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星のカケラ ちっぽけだけど、生きています。

プロローグ ちっぽけだけど、ちっぽけなりに歩いている
── 小さな選択が、人生を動かしていく

いままで決して頑張らないで生きてきたわけじゃない。どちらかと言えば、なんとかしたくて、踠きながら頑張ってきた方だろう。

なのに、だ。

なんだか、パッとしてない人生だなぁ…と、ことあるごとに感じてしまうことがある。宇宙から見たら、地球上の点みたいな存在、あくせくしているのだが、どうにかなるのだろうか…取り止めのない不安に駆られるのだ。

この不安の感覚、ー生きている間に払拭されることはあるのだろうか。

若い時には若い時の不安があり、年齢を重ねるごとに不安の種類は変わる。そして、どこか根本に、何かの不安があるのだと思う。このまま朽ちていくのか…ふと、そんな虚無感に覆われる。

いや、まだ頑張ろう。まだ数年はあるんだから、この間になんとか立て直そう!

そんな決意をして、九星気学の年運の星の導きに色々あくせくして、これまた数年たっている。どうしてここまでこうきちゃったかなー、立て直そうと頑張ってみてはいるものの、乗り越える山が大きすぎて、持っている能力で生き抜いていくことができるのだろうか …。自分を活かす、生きる才能がないのか…そんなことを思っては落ち込んだりする。ふうっ。

「まだ」ーいつまでと思って「まだ」と言っているのだろう。
「ねぇ、それはいつ?」ー私の内側から問いかけの声が聞こえる。

不安に駆られても、前を向いて生きていこう。
ちっぽけだけど、そんなちっぽけさを愛し、生きていくのだ。

――でも正直、こう思えるようになるまでには、時間がかかったし、今も日々揺れながら歩いている。



第一章 何かが足りない日常で埋め尽くされていた世界 
気学に出会う前と2022年:月盤旅行

いつも外側に、自分の描きたい世界を求めていた。

九星気学に出会う10年程前に色彩セラピーに出会い、色彩言語から感情、思考にあるものに触れ、自分が見ていた世界が、いかにモノクロの世界だったか気づかされた。ことあるごとに、私の人生は、欠乏の観点から物事が生じていたのでは?と思わされる。この欠乏感がモノクロの世界のスタート地点にあったのだろう。ここに自己価値の低さにもつながっていた。「足りない」の二乗。

九星気学を学び始めて、「気」の生じるところに起因しているものが、私の場合、この欠乏感による始まりではないだろうか?それじゃぁ、いつまで経っても何かが足りないままじゃない?

学びを通して、その人らしさが、平らな地面の上に木々を芽吹かせ生育し、草花を育て花を咲かせる。ーこれが、色とりどりの世界なのだと理解できるようになった。

はて?私の世界は地中から地面の表面に出ているのか?出ていないのか?迷い、恐れの中かから、未来を掴もう、目指そうとしていないのか?心が揺れる時には、この哲理に立ち返り考えるようになった。

気学の「気」の作用を用いて、旅行や引越しをすることで、「吉の気」を取り入れる方法がある。遁甲盤という「年の気」が割り当てられる盤面を年盤、月が割り当てられる盤面を月盤といい、日数で用い方に違いが起こる。自宅から月盤で吉の方位に2週間連続で寝泊まりすることで「吉の気」が取れるという月盤旅行という方法があるのだけれど、ある時に試した月盤旅行で、自身が物事を受け止めたり考えたりする起点をはっきり自覚することになる体験をした。

2週間の旅の間、何度も自分が怖れているものを体験する。初めて降り立った地で、車文化で歩いている人は少ない、それだけでも私の恐怖心を煽るのだが、毎回自然の中で一人になると、アバターでジェイクがみんなとはぐれて初めて森ですごすシーン、あの時の心境になっている?!!ってくらいにビビっていた。道をただ歩いているだけなのに、サバイバル的な怖さを感じるのだ。

