スイカゲームってアイディアを思いついた瞬間に似ているから人気になったのかも
アイディアを思いついた瞬間って、スイカゲームで果物同士がくっついて、大きな果物になるときに感じるカタルシスに似ていると思いました。
フルーツがボックスから溢れないように、
同じフルーツ同士をぶつけ合おう。
フルーツ同士をぶつけると、
フルーツが”シンカ”するよ。
2つのスイカをぶつけると・・・!?
スイカゲームと発想の似ているところ
アイディアがパッと思いつく瞬間は何に似ているのかと考えたとき、スイカゲームに似ていると思いました。スイカゲームでは、同じ果物同士をくっつけるとより大きな果物にシンカします。異なる考えが頭の中で結合して、新しいアイディアを思いつくことがあります。推論や帰納であれば、筋道を立てて説明できるのですが、思いつきについてはうまく説明できません。ただ、頭の中でメロン同士がくっついて、スイカになったのだとしか言いようがありません。ゲームであれば、何と何をくっつけたら良いか一目瞭然ですが、アイディアの場合は何がくっつくのかは予想がつきません。ただ、化学反応を起こして、大きな考えに統合されます。そして、どんなアイディアが生まれるのかも予想がつきません。果物がシンカするときの瞬間的に別のものに変わる離散的な変化、そして、統合されることによって空白が生まれるカタルシスの感じが、似ていると思いました。
生憎なことに、スイカゲームは観戦しただけで、実際にプレイしたことはありません。ですが、アイディアを思いついたかのような解放感が人気の秘訣なのかもしれません。「ぷよぷよ」や「テトリス」といったゲームが人気なのも頭の中のパズルを解くような作業感と爽快感が長らく愛される要因なのかもしれません。ブロック同士が反応する瞬間の快感を脳が求め続けてしまうのだと想像します。
発想という思考
アイディアを思いつく、発想、とは演繹、帰納に並ぶ推論の一形態です。仮説を生み出すプロセスであり、次のようなプロセスを経ます:
観察: 何らかの事実や現象を観察します。
仮説生成: 観察された現象を説明する尤もらしい仮説を考えだします。
検証: 生成された仮説が正しいか検証されます。
スイカゲームの件は喩えなので、検証できませんが、科学やビジネスにおいては生み出されて仮説を実験し、正しさを評価します。頭のなかに記憶容量の枠があって、その中に様々なデータを蓄えておきます。
発想のメタファ
似ているからなんだとはなります。役に立つのは多少視覚されていることでしょう。果物が少ないとくっつく機会も減りますが、多すぎても溢れ出してしまいます。自分にとっての容量を見極めるということが大事だと言えましょう。果物が全く動かないと反応しないので、多少、果物が動けるゆとりも重要です。
何が言えるかというと難しいところですが、できる限り、たくさんの知識やデータを頭の中に入れておくということでしょうか。動かせるように時々、記憶を思い出したり、記録を参照するのも良いかもしれません。何よりも、アイディアを思いつくのはぼーっとしているときが多い気がします。つまり、頭の中が、緩んで情報が動きやすくなっている状態にするのが良いと言えるかもしれません。
終わりのメッセージ
スイカゲームが発想に似ているかもしれないという話でした。アイディアを思いつきたいときは、スマートフォンを手放して、ぼーっとする時間をとってみてはいかがでしょうか? あなたの頭の中でスイカが生まれるやもしれません。
