見出し画像

プロフィール・「仕方なく保育士をする」から「やりたいから保育士をする」に変わった理由

はじめまして。保育士をしながら傾聴やカウンセリングを日々学ぶ
山﨑一澄(やまさきいずみ)と申します。

今でこそ、悩める保育士さんを支えたいと思えるほど保育のお仕事が好きだし、自分自身も続けていきたいと感じています。

が、、、私自身、そんなに順風満帆な保育士人生を歩んで来たわけではありません。

ここでは、傾聴やカウンセリングを学んで、保育を始めとした私の生き方がどんな風に変わったのかをお伝えします。

「保育士しんどくて限界」そんな風に思う保育士さん。ちょっと立ち寄ってみてくださいね。


【生い立ち】幼少期の体験が後の保育士人生を苦しめる

「いつも明るいね」と言われて育ちました。でもそれは、特別元気だったのではなく、自分には取り柄がないと思って、せめて元気なふりをしていたにすぎません。勉強が苦手、特別胸を張れる特技もない。

そんな中「明るい子」と言われることで、自分の存在価値を保っていたのかもしれませんね。
「どうせ何をやってもダメなんだ」と、人と比べられて落ち込むのが怖くて、そもそも比べられる土俵にすら上がらないようにしていました。

嘘で誤魔化すことや、頑張らないための言い訳を重ねていくうちに、明るさは自分の武器であると同時に仮面と化していきます。周囲の期待に応える=「明るい能天気さ」が条件だという思考が染み付いていきました。

「明るくて元気」という評価だけは保ち続けようとしていたのです。

その結果、周囲に相談することなく、自分の中で全てを処理しようとする癖が身についていました。失敗を隠すための言い訳、自分を守るための嘘。

これが、ここから始まる保育士人生を暗黒期と導きます。

【保育士になった理由】全力の逃げから保育士を選択

恥ずかしい話ですが、私は「何がしたいか」ではなく、「勉強はしたくない!」と全力の逃げ腰体制で、保育士を選択しました。

それも今思えば、何かに挑戦してもできない自分が怖かったり、ちゃんとした進路を考えている風だと親を安心させられると思ったのでしょう。

高校を卒業後、短大に進学。
課題は大変だった。でも友達とワイワイ言いながら何とか乗り切った。
実習もほとんど寝れずに辛かった。でも、子どもはかわいかった。「これさえ乗り切れば保育士になれるじゃん!」と勢いで押し切った。

そして、保育士デビューを果たすも…

【驚愕】え!?私、保育士できないんじゃない?

短大を卒業後、全園児合計200人を超える大規模の認可保育園に就職。
「子どもかわいい」「あんなに大変な実習も乗り越えられたんだから大丈夫」なんて自分に言い聞かせていたものの、そんな理想は一瞬にして崩されます。

自分の近くのトラブルを止められない

「まずは子どもの安全を守るのが第一」そんな、当たり前のようなことが出来ない。気付けば噛みつきにひっかき傷。

入社1年目は、子どもと遊ぶなんてできませんでした。怪我が起きないように目の前にいる子どもを見ずに常に周りを見ることに必死の毎日でした。

行事の準備がしんどすぎる

運動会に発表会。子ども達にどんなことさせる?衣装作らなきゃ…
自分のクラス以外にも、七夕やクリスマスの行事進行が当たれば憂鬱さは倍増。
とにかく早く終わってほしいと思う日々でした。

周囲の保育士の目線が痛い

「今日の延長保育は〇〇先生と一緒だ…怖いな」「クラスで怪我があると主任に怒られる…」
何でこんなにしんどいの?体力にも自信があったし、子どもも大好きだったはず。ふと考えると、私は子どものための保育をしていない。他の先生に好かれることが第一になってない??

気付けば子どもに怒っている自分

「怪我は絶対にさせられない」「廊下は静かにさせないと」
自分のクラスはお利口さんでいてもらわなくちゃ!

「子どもともっと笑って過ごしたい」「怒るんじゃなくて良いとこ見つけたい」そんな自分の気持に蓋をして、『周囲の先生から見ての良い先生』を演じ続けていました。

【悪循環】結局逃げては苦しむループ

今思えば、こんな先生は保育士失格だなってくらいダメダメだったなと思うんです。だって、自分の周囲からの評価を気にして子どもの快適さよりも自分の快適さを優先させてるんですから。

薄々これではいけないと感じていたけれど、当時はやめられなかった。その理由は、

「間違いを指摘されること」「自分の未熟さを直視すること」が怖かったからです。
叱られる、責められる、失望される…そんな未来を勝手に想像して、真実から目を背けてきました。そもそも、おバカだけど明るく元気な子というポジションで生きてきたので、傷付きたくないし、落ち込みたくもない。

