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「自分で決めたい」その一歩が暮らしを変えた。全国を旅したmisakiさんが、琵琶湖畔で日々を紡ぐまで(インタビュー)

海、川、池、湖……水辺が好きすぎるあまり、日本全国の水辺にゆかりのある方々を訪問し、お話を伺うプロジェクトをはじめました。
水辺の街で暮らしてきた人たちの生活や想いを記録に残し、広く伝えることを目指しています。

第1回のゲストは、滋賀県在住のmisakiさんです。

岐阜県で生まれ育ち、新卒で旅行業界へ就職したmisakiさん。
コロナ禍で仕事が休業状態になったとき、misakiさんは「これから先の生き方は自分で決めたい」という思いに気づきます。

全国各地での多拠点生活、憧れの京都での暮らし、そして滋賀への移住。
数々の決断を通して見つけた自分らしい生き方や、水辺の街で過ごすひとときについて、教えていただきました。

ゲスト:misakiさん
ライター、編集者、エッセイスト。
noteで街歩きや散歩、季節の巡りについてのエッセイを綴り、ZINEを制作。
1年間の多拠点生活をしたのち、3年間の京都暮らしを経て、現在は滋賀県在住。
散歩と読書、旅、コーヒーが好き。


(misakiさんお気に入りの、滋賀県のロイヤルホストでモーニングを食べながら、お話を伺いました。)

― misakiさん、今日はよろしくお願いします!
現在は滋賀の琵琶湖畔で暮らすmisakiさん。ご出身は滋賀のお隣の、岐阜県なんですね。

misaki 大垣市と岐阜市の間の、山の近くの町が地元です。
岐阜の高校を卒業した後に、滋賀の大学に進学しました。地域文化を学ぶ学科で、街を歩くフィールドワークをしながら、そこに住む人たちや街の歴史を掘り下げたりしていました。

でも、当時は第一志望の大学に落ちてしまったというのもあり、なんとなく選んだ学科でした。その満たされない気持ちから「ここじゃないどこかに行きたい」と思うようになって、大学生の頃は海外旅行によく行っていましたね。

大学で専攻していた内容は、いま発信している街歩きのエッセイなどと重なるところも多いので、大学に戻ってもう一度学び直したいと思うこともあります。

コロナで仕事がストップ。「自分で生き方を決めたい」――全国を旅しながら暮らした1年間


misaki 大学卒業後に名古屋の旅行会社に入社したんですが、しばらくして新型コロナウイルスが流行しました。海外旅行専門の会社だったので、本当に仕事がなくなってしまって。ほぼ休業状態になり、自宅待機が続きました。

そこでまとまった時間ができたので、内省をしてみたんです。ジャーナリングですね。
「本当にやりたいことって何?」「どこに住みたい?」と考えていたら、ここじゃなくてもいいかもしれない、と思うようになりました。

― その会社以外に、他の道もあるかもしれない、と。

misaki 休業中に、キャリアスクールに通ってデザインやライティングなどの勉強をしていました。最初は旅行業に復帰するつもりで、副業でライター業などが出来たらいいなと思っていたんですが、コロナが収束する気配はないし、どうしようかなと。
悩んだ末に旅行会社を退職して、フリーランスとして独立しました。

在宅で仕事をするようになると、この働き方なら好きな場所に住めると気づいて。
「好きな場所ってどこだろう?」と考えたときに、高校生の頃からよく遊びに行っていた憧れの街、京都に住みたいと思ったんです。
でも、他の地域を見ていないのに京都に決めていいのかな、と。色んな街を見た上で定住する場所を決めたいと思い、日本全国を旅しながら多拠点生活をすることにしました。

― すごい行動力ですね。

misaki 「自分で決めたい」と思ったんです。
それまでは、自分の意思というより「大学に行くなら、学費をなるべく抑えた方が親の負担を減らせるかな」とか、「実家から遠くない地域に就職したほうが、親も安心するかな」とか、心の奥にそういう気持ちがありました。
働き方が変わったことで、これからの生き方も自分で決められるかもしれない、と思ったんです。多拠点生活は、初めて純粋に自分の意志で決断したことだったかもしれません。

