結婚相談所という名のカルト教団
「セクシー女優が本気の婚活!」なる動画がやたらYouTubeのおすすめに流れてくる今日この頃。
AV女優のことを「セクシー女優」などと、一見かわいらしくも濁した呼称で表されねばならないほどに “性” というもの全般が抑圧されている。
そんな風潮そのものに、私としては危機感を覚えるのだが、記事の主旨とは少々遠ざかってしまうゆえ、この点に関してあえてこれ以上の言及はよそう。
部活、就活、推し活、パパ活…
「◯活」というのはなんとも日本語らしい言い回しで、中でも “婚活” という言葉にはひときわ一般女性たちの盲信的で狂おしい野望が宿っているように思える。
“花嫁修行”(死語?)と同義なのか、私にはよくわからないが、例の動画をひと通り視聴した後、この “婚活” および “結婚相談所” と、健やかな性生活・性教育は、水と油--相容れぬものであることを再確認した。
一瞬でも不安になった世の女性の皆様、これを鵜呑みにする必要は全くありません。モテに年齢は関係ありませんし、そもそも誰にどのようにモテたいかが肝心です。 https://t.co/8rrOAVxd7D
— 永遠嬢 (@nagoyadokuneko) October 3, 2018
なんでも「女は若さ、男は年収」を至上のステータスとし、“プロ” たちは “相談” の最中にも「ライバル」だの「市場価値」だの訳のわからない文言を平然と並べ立てる。
彼女たちの何人かは、メディアでしばしば「元銀座のホステス」「累計◯万人以上を接客」などといった肩書きと共に紹介されているが、控えめに申し上げて、いささか性に関して不勉強と言わざるを得ない。
末永く幸せな関係を築く能力は、数字で表せる物質的なものではなく、男女が真に魅かれ合うというのは、敷かれたレールの上で他人と不毛な競争をすることではない。
極めつけは「婚前交渉NG」(破った場合は罰金・強制退会など)ときたもんだ。
…あなた方はカトリック教徒なのか?いや、カルト教団というべきか。
いろいろ取り返しがつかなくなる前に “カラダの相性を確かめる” という、自然かつ必要不可欠なアクティビティをわざわざ禁ずるとは何事か。
セックスが下手な男と法的に結ばれた女の末路がどれほど悲惨なものか…わかっているのか?
見合いや結婚相談所が潤うのには、恋リアブームなどによる影響も一枚噛んでいる、と私は睨んでいる。
娯楽としての恋リアの存在を否定はしないし、どの程度 “やらせ” や演技が混じっているか私には知る由もない。
しかし「恋愛強者」だの「ハイスペ」だのいう割には、総じて男女とも見るからにセルフイメージが低く、自己表現が下手で、コミュニケーションの取り方も幼い(そもそも出演者の過半数が職業を偽っているとの噂も)。キスはおろかハグも自然にできやしない。
…おそらく視聴者の多く(一般人)もそれに感情移入してやまぬのだろう。
そんな自分たちの精神的・性的な未熟さは棚に上げて「◯◯歳までに子供が欲しい」などという本末転倒な憧れにつけ入り、期限を定めた「仮交際」と称して会員たちを飼い犬のごとく縛りつける。
「ヤリたいなら早く…」と言わんばかりに決断を迫り、成婚率を自分たちの実績として掲げる。
結婚相談所とは、おそらくそういったビジネス構造によって成り立っている、としか想像できないのは私だけだろうか。
いずれ生まれてくるであろう子供への影響なども考えると、未熟な成人たちの結婚・出産を促すことがいかに愚かしいことか、親の精神的な幼さ・自己肯定感の低さがどんな悲劇を生んできたのか…その一例を、スポーツ毒親(島沢優子 著)より抜粋させていただく:
担任からのパワハラには目を光らせるのに、暴力をふるうミニバスケットクラブの監督を支持する母親に出会った。「全国(大会)に連れて行ってくれるから」だと言う。平手打ちや「死ね」「帰れ」の暴言を「どうせ社会に出たら理不尽なことだらけだから、今から慣れておいたほうがいい」と有難がっていた。
監督やコーチから「何年後かに、必ず全国大会に連れて行きます」の言葉とともに勧誘され、すっかりその気に…それやったら頑張らせたい、みたいな…うちの子、全国大会に行った。それがステータスというか…
多くの親に、子どものスポーツによって満たしたい自己承認欲求と、復活戦へのこだわりがのぞく。子どもの成果で自己承認欲求をアップしたい。人生の敗者復活戦を子に託したい…