これですよ!そもそも吉旅行に来てるのに、何か恐ろしいことが[起きるのが前提]の恐れって、何???いかに、自分が日常の中で安心感を持っていないのか、自分の中心が空っぽで恐怖感覚だけで埋められていくから、外側へばかり向く意識。これこそが「何かが足りない」から始まる日常を作っていたのだと認識した。

旅の初日には、電動自転車から真っ逆様に落ちた。その出来事を体験した時の自分の対応に自分を信じていけるキッカケが生まれる。「青タンできてますね!」とホテルスッタフさんが気づくくらいの両膝の怪我。あの初日の痛みが身体と思考をより繋げてくれていたというハプニング。

想定以上にWifiが繋がりにくく、最低限に繋ぐ以外は自分自身にフォーカスする濃密な時間。夜も自然と早寝になる。早寝することで、「気」をしっかり取れていたのかもしれない。他にも色々あったが、すべてがパーフェクトに美しい出来事となった。

わたしを生きよう。
わたしを精一杯生きよう。
自分を使って豊かに楽しむ人生を生きよう。
そして、わたしの魂が望むように暮らすことを、
わたしに許可していこう。

このフレーズは、この月盤吉方位取りの帰路のバスの中で、心から湧き出てきた言葉。どんなことが起きても、こんな風に考えられるようになったのは、九星気学のおかげだと思う。

道端に咲く花の生命力に感動したり、大きな青い空やピンクに染まる夕焼けに心を奪われる。些細なことの中に美しさを感じて足を留めることができる。自分の心の窓の景色に色彩が入り込んでくる。

このガラス窓は、雨が降ったり、土埃がまったり、花粉が飛んできたら曇ったり、汚れたりもする。なので磨かないとならないように、日々心のガラス窓も磨いていかないとな~。


第二章 九星気学との出会い 最初のひとかけら
    
2012年:ネズミ騒動・引越し

九星気学との出会いは、ずばり「引越しの方位決めに迷っていた」から。 

2012年になったばかりの頃、住んでた家の周辺地域で、大掃除した家から移動してきたネズミ騒動が起きた。(実物は見てないけど)屋根をかける音にビクビク、「ヒェー!」。しばらくはミッキーマウスも怖かった。契約更新したばかりだけど、いや住めない!無理!でもどこに行こう…いますぐに…。

それまでは引越しの方位鑑定は易者さんに聞きに行っていた。方位が気になる割には、風水の本を読む程度、気学という学問には出会っていなかった。

途方にくれていると、九星気学の年運セミナーをオーガナイズしている友人と話すことがあった。平日のセミナーは参加が難しいと話すと、「セミナーで先生に引越し先聞いてあげるよー」方位と時期を教えてくれた。初めての九星気学の引越し方位鑑定で引越し完了。その引越しには条件があって、――これがのちの失敗談へつながっていくのだけれども…。                           

引っ越して2年くらいした頃、立て続けにアレっ?と感じる事象がいくつか起きた。どうやら方位鑑定の時の条件と関係するらしい事象。困ったな、条件のクリアー方法が自分にとってはさっぱり持って皆無だ。ここで初めて、条件の期限に近づく1年半前に九星気学の運勢セミナーに初参加することになった。

年運セミナーでは、まず自分の本命星を宣言し自己紹介。本命星についての特徴を教えていただいた。私は五黄土星という本命星。五黄土星は「欲の星」と教わるわけですが、「欲の星」ー日本語、日本の世界観っで「欲」って聞くと、なんかネガティヴに聞こえるなぁと思い、私はその言葉に抵抗感100%、もれなく不服そうでした。今なら、「欲、そりゃありますよ!人間だもの」って返すのかなぁ?