― 多拠点生活の期間や、滞在場所は事前に決めていましたか?

misaki 決めていませんでした。嫌になったら実家に戻ればいいし、とお試し感覚で始めたので、まさか1年も続くとは思っていなかったです。
絶対に滞在したい街をいくつか候補に挙げつつ、気の向くままに色々な地域を訪れました。

色んな所を見たら見たで、京都の他にもいいなと思う街が沢山あって迷ったんですけどね。
静岡の用宗(もちむね)や、茨城の大洗という海の町がすごく良くて、多拠点生活中に2回ずつ滞在しました。広島の尾道も好きで、3回ぐらい滞在しました。

静岡 用宗(misakiさんご提供)


― 多拠点生活の記録を綴ったmisakiさんの著書『気づけば旅してばかりいた』でも、海の町への憧れについて書いておられましたね。

misaki 多拠点生活をする中で、その気持ちが強くなりました。
ずっと海のない岐阜に住んでいたので、海は旅行で行く場所だったんです。海水浴をするために、福井県の海岸まで一日かけて行ったりしていました。

なのに、旅暮らしで海辺の町を訪れたとき、海の近くで日常を送っている人の多さに驚いたんです。日本は島国なので海の町って沢山あるんですよね。犬を連れて海沿いを散歩している人がいたり、海を眺めながらぼーっとしているおじいちゃんがいたりと、日常に海がある風景に衝撃を受けました。

一口に海の町といっても、瀬戸内海みたいに港の役割がある町もあれば、海水浴の時期に沢山の人が訪れるビーチもあります。
私が特に惹かれるのは港町の方ですね。

広島 尾道(misakiさんご提供)

歩いて行ける日常に、好きな場所が沢山ある。念願の京都暮らしをスタート

― 多拠点生活を終えて、misakiさんは京都への移住を決断されたんですね。

misaki 当時はすごく悩みました。色々な街を見たのに、結局京都か……っていう感じもありましたし。でも、ずっと抱えていた京都への憧れを消化するには、1回住まないとダメだと思ったんです。

実は大学受験で京都の大学を受験して落ちていて、就職活動でも京都に本社がある企業を受けたんですけど、縁がなくて。憧れの街に住めていないことへのコンプレックスのようなものがありました。
他の街に住んだとしても、京都への未練を抱えたままになりそうだったので、一度住んでよかったなと思います。

それまでは京都を訪れてもあくまで旅行なので時間になったら帰らないといけないのがもどかしかったんですけど、住むと日常の延長の散歩でふらっと好きなところに行けちゃう幸福度がすごくよくて。歩いて行ける日常の中に好きな場所が沢山ある日々が楽しかったです。

春の京都(misakiさんご提供)

― 京都の特に好きな場所はどこですか?

misaki 船岡山です。当時住んでいた家の近くにありました。ちょっと登っただけで京都市内が見渡せて、景色が綺麗なんです!

憧れの街 京都を離れ、滋賀への移住を決意

― 京都での生活を経て滋賀へ移住されましたが、きっかけは京都で出会った旦那様からのご提案だったそうですね。

misaki 私はようやく京都に住めたので、今後もここに住むんだろうと思っていたんですけど、夫の場合は滋賀の方が職場に通いやすかったんです。夫も大学時代は滋賀に住んでいたので、馴染みのある土地でゆったり暮らしたいという気持ちも大きかったようです。
夫との未来を考えたら、滋賀の方が心地よく過ごせるだろうなとは感じていました。

私も滋賀は好きで、一人で気持ちを落ち着かせたいときに琵琶湖の周りを歩いたり、琵琶湖の近くのカフェに行ったりしていました。
でも、滋賀はあくまで出かける場所という感覚で、住むとなると話は別だな、という葛藤がずっとありました。散歩の範囲に好きな場所がある京都での生活を手放すのが寂しくて。

