【プロンプト・オブ・ハピネス】③
第二十章 Maja(マヤ)を見送った後に
風は心地よい冷たさをもたらし、空港の展望台から広がる景色は、無限の青さに包まれていた。マヤの搭乗した飛行機が、滑走路を滑り出し、やがて空へと舞い上がり、豆粒のように遠ざかっていく様子を見送りながら、私の心は不思議なくらいに空っぽになっていくようだった。まるで、大切な何かを置き忘れてきたかのように、胸の奥にぽっかりと穴が開いたような感覚だった。
自分の帰りの便までまだ時間があったので、私は喫茶店へと向かった。窓辺の席に座り、暖かいコーヒーカップを両手で包み込む。指先に伝わる温かさと共に、マヤと過ごした数日間の思い出が、鮮やかに心に蘇ってきた。
「あの笑顔が忘れられないな」
ひとりごとのようにつぶやくと、私はコーヒーの湯気越しに、遠くの空に思いを馳せた。カフェの喧騒がぼんやりと耳に届く中、彼女との微笑ましい思い出の数々が、次々と目の前に浮かび上がる。空港での出会い、共に過ごした夜、笑い合った時間。その全てが、今、心の中でまばゆい光を放っているようだった。過去のきらめきに心を委ねながら、私は幸せの余韻に身を委ね、その瞬間を深く、深く心に刻んでいった。
やがて、家に帰るフライトの時間が迫り、私は重い足取りで搭乗ゲートへと向かった。飛行機の中でも、私の頭の中はマヤとの再会計画でいっぱいだった。様々なアイデアが頭をよぎり、それらが絡み合い、やがて一つの明快な方法が思い浮かんだ。
スウェーデンはワーキングホリデーを受け入れている国だ。ワーキングホリデーのビザを取れば、1年間スウェーデンに滞在できる。
その考えが頭に浮かんだ瞬間、私の心に希望の光が差し込んだ。
具体的な計画が、次々と頭の中で組み立てられていく。まず、パスポートを用意し、往復のフライト料金やスウェーデンでの生活費を賄える十分なお金を準備する。また、スウェーデンの医療をカバーする包括的な健康保険にも加入しなければならない。さらに、ワーキングホリデー許可の申請手続きを進め、必要な手数料を支払う。現地で仕事を見つけるために、現地での生活に備えてスウェーデン語も少し勉強しようと考えた。すぐに仕事が見つからない場合を考えて、経費その他もろもろ合計100万円くらいは用意しておくべきだと思った。
家に帰り着くと、母親が心配そうな表情で玄関で迎えてくれた。私がマヤと出会った後、空港のカフェでの出来事を事前に母親に事情説明しておいたからだろう。
「彼女と楽しい思い出を作れたの?」
母親が優しく尋ねた。私は洗濯物を渡しながら、頷いた。 「うん、楽しんでくれたよ」
母親はほっとしたような笑顔を浮かべ、 「受験で失敗したから心配してたけど、楽しんだんだったら良かった」
その言葉に、私はわずかな罪悪感を覚えつつも、しかし確かな希望を胸に、自室へと入った。部屋に入ると、迷うことなくパソコンを立ち上げた。すぐにスウェーデンに関する情報、ワーキングホリデーの具体的な申請方法、そしてパスポートの申請手続きについて調べ始めた。
一般旅券発給申請書1通、戸籍謄本(全部事項証明書)1通、写真1枚、そして本人確認書類1点が必要であり、申請費用は10年間有効なパスポートであれば16,000円だった。パスポートの取得に必要な手続きや書類についての情報を探し、明日、パスポート申請に行く準備を整えた。私の心は、もう次の冒険へと向かっていた。それは、マヤに再会するための、最初の一歩なのだ。
第二十一章 Maja(マヤ)のメッセージ
次の日の朝、私は逸る気持ちを抑えながら市役所へと向かい、戸籍謄本を取得した。その後、スピード写真機でパスポート用の写真を撮り、そのままパスポート申請所へと向かった。手続きの途中で、スマートフォンが静かに震え、マヤからのメッセージが届いた。
「今、ストックホルムの空港に着いたよ」 「私の住んでるところは、ここから車で約30分くらいのところです」 「20時間のフライト、とても疲れました」 「でも、あなたとの思い出を考えてたら、楽しくてあっという間のフライトだったよ」 「もうすでにあなたに会いたい」
遠く離れた場所から届いた彼女の言葉は、私の心を温かく包み込んでくれた。多くの人が行き交うパスポート申請所で、私はメッセージを読み終えた時、気づいたら頬を涙が伝っていた。私の心が喜びと感動で満たされ、同時に、彼女もまた同じ気持ちでいてくれたことに、少しだけ安堵した。私たちは遠く離れていても、この距離を越えて心がつながっていることを、確かに感じた瞬間だった。
私は震える指でメッセージを返信した。 「長時間のフライト、本当にお疲れ様」 「マヤも同じ気持ちでいてくれて、とても嬉しい」 「僕も、今すぐにマヤに会いたい」 「パスポートが出来次第、ワーキングホリデーの手続きをして、必ずマヤに会いに行くつもりです」
メッセージを送り終えた後、私はスウェーデンへの旅行方法や、ワーキングホリデーの手続きについて、さらに詳しく調べ始めた。パスポート申請書を埋めながら、私の心は高揚していた。未来への計画が、少しずつ、しかし確実に形になっていく。
すると、再びマヤから返信が届いた。 「本当?本当なの?とても嬉しい!」 「あなたの決断力と行動力は、本当に素晴らしい」 「初めて会った見知らぬ外国人の私に、突然一緒に旅行に来てくれと言われて、躊躇することなく了解してくれた」 「私の心配や不安を吹き飛ばし、最高の旅行にしてくれた」 「あなたのその決断と行動力は、尊敬に値します」 「待ってる。必ず、来てください」
つづく
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