それまでの私は、年運を占いのよう捉えていて、引越し以外のことで気学で行動するということを知らずにいました。五黄土星人の最たる特徴の一つの『自力の強さ』で、自力で頑張ればいいよね!吉方位取りがラッキー棚ぼた感覚であるならちょっとなぁ、みたいな捉え方をしていたのです。

これ、今は声を大きくして訂正します!完全に勝手な解釈、思い込み、今振り返ると五大凶(凶方位)を自ら踏みに行っていたようなものです。冷や汗が出る話です。

セミナーが進む中で、講師の方がおっしゃいました。『家族の中であなたが五黄土星の人の場合。家族を纏める役を担うことが大切なんですね。』

ここで、何かがストンと落ちた。
距離を置くことで保ってきた均衡が、
実は自分自身を縛っていたのかもしれないし、
自分の本命星を活かすことの責任を放棄しているのではないか、と。

当時の私は、家族とある程度一定の距離感を保っていた。強い五黄土星も顔負けの家族の強いパワーにおされタジタジ…。一緒にいると複雑な感情、冷淡な態度をとってしまうし、離れていることで優しさを向けることができるし、と。いま思えば言い逃れ的な言い訳ですね。そんなこともあり、家族との関わりを最小限にしていたので、家族の次に近しい’’職場’’というところで、自分が育たないとならない部分の問題がいつも起きていたことに腑落ちした。家族との関係性を家族でやらないとならないのだ。

そこで、五黄土星の「欲の星」の話が出たので、思い切って、「その欲は自分の欲でなく、家族のための欲でもよいのでしょうか?」と質問すると、「いいと思いますよー」と講師の先生。

家族の幸せのために一歩を踏み出す ーそれが自分一人でも始めることができるならば、『吉方位へ行く』というのやってみようかな。これが九星気学のアクションである吉方位取りを始めたキッカケ、『家族みんなのための自分の役割』というところに意識が働いたから…。今は家族も私が九星気学を学んだり、行動の指針にしている事を知っていますが、その当時は全く話していませんでした。2015年の終わりだったと思います。

その宇宙の計らいの中での初めの一歩を踏み出した、ー1つめの星のカケラのお話。


第三章 方位を変えた日 小さな選択①
2016年:セミナー参加と吉方位取り開始!始動せよ。

初めての吉方位取り。はっきり今でも覚えている。
あの朝、いつもと違う方向に歩き出した時のワクワク。
どんな風に進んでいくのだろう、という緊張の中に、
朝の太陽の光が優しかった。

運勢セミナーで決意した『家族みんなのための自分の役割』を原動力に、その翌週から日盤の吉方位を取ることにした。自分が行動をして周りのためになるなんて、すごくない!人に依存しなくとも自分が動けばいい。

早速その翌週の日に向かったのは、東方位に六白金星という星が巡る日。その月の月盤には、天道というのがついていて、「天のサポート、気のスペシャルなおまけのようなもの」が付いてくるという方位だった。

当時の私は結構忙しい部署で、毎日へいこらさっさと働き、業務の煩雑さにチーム内にも不穏な空気が流れることがしばしあったように思う。心構えをしつつ吉方位を取って出勤してみると、まるで問題が起きていても何かプロテクトされている?保護ベールのようなものを自分が被っている感覚が起きた。これが方位を取ることを始めた時の、ー小さな選択の第一印象だった。

「気」を授かるという感覚。

しばらく続けていると、周囲との摩擦が減ってまろやかになっていく感覚を感じるようになった。自分が「吉方位の気」をもって一日過ごすことが、こんなにも周囲との関わりによい作用を運んでくれるとは!これなら『周囲のみんなのためになる』という意味がわかる、とりあえず3週間やってみよう!

こうして吉方位へいける時を少しずつ増やしていった。今となっては、できるだけ毎日取るようにしていて、コロナにかかったは外出できず、本当に悔しかったりしたものだ。

この頃、九星気学を知るきっかけをくれた友人が、九星気学のベーシック講座をオーガナイズしていて、学んでみない?と声をかけてくれた。「九星気学ベーシック」というところから学びを始めることとなる。

新しい選択。


第四章 気が変わるとは、どういうことか
思い出した!2020年頃に起きた早期退職・転職
トライ&エラーの中で人生が動いていく。

努力にも種類があると気づいたのは、いつ頃だったろう。

適正な努力と、無駄な努力。

九星気学を行動の指針に置くようになって数年、いやだいぶ経ってからだと思うが、この事が現象を通して感じられるようになり、また数年の間でマインドもかなり整理整頓されきたのだと思う。

冒頭で語っていたように、踠きながらチャレンジをしてきた私。ただ、気を抜くと振り出しに戻ることも多かった。そんな時、私が頑張ってきた努力は、どうやら後者の方ー無駄な努力だったらしいー、とハッとさせられる。今でも。

自分の周囲に起きている事象をみてく。
この努力は適正?
このまま進めるのは、何か方向を間違えていない?

