「普通のサラリーマン」でいることに、誇りを持てた日。
「普通のサラリーマン」でいることに、少し自信をなくしていた時期がありました。
SNSを見れば、起業した人。会社を経営している人。海外で活躍している人。若くして大きな成果を出した人。そんな人たちが目に入ります。
それに比べて自分は、毎朝、同じ時間に起きて、電車に乗って、会社に行って、仕事をして、家に帰る。何か大きなことを成し遂げたわけでもない。テレビに出るわけでもない。誰かから、「すごいですね。」と言われるような仕事でもない。
「自分は、これまで何をしてきたんだろう」
ある時、ふと考えました。「自分は、これまで何をしてきたんだろう。」そんな気持ちになったんです。
玄関に並んだ、いつもの光景
でもある日、会社から帰ってきて、玄関を開けると、家族の靴が並んでいました。いつもの光景です。リビングから声が聞こえて、冷蔵庫には明日の朝食が入っている。棚には、子どもの保育園からのプリントが置いてある。
それを見て、ふと思いました。この「いつも通り」は、誰かが毎日働いているから、続いているんだな、と。
「こんな普通のこと」と思っていた
朝起きて会社へ行く。嫌なことがあっても、簡単には投げ出さない。誰かに頼まれれば、できる範囲で応える。失敗すれば謝る。給料をもらったら、家の生活費を支える。休日には、家族と過ごす。
そんなことを、何年も何年も繰り返してきた。それまで私は、「こんな普通のこと。」と思っていました。
でも、普通のことを、何十年も続けることは、決して簡単なことではありません。
それでも翌朝になれば
仕事で嫌なことがあった日もあった。上司に叱られた日もあった。思うように評価されなかった時期もあった。辞めたいと思ったことだってある。
それでも翌朝になれば、またネクタイを締めて、会社へ向かった。それだけでも、十分に頑張ってきたんじゃないか。そう思えるようになりました。
誰にも拍手されない仕事の積み重ね
私たちはつい、「何を成し遂げたか。」で自分の価値を測ってしまいます。でも、何かを成し遂げることだけが、人生ではありません。
家族が安心して暮らせるように働いた。誰かの仕事を支えた。後輩に仕事を教えた。取引先との約束を守った。毎月きちんと生活を回した。
そういう、誰にも拍手されない仕事の積み重ねが、誰かの日常をつくっています。そして、「普通」と呼ばれる毎日は、決して誰にでもできるものではありません。
積み重ねてきたものは、なくなっていない
40代、50代になると、若い頃のような勢いがなくなったと感じたり、「自分には何が残っているんだろう。」と思うこともあると思います。
でも、これまで積み重ねてきたものは、なくなっていません。失敗した経験も。人間関係で悩んだ経験も。何度も仕事を覚え直した経験も。家族を守るために、やりたいことを我慢した経験も。全部、今の自分の中に残っています。
「毎日を投げ出さなかった人生」
だから、「普通のサラリーマンだから。」と、自分を小さく見なくてもいい。
毎朝会社へ行き、一日を働き、誰かの生活を支え、また明日も働く。その繰り返しを、何年も続けてきた。それは、「何もなかった人生」ではなく、「毎日を投げ出さなかった人生」なんだと思います。
大きな成功なんて、なくてもいい。誰かに認められなくてもいい。今日も働いて、家に帰って、「ただいま。」と言える。それだけでも、十分に誇っていい。
以前より、少し胸を張って
私は今、「普通のサラリーマンです。」と聞かれたら、以前より少し胸を張って、「はい、そうです。」と言える気がします。
普通に働く。普通に暮らす。普通の日を、一日ずつ積み重ねる。その「普通」を守るために、私たちは、思っている以上に頑張ってきたのだから。
特別な人になれなかったとしても、何も成し遂げていないわけじゃない。今日まで働いてきた。今日まで暮らしてきた。今日まで、大切な人を守ってきた。
それだけで、もう十分、誇っていい人生だと思います。
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