だからこそ相談もできず、ただひとりで抱え込んで、ますます苦しくなっていったのです。本当は、「間違っても、できなくても良かった」のに、自分にそんな許可が出せなかった。

過ちと向き合うことが一番の近道だったと気づいたのは、随分あとになってからでした。

【限界】主任と大喧嘩

保育士として働くことに違和感を抱きながらも、「せっかく親に学費払ってもらって保育士になったんだから…」という変に強い使命感に駆られていた私は、絶対に辞めるもんかと意地を張っていました。

そんなこんなで迎えた9年目の最終日。

「一人くらい事務所の手伝いに来れないの?平和に遊んでるけど」
という主任の一言に爆発してしまいます。

「クラス最後の日くらい、クラスの子ども達と伸び伸び遊んだって良いじゃない」
「周りを見て動けって言うけど、主任の顔色伺って保育士がオドオドするのがどれだけ子どもにも先生達にも負担なのか、わかってないじゃない」

言い出すと止まらなかったし、もうこの園ではやっていけないと悟りました。

【退職】もう保育士なんてしない!

主任と喧嘩をして退職を決意するも、次年度の人事は発表されていたので、次の1年は頑張ろうと気合を入れ直しました。

主任もちょっと言い過ぎたのかな…なんて思ったのか、以前より少し気を使ってくれるようになるものの、やっぱり本質は変わらない。子どもといる時間も楽しさよりもしんどさが勝ってしまう。

保育士はもうしない!

そう思って3月に退職しました。

【再就職】相手の気持ちに気づく

退職後、職業訓練校に通って一般事務を学ぶも、結婚出産を理由に2年ほど専業主婦を経験します。子どもが1歳を迎えるころ、経済的な面も考えて再就職が頭によぎったとき、

選択肢として出てくるのはやっぱり保育士でした。保育士がしたいというよりは、保育士しかできない…

子どもも小さいので、早番遅番のない、時間固定のパート保育士として小規模保育園に入社します。復帰後思ったのが、親として子どもを預けるってこんな気持ちなんだということでした。

「お母さんってこんな気持ちで迎えに来るんだ」「昨日までお休みしてたけど今日は大丈夫だったかな?」今まで以上に相手の気持ちに寄り添うことの大切さに気づきます。

そして、「パートの先生ってこんな気持ちだったのかな?」「あの先生、イライラしがちだけど上手くいかないことがあるんだろうか?」

そんな風に相手視点に立てた自分をもう一歩引いて見たとき、「大喧嘩した主任は主任で園長からのプレッシャーもあって大変だったのかな…」

なんて思えてきて、自分の余裕のなさが自分を苦しめ続けていたことに気づきました。

【発見】仕事中、こんなに爆笑できる職業はない

今、保育の仕事がとても好きです。

パートということもあるかもしれないけど、リーダーをするのも行事も不安より楽しみが勝ります。

先日、同僚が「一回保育士辞めてみようかな〜何ができるかな〜?」なんて呟いていたのを聴いて、

子どもの発言や言動のおかげで、こんなに仕事中に爆笑できる職業ってないんじゃない??という発見をし、ますます保育士って良いな…なんて思います。

【心の仕組みを知りたい】カウンセリングを学ぶ

二度と保育士はしない。そう思いながらも保育士しかできないから再就職したはずが、保育の仕事が大好きになっていた。

何だか人の心って不思議ですよね。心の仕組みがわかればもっと楽しくなるんじゃない??そう思ったのをきっかけに、以前から興味があったカウンセリングを学ぶことしました。

すると、働くうえで、生きていくうえで大切なのは自己一致だと学んだんです。
自己一致とは、「自分の心と行動が一致していること
「あ〜この行事嫌だな…でも逃げられないし、やるしかないな…」というのは自己不一致
「子ども達にピカピカできれいなトイレを使ってほしい。だから掃除がんばろう!」は自己一致

些細なことでも自己一致している部分が増えると、どんどん自分自身が楽になります。

【結論】保育士でも保育士じゃなくても良い

今、保育士がしんどいと思っている人、もう保育士なんてしないと思っている人、子どもは好きだけど今の園が嫌いな人、色んな立場の人がいると思いますが、

要は、問題は保育士をするかしないか、転職をするかしないかではなく、いかに自己不一致の部分を減らせるかだと思うんです。

そうなるには、自分に足りないことや自分がうまくできないことに向き合わなくてはいけない。それはとても大変でしんどいことだけど、そんな心の整理のお手伝いができたら嬉しいです。

いいなと思ったら応援しよう!