見極めと引き際がわからなくて、気づいた時には手遅れということが、ちょいちょいどころか、結構ドカンと人生の中で起こっていた。過去から比べたらだいぶ手違いも減ったように感じられるのは、気づきまでの時間のスパンが短くなったから。

今でもたまに起こるんだから、九星気学の学びはブラッシュアップしていくことが大切!と肝に命じるのだ。無駄な努力をする時は、何かしら自分なりのアレンジ解釈がつけ加わって、鑑みているのだ。

あぁ、ストップ。そして考え直す。

長年、頑張っていれば、きっとみてくれる周囲の人はいるはず。与えられなくても自分から努力を尽くして差し出せば、必ず助けは与えられるし無駄な努力なんてない。

そんな風に自分に言い聞かせて、無駄な努力をするのがデフォルトの人生だった。頑張るがポイントがずれているので、十数年がたっても思うようなチャンスは来ないどころか、部署の転属希望を出してみても玉砕…。

そんなある時に、西洋占星術のセッションを受けた。「あなたはバス停で、来ないバスを10年も待っているのですね…」静かな言葉がその場に落とされた。衝撃的な星からのメッセージだ。

そしてセッションの1年と数ヶ月後。所属しているチームの仕事の存続がついになくなり、早期退職へ。その頃は衰運期の真っ只中だった。ここで「抵抗」という無駄な努力をやっと手放すことができてきたのだと思う。

早期退職の後、皆にも驚かれる異業種転職をした。さらにステップアップも叶い、現在は、毎日興味のあることを仕事として与えてもらえている。ステップアップを図った転職の採用面接の時に、役職タイトルを持たなかった私の履歴書及び職務履歴内容を読んだ担当課長さんが、「しっかりとマネージメントを行ってきたんですね」とお声がけくれた。

南方位の吉方位引越しを完了した後だった。上役の評価を賜わる。何十年もそんなことがなかったのに、採用面接でそれが起きた。

自分の思い中にある「気」
相手が受け取って返してくれる「気」

様々な周囲とのやり取りの中での変化ー
小さなことから大きなことまで、本当にさまざまであるのだけれども

この何十年も、誰にも見えていないと思っていたものが、 初めて見える人と出会った。

これが、「気」が変わるということなのだと思う。


第五章 うまくいかなかった話
気学的ビッグなやらかしエピソード

思い出す中でのビッグなやらかしは、そうそう、あれあれ、ネズミ騒動の時の引越しである。

初めての吉方位引越しには条件があったやつ。

その条件は、「月盤では吉方位だけど、年盤では長く住むには向かない方位だから、5年以内に越すこと」というものだった。

後に気学を学び知ることとなる。「年盤では長く住むには向かない方位」って、ようは私が学んでいる気学の流派では立派な凶方位。そして、気学をまだ知らなかった私は、その条件で探した場所に住まうことにしたのだ。

住み始めてから3年後、条件の期日が近づく手前の2015年後半に、なぜか健康診断で今までなかった病気を疑われ、再検査を受けるよう通知を受け取る。仕事も相変わらず忙しく、花粉症を拗らせ100日咳のようになった年もあった。それでも元気だけは取り柄と思っていたし、前よりは人生はよくなっていると考えていたので、再検査の通知には想像以上にショックが隠せなかった。

引越し前より運気は持ち直している、 そして何よりも吉方位で吉を取っている!と信じ切っていて、 この出来事の根本にある間違いにまったく気づけていなかった。ただ相当のビビりが幸いして、再検査も病名も怖いし、それならば!仮吉方するっ!と決意をしたのだ。 *仮吉方とは、3ヶ月自宅を出て仮住まいをして、吉方位で自宅に戻る引越し方法のことです。

ここで体験したのだ。引っ越しの方位に関しては、吉か凶かしかない。

…条件付きの吉方位引越しというのは、ないんです!

