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数年ぶりに実家へ帰って

数年ぶりに実家に帰りました。
今回は、その近況について少し書こうかなと思います。


1. はじめに

 私は世界平和統一家庭連合(旧統一教会)の二世です。
かつては信仰や活動にも全力で取り組んでいましたが、ある時をきっかけに疑問をもつようになり、今は信仰を手放しました。

両親は今も熱心な信者です。
私が信仰をなくした時は、厳しいメッセージも送られてきました。

そのため、今回久しぶりに帰省する、その玄関に向かう足取りは緊張していました。

 しかし迎えてくれた母は、お風呂とご飯を準備してくれ、信仰については一切触れることなく、その日を過ごしました。

「役事どうする?」
「今配信礼拝してるから、座って~」
とは言われるものの、祝福や今後の信仰について詮索されることはありません。
恐らく、親も距離を測っているのだと思います。

2. 家庭部長との面談で感じたズレ

 今回、気になった出来事が二つあります。
一つは、家庭部長との面談です。

この家庭部長は、私が親に
「祝福は受けたくない」「信仰を続けるつもりはない」
と伝える際、間に立ってくれていた人です。

面談では、まず仕事など日常の近況を話し、その後でこう聞かれました。

「これからの礼拝はどうする?」

私は「行くつもりはありません」と答えました。

すると家庭部長は「どうして?」と理由を尋ねてきました。
私は、「個人的な考えですが、御父母様(教祖)にも信仰にも、もう納得がいっていないからです」と伝えました。

するとすぐに言われたのが、

「今ね〜、SNSでいろいろ悪く言われてるもんねぇ。ららまるちゃんもそういうのばっかり見るでしょ?」

それを聞いた時、私はまるで、 “悪い情報に流されて信仰を失った” と言われているように感じてしまいました。

私は現役二世のXでの声も、YouTubeも、遊説活動をしているNABIの発信も見ています。
むしろ長く信仰してきたからこそ、教会の良いと言われる面も知っています。
だからこそ、あたかも「悪い情報に流されただけ」という前提で話されることには違和感がありました。

ただ、この家庭部長のおかげで今の両親との関係が落ち着いているのも事実です。
私の意向を心の底では不服に感じているのかもしれませんが、表向きは尊重してくれていることに、素直に感謝しています。

3. 信仰を続ける友人との噛み合わなさ

 もう一つは、昔から一緒に活動してきた二世の友人たちと久しぶりに会ったことです。
彼らは今も信仰を続けています。

 話の中で「もし自分の子どもが祝福を受けたくないと言ったらどうする?」という話題になりました。

友人はこう答えました。

「子どもが神と繋がっているかどうかが大事だから」

私は分からなくて聞きました。
「それは祝福を受けなくてもいいってこと?それともダメってこと?」

すると、

「祝福を“手段”として見てるから、良い・悪いという風にしか考えられないんだよね」

と返ってきました。

(…???)

さらに彼はこう続けました。

「子どもが“神と繋がる”ことをゴールとして選んだ決断なら、認めざるを得ない。でもその責任は親が持つし、いつか戻ってくるのを待つしかない」

(……???)

私はそもそも「神と繋がる」がゴールであるという前提自体が分かりませんでしたが、

“戻ってくる”
“責任を負う”

この言葉の使い方から、結局は
祝福を受けない=本来の道から外れる=悪い・間違っている
という前提が隠れているのでは?と思いました。

それ以上問いかけても明確な答えは返ってきませんでした。
でも、ふと昔の自分を思い出しました。
質問に対して論理的に答えるのではなく、ただ“自分が信じたいこと”を語っていたなと。
信仰の世界では、理屈や説明よりも
「自分が心から信じている」という感情の確信のほうが優先される。

そういったことを改めて実感した出来事でした。

4. 絶対的な信仰より、自分で選ぶ生き方へ

 友人は「絶対的な軸が必要だ」と何度も言いました。

「どれだけこの世で辛いことがあっても、神様は私を愛してくれているという絶対的な確信があるから強く生きていけるんだ」と。

絶対的な神。
絶対的な目的。
絶対的なゴール。

その絶対があることで強くいられるなら、その人にとっては良いことなのだと思います。
でも、それを全ての人に当てはめようとする姿勢には、少し危うさも感じました。

 むしろ私は、信仰を抜けたことで、世界が以前よりもクリアに見えるようになったと感じています。

自分が生まれた意味も使命も、これから探していけばいい。
善も悪も時代や立場で変わる。
たくさんの人の価値観に触れて、学んで、考えて、少しずつ自分という人間をつくっていきたい。

私は、そういう柔軟な生き方をしたいと思っています。

 今の私は、前よりも自分らしくいられているし、自信もついてきたし、そしてなにより幸せです。

親のことを思うと心苦しさはありますが、それでも、私はこれから自分の道を生きていきたいと思っています。



最後まで読んでくださり、ありがとうございます。


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