【エッセイ】落とし物なら拾って届けられるのに。
この日は2つの出来事が、私にはひとつに重なって見えた__
「あの人、なんか落としたよ」
ベンチに座っていた家主が言った。
え?
カバンに顔を突っ込んで探し物をしていた私は、顔を上げた。
少し離れた場所に、小さなぬいぐるみのようなものが落ちている。
急いで拾いに行った私は、家主に向かって声をあげた。
どっちの人?
ピンク?黒?
黒い服の人
急いで
先を歩く黒い服の人を追いかけた。
戻ってくると家主は言う。
「あれ、きっと大事にしてるよね」
「は?そう思ったならなんで自分で行かないの⁈」
「いやー。おじさんが若い子に声かけるの、今いろいろと面倒じゃん。」
「え?瞬時にそんなこと考えてんの?!
頭働かせる前に、足を動かしてよ。」
そんな会話をしながら、ふと昼間のことを思い出した。
この日は近くの町で小さなお祭りをやっていた。
ステージでは朝からいろんなパフォーマンスが披露されていて、子どもたちが楽器を使って演奏する小さなステージを見ていたときのこと。
観客が多すぎて、私は一番後ろで日傘をさしながら立ち見をしていた。
すると、斜め前の方に、知人らしき人に連れられて1人の女性が現れた。
服も髪も小綺麗に着飾って可愛らしい人。
けれどどこか無理をしているような、そんな印象を受けた。
その後ろ姿がなんとなく、病気で弱っていた頃の母に似ていた。
気丈に振る舞う姿とは裏腹に、なんだかとても弱っているようにみえた。
私の中で、あの頃の母を重ねていたのかもしれない。
本人の意思と体の状態がつりあっていないような、アンバランスさを感じて、
「この人の体力大丈夫だろうか」と、私は心配になってしまった。
「倒れる」
「直射日光」
そんな言葉が浮かび、一瞬ゾッとした。
私にはこの前もらった日傘がある。
かなり有能で、傘の下は体感温度が全然違う。
この日傘を貸してあげたい。
けれど、差し出そうとした手を引っ込めた。
倒れるとか。
直射日光がきついとか。
体が弱ってみえるとか。
それは私が感じただけのこと。
気のせいかもしれない。
それに、私も炎天下に立つのは正直ためらってしまう。
感じたことをなかったことにするかのように
私は、あれこれ頭の中で理由を探し始めた。
見ず知らずの人に、いきなり日傘を貸すのも変かもしれない。
余計なお世話かもしれない。
そもそも私の感じたことが間違いだったりしたら…?
後ろに知人らしき人がいるし、大丈夫か。
そう自分に言い聞かせて
それを言い訳に、私は足を止めた。
視界に入るその女性は
ジリジリと音がするほど、直射日光を受けている。
周りには他にたくさんの人がいるのに、その女性の左頭部が気になって仕方ない。
日傘を貸したい。
けれど、女性の横も後ろも人がいる。
場所もなく、声をかける隙もない。
私は1歩を踏み出せないままだった。
諦めて後ろから見守ることにした。
そして私はふーっと大きく息を吐き出した。
すると
女性の隣にいた男性が場所を移動した。
女性の隣が空いたのだ。
その直後、真後ろにいた知人らしき人が
スッとその場を離れた。
まるで「早く行きなさい」と言わんばかりに
そこだけぽっかりと空いた。
女性が倒れる映像が、目の前にチラついた。
私の体は無意識にもう前に歩き出していた。
一緒に入りませんか。
と声をかけようとした、その時。
女性は、フラッと反対隣のテーブルによろついた。
私はまるで準備していたかのように、傘を持つ反対の手で女性を支えた。
知人らしき人が駆け寄ってきて
「大丈夫?!椅子に座って」と
とりあえず椅子に座らせた。
女性が知人に小さな声で言う。
「何かあったら救急車を呼んで」
「大丈夫大丈夫。まずいと思ったらすぐ呼ぶから安心して。」
「とにかく座ってやすんで」
そんな会話を聞いて、自分の中の葛藤がとても馬鹿馬鹿しくなって、恥ずかしくもなった。
「よかったら日傘に入りませんか?」
今さらだけど、やっと言えた。
「あー。ありがとう。ありがとうございます。」
不安そうな声色がかえってきて
なんだか申し訳ない気持ちになりながら
座った女性と太陽の間に日傘を差し込んだ。
すると、冷たい風がふーっと吹き出した。
直射日光の下では感じられないすごく涼しい風。
女性を仰ぐように気持ちのいい風が日傘の下をスルスルと抜けていく。
「風がきもちいいわ」
その言葉で私はホッとした。
少し遅かったけど、声をかけてよかった。
女性は、大丈夫そうだ。
この時の私は、落とし物を届けられなかった家主と、同じことをしていた。
頭が先に動いて、気持ちが置き去りになり、足は動かないままだった。
あれこれ考えるうちに、自分の素直な気持ちを頭でかき消し、感覚まで鈍らせてしまっていたのかもしれない。
「頭働かせる前に、足を動かしてよ。」
家主に言った言葉がそのまま自分にかえってきた。
(私じゃん。)
考えるのをやめた時、感覚は戻ってくる。
素直な自分でいられたら
自然と1歩が出るのかもしれない。
その一歩の先に「ちょうどいい」があるような気がしている。
もう少し素直な自分に任せられたらいいな。
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