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「まだ、あの灯りはある」

夏が終わり、秋めいた休日。

叔父がいつものように「行こうか」と私を誘ってきた。

母は慣れた様子で笑いながら「いってらっしゃい」と言う。

私は急いで靴を履き、少し大股で歩く叔父の後ろを追いかけた。

外へ出ると、風はもう夏ではなかった。

陽射しはまだ残っているのに、空気の奥に秋の気配が混じっている。

どこからか金木犀の香りがふわりと漂ってきた。

叔父は口数の多い人ではない。

けれど、一緒にいる沈黙は嫌ではなかった。

煙草に火をつける仕草や、信号待ちで空を見上げる癖まで、子供だった私はなぜか好きだった。

タクシーに乗り、しばらく街を走る。

窓の外を流れていく景色をぼんやり眺めているうちに、車は静かな通りで止まった。

着いた場所は喫茶「花の木」だった。

重たい木の扉を開けると、一瞬にして世界が変わったかのように感じた。

店の中は薄暗く、市松模様の床に、真鍮や銅のテーブルが鈍く光っていた。

コーヒーの香りと古い木の匂いが混ざり合い、まるで映画のセットの中に迷い込んだようだった。

クラシック音楽が小さな音で流れている。
窓際では老人が静かに本を読み、奥の席では恋人同士らしい二人が小声で話している。

そして、新聞を読んでいる男性。

誰も大きな声を出さず、それぞれが静かな時間を持ち寄って、この店の空気を作っていた。

特に魅力だったのは、“時間が止まっている感じ”だった。

あとから知ったけれど、「花の木」は京都の純喫茶好きの間ではかなり有名な店だった。

観光客で賑わう京都とは違う、そこに暮らす人たちの“生活の京都”が静かに流れている場所。

濃いめのコーヒーを飲みながら、誰も急がず、誰も騒がない。

ぼんやり煙草の煙を眺めているだけで、時間の流れ方まで変わるような店だった。

叔父は慣れた様子で席に座り、「好きなの頼め」とメニューを渡してくれた。

私は少し背伸びをしてミックスジュースを頼んだ。

叔父はブレンドコーヒーだった。

しばらくして、叔父はコーヒーカップを静かに置いた。

そして、店の奥にいた誰かをじっと見つめている。

その目は、ただならぬものを見た時の目だった。

私は叔父の視線の先を追った。

そこには、一人の男性が座ってコーヒーを飲んでいた。

黒っぽい服を着て、静かに新聞を持つ姿。

周囲とは少し違う空気をまとっているように見えた。

「誰?」

私が小声で聞くと、叔父は答えないまま立ち上がった。

そして、その男性の席へ歩いていく。

何やら二人でボソボソ話している。

しかも叔父は、どこか緊張したように低姿勢だった。

やがて男性は笑顔になり、叔父へ手を差し出した。

叔父は深く頭を下げながら、その手を握った。
仕事関係の人なのかな──
子供だった私は、ぼんやりそんな事を考えていた。

すると叔父が私の方を向き、手招きをした。

私は少し緊張しながら席を立ち、二人のところへ向かう。

「私の甥です」

叔父がそう紹介すると、私は慌てて頭を下げた。

「こ、こんにちは」

男性は優しい笑顔で私を見て、
「小さいのに、お利口さんだ」
と言いながら頭を撫でてくれた。

大きな手だった。

でも、不思議と怖さはなく、静かな温かさがあった。

叔父は再び頭を下げ、

「それでは失礼します」

と言って席へ戻った。

私は小声で聞いた。
「誰なん?」
叔父は少し得意そうに笑いながら言った。

「俳優の高倉健 さんや」

それでも、子供だった私はよく分からなかった。

ただ、叔父が少し興奮していた事。

店の空気がいつもより静かに感じた事。

そして、あの健さんの目だけは妙に印象に残っていた。

大人になってから映画の中の 高倉健 さんを見るたびに、私は「花の木」の薄暗い灯りを思い出す。

コーヒーの香り。

市松模様の床。

真鍮のテーブル。

クラシック音楽。

煙草の煙。

そして、子供の私の頭を静かに撫でてくれた、あの大きな手を。

あの日の叔父は、憧れていた映画の世界にほんの少しだけ触れて、少年みたいに嬉しかったのだと思う。

そんな「花の木」が、2026年6月29日で閉店すると知った。

六十年以上。

高倉健 さんをはじめ、多くの映画人や地元の人たちに愛された昭和の純喫茶が、静かに幕を下ろす。
その知らせを見た時、胸の奥にぽっかり穴が空いたような気持ちになった。

また一つ、叔父との思い出の場所が消えていく。
人はいつかいなくなる。
店も、街も、時代も少しずつ姿を変えていく。
けれど不思議な事に、「花の木」の記憶だけは、私の中で古くならない。

秋の匂い。

タクシーの窓。

薄暗い店内。

叔父の横顔。

そして、静かに流れるクラシック音楽。

あの店には、確かに“時間が止まっている瞬間”があった。
だから閉店と聞いても、どこか実感が湧かない。

あの扉を開ければ、今でも叔父が煙草をくゆらせながら座っていて、奥の席には 高倉健 さんが静かにコーヒーを飲んでいる気がする。
思い出の場所というのは、建物の事ではないのかもしれない。
誰かと過ごした時間そのものが、場所になる。
だから「花の木」がなくなっても、

あの秋の日の空気だけは、これからも私の中で静かに灯り続けるのだと思う。

#創作大賞2026 #エッセイ部門

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