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時をかける少女


私は、狂ってしまったのかもしれぬ――。

その恐ろしい疑念が胸に押し寄せたとき、私は一人、自室の畳の上に膝を抱え、体の震えを止めることができずにいた。

昨日起きたはずの出来事が、今日再び目の前で寸分違わず繰り返される。母の淹れてくれた茶の温もりも、友人の笑い声も、すべてが一度観た活動写真のフィルムを巻き戻して見せられているかのように、無機質で、不気味な悪夢となって私を苛むのだ。誰に相談できよう。こんな奇妙な話をしたならば、私は直ちに精神病者に仕立て上げられ、薄暗い部屋に隔離されてしまうに違いない。自分という存在の確かな足場が、じわじわと崩れ去っていく暗黒の恐怖。私は恐ろしさのあまり、声を殺して泣いた。

その孤独のどん底で、私を救い出してくれたのは、転校生の深町一夫さんであった。

夕闇が校舎を呑み込みかける理科実験室。紫色の、あの惑わしいラベンダーの香気が漂う暗がりで、私は一夫さんと対峙していた。

「和子さん、恐怖におののくことはありません。狂っているのは、あなたではないのです」

彼の声は、身を切るほどに静かで、そしてどこまでも優しかった。彼が明かした真実は、あまりにも突飛で、しかし私の荒んだ心を不気味なほど穏やかに鎮めていった。彼は、遠い未来の世界からやって来た人間だという。緑の絶えた、冷たい硝子と鉄に囲まれた未来から、ただひとときの夢を求めて、この時代へ流れてきたのだと。

「私は、この時代であなたに出会えてよかった。あなたの笑う顔を、その温かい手を、私は一生忘れないでしょう」

一夫さんが私の頬にそっと触れた。その指先は驚くほど冷たく、しかしそこから伝わってくるのは、間違いなく血の通った一人の青年の、狂おしいほどの愛おしさと切なさであった。

この悲しい未来人は、私の狂気の正体であったと同時に、私の世界のすべてになっていたのだ。

「けれど……私は去らねばなりません。そして、あなたの記憶から、私の存在を消し去らねばならないのです」

その言葉を聞いた瞬間、私の胸は裂けるような痛みに襲われた。時間が巻き戻る恐怖など、一夫さんを失う苦しみに比べれば何ほどのことがあろう。記憶を消される? 彼と過ごした愛おしい日々も、この胸のときめきも、すべて無かったことにされるというのか。

「嫌……嫌です、一夫さん! 忘れたくありません! どんなに恐ろしくてもいい、あなたを覚えている私でいたい!」

私は恥じらいも捨て、彼の胸にしがみついた。彼の着物の布地を強く握りしめ、ボロボロと溢れ出る涙でそれを濡らした。消されたくない。この胸の痛みを、彼という人間を、永遠に抱きしめていたい。私は必死に、彼の鼓動を、その匂いを、魂に焼き付けようと胸を叩かせた。

一夫さんは私を強く抱きかえし、その顔を私の髪にうずめた。彼の肩が、かすかに震えているのが分かった。冷徹な未来人などではなく、彼もまた、私との別れに身を焦がす一人の人間だったのだ。

「ごめんなさい、和子さん……。私を許してください」

彼の悲痛な囁きとともに、暗がりの中からあの強いラベンダーの香気が立ち昇った。視界が白く染まっていく。私は彼の袖を離すまいと指に力を込めたが、意識は残酷にも遠のいていく。

(忘れない……絶対に、あなたを……)

……目を覚ますと、私は誰もいない理科室の床に横たわっていた。

夕暮れの赤色が、窓硝子を通して室内を茜色に染めている。頬には、乾いた涙の痕が冷たく残っていた。

私はゆっくりと立ち上がり、自分の手を見つめた。何か恐ろしく大切なものを、胸の奥から根こそぎ奪い去られたような、ぽっかりとした虚無感がそこにあった。なぜ自分が泣いているのか、誰のために涙を流していたのか、いくら思い出そうとしても、頭の中には靄(もや)がかかったように何も浮かんでこない。

それでも、私は窓辺に寄りかかり、茜色の空を見上げた。

理由も分からぬまま、溢れ出て止まらない涙が、再び頬を濡らしていった。記憶は消えても、胸の奥底に刻まれた痛みの記憶だけは、消し去ることができなかったのだ。

いつか……いつの日か、この胸の穴を埋めてくれる誰かが、どこかから現れるような気がしてならない。私は小さく息を吐き、静まり返った校舎を後にしたのでございます。


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