以前から国際機関の調査で日本人の「自分は大丈夫だ」といった自己肯定感が他国に対し著しく低いことは度々報告されてきた…そんな私たちが親になって子どもがスポーツで少しでも秀でると、過度に期待する傾向がある。
取材でそんな親たちを何人も見てきたが「自分が行けなかった全国大会へ」など自分の身代わりヒーローを期待する向きがあった。子どもの活躍によって、自分への自己実現を果たそうと依存する。活躍すればよいけれど、そうでなくなると期待したぶん怒りがこみ上げる。
この構造は受験が絡む教育虐待とも似ていた。逆に自己肯定感の高い親は、子どもを「あくまで自分とは違う人格」ととらえる余裕があった。負ければ「残念だったね」と慰めるが、自分まで貶められた敗北感を抱かない。つまり、共感すれど同化はしない。そのように精神的に自立した大人の実数が少ないのではないか。
英語ではよくvulnerableという形容詞またはvulnerabilityという名詞で表されるが、身体の中の最もプライベートな領域をさらけ出す、裸というある意味 “極限” の状態でなお、パートナーを気遣い、気持ちよくさせてあげられるか--性行為は、そういった人間の “相” を如実に映し出す。
その是非からは、生活においてのあらゆる面できちんと相手のことを思いやった行動が取れるか、生命を守り育む力があるか、なども垣間見え、真の意味で “幸せな家庭” を築いていく能力にも直結する。
これだけでも「成婚前のセックスや性の話はNG」という謎ルールがいかに傲慢かつ危険極まりないものか、十分に伝わっているのではないかと思う。
セックスという行為を通して “確かめ合う” ことの重要性に加えてもう一つ挙げるとするならば、誰にでも訪れるであろう “苦しい時期” こそ、その人の真価が問われる、ということ。
避けることのできない試練に見舞われた時、高度なストレスやプレッシャーのかかる場面で、パートナーがどう振る舞うか・どう対処するのか…
それをしかと観察し、本当に結婚すべき(あるいは深い関係になっても後悔しない)相手かどうか見定めるには、相応の年月がかかる…いや、かけなければならない。
勢いや覚悟がなければ結婚に踏み切ることはできない。
が、夫婦間の諸問題についての記事にはしばしば「結婚してから豹変した」といった旨の陳述が見られるよう、多くのカップルがセックスレス、仮面夫婦、家庭内ハラスメントといった現実に直面し、その間に生まれる子供たちも当然、巻き込まれる。
“運ゲー” にならないためには、まずは “ふるいにかける” という作業を結婚前にとことんやっておくこと。
それにはたかが1回や2回のデートでは到底足りないし、ましてや会員プロフィールのテンプレに沿った項目を読んだだけでは絶対にわかるはずがなかろう。
"婚活市場" における「年齢には勝てない」だのいう浅はかな解釈はもとより、男女がいかにして惹かれ合い絆を紡いでゆくべきか…そういったものの考え方が、性教育のそれとは根本的に違いすぎるのだ。
“自然な出会い” 以外の媒体を用いて相手を探すこと自体が悪いわけではない。
何を隠そう、私と相方もマッチングアプリを通して知り合ったのだから。
ともあれ、手前の実績づくり第一で、あなたとお相手が結婚(マッチ)した後のことについて何の責任も持てない集団に、あなたとお相手、そして子供たちの行く末を委ねてしまっていいのだろうか?ということはよく考えたいもの。
カラダの相性や最低限の金銭的な安定以外にも、深く長期的な関係を築いてゆくべき相手を見定める上で本当にこだわるべきポイントはたくさんある:
・“安心できる場所” でいてくれる
・お互い成長するよう刺激を与え合える
・自分の意見や気持ちをよく理解していて、それらを的確に伝えることができる
・建設的な批判の範疇を超えた陰口を言わない
・醜いことからも目を逸らさず向き合える
・ワクワクする時間も穏やかな時間も、等しく共に楽しめる
・知らないことを学む意欲がある
・両親を尊敬している
・言行一致 などなど
完璧な人間などいない。無論、全ての項目を確実にチェックしろとまでは言わないが、下の動画「パートナーに求めるべき69のこと」も参考にして、あなたにとって心から「この人だ!」というパートナーを探り当てるのにぜひとも役立ててほしい。
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