ガラス片を飲むような/初コロナ、ニンバス備忘録
今日から諸々、作業を再開させていただく形になります。
こんな文章仕事相手に届くわけないのですが、自分が言っとかないと気持ち悪いので・・・各所ご迷惑をおかけしました。色々と休ませていただいたり、連絡少し滞ったりとご迷惑をおかけしたので、徐々に返していければと。
さて、人生初の「コロナ」。遠地の家族同士でマスクやアルコール消毒を送り合っていた2020年頃、重症化や死亡の恐怖が近年よりも色濃く、身近にあった時代の印象が頭にこびりついていたが、いざ病院に行ってみると、あっけなく検査され、10秒で結果が出て、あっさりと診断され、ポイっと薬を渡され…驚くようなスムーズさに、もうあの頃から5年も経ったのだな、と実感。とはいえ、ちゃんと「死んじゃうかもな、だったら嫌だな」みたいなことを考え続け、病床に伏した7日間でした。
年始のインフルエンザを10とすると、高熱は8ほどのキツさだったが、年始のキツさが異常だったので、「年始のインフルエンザを10とするなよ」という感じ。倦怠感と無力感。大変でした。「高熱」ってマジで、もう本当に嫌になりますね。「横になる」しかできないのに、横になってて嫌になる。腰も痛い。あぁ。こんな思いは年に2回もするもんじゃない。
初めの2日間はマジで起きて、食べて、薬飲んで、寝る。のみ。身体が動かせなさすぎて、ベッド脇にコタツ机を引っ張ってきて、そこでUberのうどんを食べては倒れる、という生活。キツイ。汗がびしょびしょで、布団が気持ち悪い。寒いし暑いのでエアコンも、もうどうすればいいのか分からん。冷えピタが20秒でおしゃか。どうすればいい。「快適さ」がどこにもない。
そのあとに本格化してきたのが「のどの痛み」。まぁ本格化というより、熱と同時に襲われてはいたが、熱のもやがかかってるのであんまりそっちに意識が行かない。ある程度、熱が下がってくると、そっちの解像度が上がり存在感が高まってきた、という感じ。いいミステリー小説みたいな。なるほど最初から居たけど、君が犯人かい、という。
いま流行している変異株「ニンバス」といえば「ガラス片を飲んだような鋭い痛み」が特徴。ホンマに?自分が罹患する数週間前の自分も既に「そんな痛そうなたとえ、あり?」と内心ビビっていたが…
結論から言えば「的を射たり」という。
私は実際にガラス片を飲み込んだことはないが、「想像するそんな痛み」が継続的に襲う。狭いノドの中のおんなじルートを、毎回同じ一片のガラスが壁面を傷付けながら胃に落下していく。
医学的に詳しいわけではないので感覚的な話をしますが、「飲み込む」という行為には段階があり、唾液とか水とかがスッと通る「小飲み込み」と、食べ物など固形物が通る「大飲み込み」。
この「小飲み込み」の時にはその痛みが来ないので、その点はありがたかったです。唾を飲み込むたびにガラス片が通ってたんじゃ、もう私はどうすればいいのか分からない。
とはいえ、大きな“ごっくん”の度に「鋭い痛み」。これがなかなかキツイ。よくわからないが、「これがやっぱり、痛い、ガラスのやつだよね?痛かったよね?もう一回(ごっくん)痛いわ。」と、「ついかさぶたをいじっちゃう」みたいに、何度かちょくちょく「あえて痛いやつやってみる」をしちゃっていました。で、ちゃんと痛い。何をやってんだ。
ただ、このガラス片がちょっとずつ小さくなる感覚(痛みが95%→87%に落ちてる感覚)を確かめたくて、快方に向かう実感が欲しくて、やっちゃう。痛いのに。「ダウンロードまで30分って書いてあるのに何度も進捗見ちゃう」みたいなことですね。
消化に良いという意味ではニンバスに限った話ではないですが、食事については「うどん」はかなり良かったかと思います。ガラスじゃない顔をしてつるんっと通り抜けてくれる。温かい出汁がのどにブランケットをかけてくれるようで。
コロナ期間に様々な方から優しいお言葉を頂きましたが、私からは特に「資さんうどん」様と「山下本気うどん」様に感謝状を贈りたい気持ちです。
熱は4日ほどで下がりきって、のどの痛みは6日ほどかかりました。
(現状、ほぼほぼ良好ですが、落ちた体力が後を引きづっている感じなので、週明けまでは対面の会議はお休みしようと思っております。)
健康第一。
お気を付けください。
P.S.
身体が弱ると心も弱る、ということで、1週間ぶりに外を歩いてわずか5分で、明らかな詐欺街頭アンケートに本名と電話番号を書いてしまいました。弱ってるとそういうのちゃんとダメになっちゃっていてウケる。皆さんも気を付けてください。
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