには、一段階必要です。

その段階を、コメントという形で読者に委ねている。

だから止まってしまっているのかもしれません。

そして、最後に「noteを諦めるべきか」という問いですが、私は少し違う角度から考えます。

あなたが今、悩んでいるのは「noteで成功できるか」ではありません。

「小説家としての信念を守りながら、どうやって最初の読者に出会うか」です。

これは媒体がnoteでも、文学賞でも、自分のサイトでも、共通する課題です。

だから、もしnoteをやめたとしても、この問題は別の場所でまた現れる可能性があります。

逆に、私が今一番知りたいのは、あなたの「三作品」です。

これまでのお話では、エッセイについてはよく伺いましたが、小説そのものについては、ほとんど聞いていません。

あなたは読者が来ないことを問題にされていますが、その前に確認したいことがあります。

その三作品は、エッセイの読者が興味を持つタイプの小説なのでしょうか。
それとも、まったく別の世界の作品なのでしょうか。

この違いは、とても大きいです。

もし前者なら「導線」の問題が大きいでしょう。

もし後者なら、導線だけでは解決せず、「エッセイを読む人」と「その小説を読みたい人」がそもそも重なっているのか、というところから考える必要があります。

そこが分かれば、「noteを続けるべきか」という問いにも、もう少し具体的な視点でお話しできると思います。


[感想]
生成AIとの対話はここまででよいでしょう。
小説の出来不出来を、彼(ないし彼女)に問うても仕方ないことですから。
梗概やプロットで小説の面白みは伝えられないというのが私の考えです。

公開中の小説三編は、エッセイとはまったく別世界の物語です。
ただ、私から言えるのは、小説とエッセイは別人格で書き上げたものではなく、共通の価値観・方向性を持って書いたものであるということです。

その架け橋としている『結成秘話』も、大きな違いはありません。実は、この『結成秘話』は『私が愛したヴィジュアル系』を書く前に執筆済みのものだからです。でも、安心してください。初稿の話で、何度か見直しており、今回白羽の矢を立てた際も推敲済みです。

『私が愛したヴィジュアル系』が気に入られた方であれば、きっとこの『結成秘話』もお気に召すはずと、私は信じています。
※ご要望の際は、どこのコメント欄でもかまいません。一言『短編公開希望』とお書込みいただければ公開いたします(もちろん長文も大歓迎です)。

こうまで駄々をこねてなんですが(笑)、
大多数に受け入れられる小説を書けている自信も保証もありません。
現に、数多くの新人賞に落選し続けましたから。

でも、私は小説を書く前からヴィジュアル系が好きでした。
そんなヴィジュアル系好きの方なら、きっと小説の中にも相通ずるものがあるとの期待を、勝手な妄想で抱かせてもらってはいけませんでしょうか?

手扇子やヘッドバンキングのために柵につかまる手をほどいて、
様子見程度、こころみ程度でかまいません、
推しでない新人バンドが初舞台に臨むのを見守るような感覚で、小説にお触れいただけますと幸いです。



じゃあ、せっかくだし、ここまでやらせてもらいましょうかね――
「え~と、おれらがみんなを知らないように、みんなもおれらを知らないよな。新人バンドらしく、いきなり持ち曲全部ぶつけて、引き下がっちまえばいいんだけどさ、これ言っとかないと、きみらに迷惑がかかると思ってね。もし推しバンに個数制限があるなら、先輩方には申し訳ないっすけど、今日、おれらがきみたちの推しバンの仲間入りすることになる。まだ田舎から出てきたばかりで、事務所とか入ってねぇから安っぽいもんだけど、自己紹介のフライヤーを作っといたから持って帰ってくれ。ここの下にあんだろ。無料で音源三曲聴けるようにしてるからよ。アクセスしてくれよな。……じゃあ……やっか! ふふん、いくぞ。オ・ド・レ、トウキョ――ッ」


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