診断が変わっても私は変わらない | うつ病 | 解離性障害
ミズミズカンウと申します。
精神障害があります。
休職しながらの社会人生活にひと区切りつけ、現在は専門学校に通っています。
最近、診断名が変わりました。
変わったというか、「確定した」という感じが近いです。
今回はその過程と、自分の考えを書いてみます。
うつ病になった経緯
元々、軽い精神的な不調がありながら、病院に行くほどでもなく過ごしていました。
大学四年生の時に抑うつが酷く、精神科に通い服薬するようになりました。
その時についた病名がうつ病でした。
違和感があっても気にならなかった3年間
最初の一年くらいは症状を思い出す限り、かなりうつ病寄りだったのかも知れません。
しかし、ここ2年くらい通っている病院では、うつ病にしては幻覚が酷い、かといって統合失調症らしい幻覚の内容じゃなかったり、陽性・陰性症状というよりは抑うつが酷い、なんともいえない状況から「診断はつけられない」と言われてきました。
たしかに幻聴というより、頭の「中」でワイワイガヤガヤするだけ、外の音との区別が付いていて、周りの統合失調症の人と話が合わないことがありました。
そんな私自身は、病名にこだわりがありませんでした。
それらしい病名が付いていなくても、いまある困り事が解決すればいいと思っていました。
病院で困っていることを伝えて、必要な薬を飲んで、必要な支援を受けて行けば良いと。
手帳や自立支援などで必要な書類では「うつ病」とずっと変わらず表記をしていました。
解離性障害と入院
診断がついたきっかけは、入院でした。
少し前に、精神科に入院していました。
精神科に入院するのは初めて。そもそも入院する事がはじめてでした。
そんな入院中、思いがけない出来事が起こりました。
それは自分が今まで隠してきた「記憶障害」「急に意識を失う」という症状が出てしまったことです。
これらの症状を私は今まで頑なに隠してきました。
病院でも、信頼できる支援者にも、友達にも家族にも。
信じてもらえないと思ったからです。
何より、私自身が信じられなかったからです。
記憶について、わたしは家の中でよく自分の記憶にない行動の痕跡がありました。
(例:食べた覚えのない食器の跡、書いた覚えのない文章、2時間くらい空白の時間がある、小さい頃の記憶が一部すっぽり抜けてる等)
入院初期、自分の話と先生・看護師さんの話が違っていたり、明らかに私の記憶が一部なかったりすることがありました。
日常の切れ端をしっかりとした医療機関で過ごすことで、不安が確信に変わっていく感じがしました。
倒れることについては、家の中で倒れることが多くありました。
外で倒れたこともありましたが、特に目撃情報が無く気づいたら床で寝てた、くらいの記憶しか残っていません。
家という閉鎖的な空間だと、倒れた瞬間のことを覚えてないので、倒れたのか寝てたのか区別が付かず、とにかく具合が悪くて疲れてた記憶しかありません。
バタッと倒れるより、座ったまま固まることが多く、そうすると見た目はただの変な人です。
しかし、病院で倒れたり固まったりすると、なんだなんだとなる訳です。
倒れたところや意識や記憶がないところを複数回、複数の先生に見られ、看護師さんにも随時助けて頂き、状況がはっきりとわかってきました。
お医者さん、看護師さんはもちろんですが、周りの患者さんが一番自分が体調が悪くなる瞬間をよく見ていてくれて、たくさん教えてくれたのがありがたかったです。
わたしは意識がない時に体が硬直したり、力が入ったり、うーっと声を出したりしていたそうです。
そして脳波の検査、CT、様々な心理検査等の検査を経て、解離性障害と診断されました。
診断がついてみて思うこと
解離性障害と診断されたことで良かったことがいくつかあります。
まず、治療の方向性が見えたことです。
解離性障害のための薬はありません。
抗うつ薬や抗不安薬を症状に応じて使います。
薬が無いということはマイナスな事ではなく、一生薬を飲まなくていいと知れたことがとても良かったです。
抗精神病薬と一生付き合っていくのか、と思ってたので、薬を辞めたら激しく悪化するタイプの病気(統合失調症や双極性障害)ではないとわかり安心しました。
私の場合、治療法としては倒れる場面や体調を自分で知り、体調や疲れをコントロールすることになるそうです。
そのために最近は日記を付けたり、気分に点数をつけたりしています。
もうひとつ良かったのが、他の体調不良についても原因がわかったことです。
記憶障害、偽てんかん発作がわかったことだけではありません。
他には繰り返していた難聴、味覚の変化、場面緘黙症と思われていた症状も、解離性障害(転換性障害含む)の一部だとわかりました。
原因不明だった体調不良が説明のつくものになったのはよかったです。
その一方で、診断がついたことでモヤモヤすることもあります。
退院してからどこでも倒れるようになってしまったので、外出に不安があります。
かといってその際の対処法もないので、学校などで「対処法を教えてもらえたら対処できます」と言われても、「そっと見守ってください」としか言えない。
でも普通に人が目の前で意識なくなったら困らせてしまうだろうなーという大変なる申し訳なさがあります。
対処法に関連してよく言われるのが「いつ救急車を呼べばいいのか」です。
もし偽てんかん発作ではなく本当に脳梗塞などで意識を失ってしまった時に、放っておいていいのか、周りは不安になるそうです。
それは私自身も不安です。
他の体調不良にもそれは言えて、解離性難聴ではなく器質性の難聴だったらどうしようなどど考えるわけです。
器質性の体調不良に気づくためにも、自己モニタリングが重要視されているんだろうなと思います。
診断が変わっても私は変わらない
ここまで最近の変化をつらつらと書いてきた。
入院前と入院中と今とで体調は変わったかもしれない。
診断も変わった。治療も変わった。生活もちょっと変わった。
でも私は何も変わっていない。
変わりたいとか、変わらないととか、そんなことも思わない。
ミズミズカンウはミズミズカンウでしかない。
そもそも病気かどうかもあんまり関係ない。
私にとって病気じゃない自分という世界がまずないのだ。
これから出会うたくさんの出来事は、私がどの病気であろうと、私自身に降りかかってくるものなのであります。
私は明日が楽しみです。
解離性障害の原因とか、詳しい体験談とか、そこまで書くと超大作になってしまうので今回はこの辺にしておきます。
また記事書きます。
ではでは、今夜ぐっすり眠れますように。
