秋時雨
石灯籠
濡れて深むる
秋時雨
しとしとと、音もなく降り始めた雨は、細い糸のように京都の街に落ちていた。
畳の縁に座り、庭を眺める。庭石も、色づき始めた紅葉も、そして苔むした石灯籠も、雨に濡れて一層深い色を帯びている。伽藍を巡る旅の途中で立ち寄った小さな宿坊。予約した時には晴天を期待していたが、これもまた、秋の京都が持つ風情なのだろう。
スマホで天気予報を確認すれば、一日中「秋時雨」マーク。 はぁ、と小さく息を吐いた。
「雨の京都もまた乙なものですよ」
宿坊の女将が、温かいお茶と菓子を運んできてくれた。その言葉に、どこか肩の力が抜ける。慌ただしい日常から逃れるようにやってきた一人旅。雨に足止めを食らうのも、悪くないのかもしれない。
旅のしおりを広げ、次の目的地を再考する。嵐山の竹林も、清水寺の舞台も、きっと雨に濡れて幽玄な美しさを増していることだろう。しかし、この雨の中、傘を差して歩き回る気にはなれなかった。
部屋の窓を開け放つと、ひんやりとした湿った空気が流れ込んでくる。雨の匂い、土の匂い、そして遠くで焚かれる薪の匂い。五感が研ぎ澄まされるような、清々しい香りだった。
そうだ。行きたかった場所があった。 少し足を延ばせば、風情ある小さな甘味処がある。そこで、温かいぜんざいを食べるのも良いだろう。それから、しっとりと濡れた路地裏を、ゆっくりと歩いてみるのも。
誰にも急かされることのない、贅沢な時間。 雨音だけがBGMとなり、心の中のざわめきを静かに洗い流してくれる。 窓の外の紅葉は、雨粒を纏い、まるで宝石のように輝いていた。
旅とは、計画通りに進むことだけが全てではない。 予期せぬ雨が、新たな発見と、普段は気づかない心の静けさを運んでくることもある。
私は、傘を手に立ち上がった。 雨の京都。秋時雨に濡れる一人旅は、きっと忘れられない思い出となるだろう。
完
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