気持ちが変わったのは、夫と滋賀で物件探しをしたときでした。
二人で琵琶湖の周りをひたすら歩いたんです。膳所(ぜぜ)から出発して、近江大橋を越えて、瀬田まで歩きました。

― めっちゃ歩いてますね。
(膳所駅から瀬田駅までは約5km。休まず歩いても1時間以上かかります)

misaki そしたら、隣を歩く夫がすごい嬉しそうだったんです。夫の姿を見て、「二人の暮らしを考えたら、滋賀に住むのがいいのかもな」という気持ちになってきました。

それから、琵琶湖沿いを歩いているときに「私、そういえば海の町に住みたかったな」と思い出したんです。琵琶湖も海のように広いので、ここに住めたら心地よい生活ができそうと思いました。
引っ越しの条件として、絶対に琵琶湖のそばに住みたい! というのだけを夫に伝えて物件を探しました(笑)。

滋賀 琵琶湖(misakiさんご提供)

― 滋賀に住む前と後で、街への印象が変わったり、ご自身の気持ちが変化したりしましたか

misaki 琵琶湖への愛着がすごく湧いてきました。なんだかんだ、滋賀の人ってみんな琵琶湖が好きなんだなと思います。
昨年、びわ湖アンバサダー※という活動に挑戦しました。ミシガン(観光船)に乗って琵琶湖を船の上から見たり、琵琶湖の清掃活動をしたりと色々な形で琵琶湖に関わったことで、より愛着が強くなりました。

※びわ湖アンバサダー:琵琶湖汽船株式会社が一般から募集し、びわ湖クルーズや琵琶湖畔の街の魅力を共にPRする活動。

― 積極的に街と関わろうとされてきたんですね。

misaki 旅暮らしってすごく自由だったんです。行く場所も過ごし方も全部自分で決められる。でもそれは、どこに行こうが何が起ころうが、マイナスな点も全部自分で背負うということです。自由には責任が伴うことを実感したあの経験から、流されるんじゃなくて自分で決めきりたい、と強く感じるようになりました。

滋賀への移住も、きっかけは夫だったかもしれないけど、なんとなく行くんじゃなくて自分で決めたぞっていう実感が欲しかった。そのために滋賀との関わり方を模索していて、びわ湖アンバサダーもそのひとつでした。

― 琵琶湖での、お気に入りの過ごし方はありますか?

misaki 本を読むのがマイブームです。
家や他の場所では読まずに、琵琶湖に来たときしか読まない本というのを決めたんです。
読んでいて、ふっと目線を上げると琵琶湖が広がっている。物語に溶け込んでいるような気持ちになれて、セラピーみたいな時間を過ごせます。
最近まで読んでいたのは、『空、はてしない青』(メリッサ・ダ・コスタ著)という小説です。

琵琶湖の周りでは楽器を弾いてる人もいれば、釣りをしている人もいて、それぞれ好きなことをしている感じが心地いいです。

misakiさんにとって、水辺とは?


misaki フラットに戻れる場所です。以前住んでいた京都の鴨川も、今住んでいる滋賀の琵琶湖も、天気がいいから行こう、と前向きな気持ちで行くときもあれば、仕事で行き詰まっているから外に出よう、とか、悲しいことがあってとりあえず行ってみよう、というときも。どんな気持ちを抱えていても、変わらずに水辺はそこに在り続けてくれる、安心感のある場所です。

鴨川や琵琶湖に行ったからといって自分の悲しさが無くなるわけじゃないけど、その量をちょっと減らせるというか。根本的な解決にはならなくても、変わらずそこに在り続けてくれる水辺という大きな存在に救われるときがある。

いつかは大丈夫かなって思える、そんな場所です。


「私、アパートの更新をしたことがないんですよ」と仰っていたmisakiさん。
様々な環境に身を置くことで、自分にとって心地よい暮らしを追求してきた行動力が眩しく、変化を前向きに捉えて自分の意志で舵を切る姿に刺激をもらいました。
misakiさん、ありがとうございました!

次回は、関西から島根の離島に移住した方へのインタビューをお届けします。お楽しみに!


【misakiさんのnote】

【misakiさんのInstagram】


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