条件付き、今の自分だったら絶対NOと言います。そこを迷っている人がいたら全力で止めにかかります!

そもそも3年目の体の不調という事象。これが「気」のサイン。よく考えたら、ここで疑えよ!って、今なら思います。笑。

今となってはこの失敗があったからこそ、九星気学を学び続けて、日々を気学をベースに過ごす実験をしているところ。やっと12年を巡ってみて腑に落とすことも増えてきたところです。

学んでいても、まだまだやらかしたりしてるんですけどね。笑。


第六章 それでも続けた理由、続けている理由
九星気学のサインは本当面白い!

という訳で、初めての吉方位引越しは、なんと残念な凶方位引越となりました。

ここでめげてもおかしくないのかもしれないが、「より良くなりたい」という思いが私を引っ張ってきていたのだと思う。

2016年に仮吉方の仮住まいをする家選び。無意識にピックアップしている物件のエリアを地図で見ると、あの条件付きで取ってしまっていた方位の多いこと…。ここまでくると、何かがおかしい。無意識に呼ばれてしまうのか?この時にある気の性質に引っ張られやすい傾向がある事に気づいた。

この「気の性質」=取りやすい凶のパターンだった。

本当、気を引き締めていないと、「その気(の作用)」に、ドボン!ハマりやすいのだ…。痺れました。

「この癖のように持っている選択する気の流れの、方向転換をさせてください!」、心の底から祈りました。

そんな祈りが届いたのか、初めて成功した仮吉方のおかげで、流れの方向転換はさまざまな形で起こってきました。

この時わたしの取った方位は北。北の気の性質のは、初めは苦労があるかも、時間をかけて吉を育てる、ゆっくりじわじわタイプの出方をする等が言われる。そしてピンチの時にはチャンスがくるという。

九星気学から観る気のバイオリズムでは、9年に一度、自分の本命星が9つの方位中の北、『坎』と呼ばれる宮に在宮する。その年になるまで、実に2年の衰退期があり、そして迎える『大衰退期』が『坎』ってやつ。この北方位を取った3年後のこと。自身の本命星が『坎』に入ると、担当していた部署の仕事がほぼなくなり、会社の縮小も相まって早期退職をすることになり…。面談者は自分と同じ年の部長ともう一名馴染みない他部署の方。1回目の面談では、これからの不安でいっぱいで話された内容が全くもって、頭に入ってこなかった。その旨を伝え、別日に部長に時間を取ってもらった。すると、ここから企業が向かっていく先では、私が長年貢献できてきた職務内容の分野が先細るので、このチャンスを活かしてみてはどうかと説明された。

そう、あの待っているバス停には、もう永遠にバスは来ないんだという事だった。部長が私のキャリアを考え、心配していた気持ちが伝わってきて、本音を話し合えた事に感謝を伝えられた面談となった。不安や葛藤もあったが、この日の部長との会話で、ここから先の未来を考えよう、退職を決意した。

普通だったら、ここでめげると思うが、私はそうはならなかった。

これからどうするか?を一度立ち止まって考える時間が与えられ、新しい初めの一歩の時を迎える事は、ただ走ってきた道を見返すチャンスだと思えたのだ。

時は2020年。退職後すぐにコロナが始まり、緊急事態宣言は、かつてないほど自分と向き合う時間となった。朝起きてから、今日をどんな1日にするのか?そこから自分の気持ちと向き合うジャーナル、モーニングノートを書いてみる。初めのことは不安や葛藤ばかりが吐き出されていたのが、いつの間にかやることリストを書き綴っていた。

