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月を掬うクレーン

夜に買い物をして帰宅していたら、工事現場の近くを歩いていたら大きなクレーンがありました。それと同時に月が夜空に浮かんでおりました。クレーンと月が重なっていたら面白かったのですけれど、そう都合よくは行きません。離れていたので、ちょっと場所を移動することにしました。

帰宅しようとすると月とクレーンが離れてしまうので、うまく重ねるには一旦、家から遠ざかる方向に移動しないといけません。一瞬、迷いましたが、遠回りも良いだろうということで、月とクレーンが重なる位置まで戻りました。なんとも無駄な行為ですけれど、たまに良いでしょう。

うまく月とクレーンが重なるところを見つけることができました。周囲はみんなスマートフォンを操作しているので、このことに気づいている人はいません。世界で私だけが気づいているという優越感に浸っていました。こんなに面白いことがあるのに。と言う機会もないので、noteに書いておくことにします。

 クライアントや学生のあいだでよく見られるのは、「ユーモアは何もないところから生み出すもの」という誤解だ。だが実際は、身の回りの不可解なことや不条理に気づき、予想外のやり方でその正体を暴くところに、ユーモアが生まれることが多い。

ジェニファー・アーカー、ナオミ・バグドナス『ユーモアは最強の武器である』東洋経済新報社、2022、p. 108

こうやって書くと、なんだかとっても幻想的と言いますが、いい感じのように見えますけれど、実際に現実で見ても意外と大したことがないと思ってしまったりします。例えば、noteで桜の記事を見るととても綺麗に見えるけれど、実際に自分で見るとこんなものかと思ったりするみたいな。

文章に書いて適度に美化されることもあるなと思ったり、現実で感動するにはただ見るだけではダメなのだなと思いました。自分で月にクレーンを重ねるという工夫と言いますか、発想があるからこそ楽しめるのだなと。ある種のユーモアみたいな。

ユーモアには事実とミスディレクションが重要だと言います。月はクレーンでは掴めないが、視点を変えるとそういう錯覚が起こせるという面白さですね。ユーモアがあると色々とうまく行くことがあるというので、なるべく鍛えたいところ。あとはミステリー的な発想にも役立つのではないかと期待して、練習の一環としてユーモアを鍛えたいという考えはあります。

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