「25歳までに何者にもなれなければ死ぬ」と言っていた友人が、明日25歳になる。

「25歳までに何者にもなれなければ死のうと思っている」。
彼女のツイートを、わたしは呆然と見ていた。

彼女の名前はアカネ。
わたしの、初めてのインターネットの友だちだ。

まだスマホが子どもの手まで普及する前の、2013年。
弱冠12歳だったわたしたちは、3DSとWii Uを駆使して、顔の見えない友人と知り合った。
どんな言葉を使うのか、どんな絵を書くのか、どんな声か。
「うごくメモ帳3D」というソフトだけを通して知った。
同世代のオタクだけがしぬほど共感してくれるエピソードだ。

オンラインで交換日記をやった。
互いのかいた絵や小説を見せあった。
遠隔で声を重ねて録音して、一緒に歌った。
年賀状を送りあった。←平成の小学生すぎる

めちゃくちゃ友だちだ。
リア友より友だちかもしれない。リア友とカラオケに行った記憶のほうが少ない。

やがて、流行りのジャンルが「カゲプロ」から「おそ松さん」に変わったころ、
わたしたちは世代交代とばかりにうごくメモ帳を去り、Twitterに移動した。

アカウントを変えるたびつながりを削除するタイプだったアカネと、わたしは2回つながりなおしている。

絵で見つけてメッセージを送った。
向こうからしたらもう忘れたくらいの名前のアカウントから、「昔仲良かったよね!」とメッセージがきて怖かったかもしれない。
でもつながりを切りたくなくて、わたしはアカネに声をかけずにはいられなかった。

現実ではこんなことありえない、地味な学生時代だったのだから、わたしってほんとうにネット弁慶だ。後悔はしてない。

そんなわたしのわがままもあって、間は空けど13年間、わたしたちは相互フォローでいる。
一緒に作品を作ったこともある。
数奇で、大切な縁だ。

そんな彼女が何年か前に、ツイートした。

「25歳までに何者にもなれなければ、死のうと思っている」。

わたしたちは同い年だ。
わたしが25歳になる年、彼女も25歳になる。

だからカウントダウンしなくても、それが何年後の何月何日を指すのかよくわかった。

ただのネガティブな日の病みツイートだとも思えなかった。
思わせぶりに死ぬ死ぬ言う人のこと嫌いだって知っていた。だって何年の付き合いだ。

あと数年でもう会えなくなるかもしれない。
そう思ったら怖くなった。一度も会ったことなかったのに。

死なないで、と言えなかった。
人にそんなこと言えるほどネット弁慶じゃなかった。悔しいことに。
いいね……まだ当時はふぁぼかも。
ふぁぼも押さずに、わたしは見なかったことにして、Twitterを閉じた。

そして、2年前。
わたしは就職で一度、地元から東京に出た。
明日から港区女子♡なんてTwitterでちょけていた(本当に奇跡的に港区に住めていた)。
そのツイートを見たアカネから、連絡があった。

「私もこの春から東京にいるよ!会おうよ」

実に、10年越しの対面だ。
彼女のおすすめのカフェでオムライスを食べた。

彼女はノートを、わたしはiPadを持っていっていてスケブ交換をした。
初めて見る彼女の姿は、出会ったときイメージしていた芸術肌の女の子が10歳くらい年をとったころみたいな見た目をしていた。
つまり、イメージどおりだったってことだ。

仕事で東京なのかと思ったら、彼女は専門学校に通いはじめたらしかった。
地元で働いてお金を貯めて、やりたいことを学びに来たんだ…と、学校の忙しさやクラスメイトの愚痴を聞いた。それから、学んでいることの楽しさを。

わたしも仕事の話をした。
ハマってるジャンルの話もした。カゲプロから紆余曲折経てまた同じジャンルにハマっていた。奇跡?

かなり話し込んだあと、次はお絵かきカフェとやらに行きたいねと話して、解散した。

このとき初めてLINEを交換した。
逆に今まで持ってなかったんだ、と笑いながら。


それからはわたしの人生がちょっと激動で、会えていない。
だけどLINEやTwitterで話しているから、これまでと何も変わらない。彼女の近況も知っている。

専門学校の卒業制作を見せてもらった。
動画の再生ボタンを押したら、遠くの世界で、たとえばテレビや街頭のモニターで流れているようなものが流れた。

プロじゃん!と褒めたけど当然だ。これからプロになるんだし、そのための専門学校での努力の日々だろう。

進路も聞いた。
聞いたというか、報告してくれた。
もしかしたら気にしてたの、バレてたかな。

「何者かになったよ」って、伝えてくれたのだと思う。
すごい!よかったね!って喜びの言葉を返しながら、わたしは本当に、心から安心していた。


一度、通話で言われたことがある。

「りっくがなんでも挑戦してるから、私もがんばらないとって思うよ」

今以上に創作にどっぷり使っていた、大学時代に言われたことだ。
当時のわたしは歌ってみたをやってVTuberをやって絵を描いて動画を作って小説を書いて全部伸び悩んでいた。挫折ばっかりなのに挑戦ばっかりしていた。変なやつだ。

でもアカネはそんなわたしを尊敬のまなざしで見てくれた。
アカネはわたしよりずっと絵がうまいし、ずっと芯があってぶれないし、楽な方に逃げたり流されたりしないから、もったいない言葉だ、と思ったけど。

「何者かになれなければ」なんて、あなたが言うのか、もうすごいのに――って本当はね、ちょっとだけ、思ったけど!

でも今は誇らしい。
「何者にもなれなければ」って言葉は諦めじゃなくて、きっと彼女の原動力だったんだとわかったから。
そして、本当に彼女は彼女の認める、「何者か」になったんだから。

その過程にわたしがいたなら、そんなのめちゃくちゃ嬉しいよ。


あの日の挫折ばっかりのわたしは今も挫折ばっかりだ。
今日も仕事を休んで泣きながらこれを書いていた。

だけどアカネのことを見てると、わたしもがんばらないとって思うんだ。

……本人には、恥ずかしくて言えないけど。


もうすぐ彼女の25歳の誕生日だ。
お祝いはどうしようか、と考えている。

それが過ぎたら今度はわたしの誕生日がある。
彼女の心配ばかりしていたわたしは、25歳までに何者かになれているだろうか。

なっておこう、と思う。彼女に胸を張れるように。

そしていちばんに、彼女に報告をしよう。 
あなたのおかげだよって、言えるのが今から楽しみだ。


#創作大賞2026 #エッセイ部門

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