毎日吉方位へ散歩をしながら、自分の内側を整える毎日を過ごすようになった。

1日を自分でプランニングして制作活動をしていくうちに、焦らず技術を学んでみよう、将来の自分のキャリアのために!ここで、webスクールで学びを始めることとなった。サイトの企画デザイン(UI/UX、マーケティング等)を行い、コードを実装し自己のサイトを完成させる、というカリキュラムを時間割を作成しながらこなしていく。

サイトの完成も近くなったところで、異業種転職活動が始まった。この新しい職種は当時、友達・知り合いに無謀な転職と呼ばれていた。今、その職務で毎日奮闘しているのだから、本当にチャンスに恵まれたなぁーと思う。

これこそが、ピンチがチャンスになった結果!

気の顕現化ー日々の行いが象(カタチ)になって、自分の進むべき道を照らし、時には道標をくれる。宇宙が先生。だから、やめられない、とまらない、宇宙旅行な感じ?


第七章 次世代を生きる、悩んでいるあなたへ

悩みも、迷いも。実は次の一歩を探しているサインかもしれない。

自分の現実と理想とのギャップにモヤモヤしている?
埋めればいいだけのギャップに、「それ相応な理由」という名前をつけて、心の片隅にしまっていないだろうか。

それでは現状打破は叶わない。

そう、私はそうやって生きてたから、今も孤軍奮闘中なのだ。


ギャップを諦めの理由にして逃げるのか。
改善目標値のマイルストーンを設定するのか。

ギャップの使い方を考えてみる時に、九星気学の知恵は助けになるのだ。

自分の周囲にある「気」をみることで、宇宙・天地先生から、メッセージを受けて取れるのだ。

とはいっても、無意識の蔓延りをみないふりをしていると、エネルギーに絡まるストッパーが邪魔だったりするわけで。凶作用の積み重ねが、わたしを萎縮させてきたのなら、吉作用を積み重ねた世界をみてみたくない?


潜在的パターンの中にあるものを見つけて、パターンを超えていけ。
心も体も吉方位取りをして、自信を取り戻せ。

この世には、人の数があればその数だけ人生という道がある。

あなたの人生や私の人生が、正しいか、正しくないかではなく、本心が何を伝えたいのかを聞き取ることが、ただしく理解する秘訣なのだろう。
到底隠れた見えない部分にあるものは、当事者にしかわかり得ないのである。

本心だけは、向かうべき先に向いている。

周囲の「気」に目を向け、耳を傾けてみてほしい。
根気よく、自分の中にしまわれている本心と向き合おう。

そして心のくもりガラスを取り除いて、前を向いてみてほしい。


エピローグ 人生捨てたもんじゃない

特に大きな何かが起こるわけでもないけど、何もかもがパーフェクトな一日があったりする。鼻歌なんて歌っちゃう日もあるし、今日もご機嫌ーっ!と目覚める日もある。

こんな風に日常の一コマを感じられるようになるなんて、モノクロ世界に住んでいた頃の私は想像できただろうか?

四季折々の日々が感謝の積み重ねで悦びに変わる。色んな色をみせてくれる空を仰ぎみながら、こうやって息をしていることすら恵なのだ。

もちろん、いつも晴天だけってこともなく、風が吹いたり、雨が降ったり、スコールや雷雨なんていうのもあったりする。落ち込んだり、気が滅入ったり、体調不安を思ったり。

そんな時こそ、九星気学を通じて、自分の原点の生まれの星の運気の流れを鑑みる。

私たち、一人一人は天地から太鼓判を押されて、この世に生まれてきた。1つ1つの星のユニークな才能をこの世界で分かち合うために、その才能を活かして楽しみ生きるように。ポンっ。


九星気学は、失敗しても、チャンスを与えてくれる学問だ。
私たちの喜びと繁栄のために、気を通して滋養をくれる。


『太陽が道を照らすのだから、わたしをきちんと生きよう』
心豊かな時間をすごす選択をして、自分の星を活かしてあげよう。 

ご縁に感謝。
今日も天地にありがとう。


#創作大賞2026 #エッセイ部門


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