🌙 フラグ村とは何か|シリーズ④ 帰らずの森と、勇者ハロルド
勇者ハロルドは、
泡沫の酒場をあとにした。
扉を開けると、
外はすっかり夜だった。
霧。
湿った空気。
遠くで揺れる、村の灯り。
酒場の中の笑い声だけが、
まだ背中の奥に残っている。
🏮 夜のフラグ村
ハロルドは、
宿屋へ向かって歩き出した。
だが――
後ろから、
ぱたぱたと足音が聞こえる。
「ちょっと!」
「ちょ、ちょっと待って!」
女の声だった。
振り返ると、
ひとりの女が、息を切らしながら走ってくる。
ハロルドは、
その顔に見覚えがあった。
🛡 武防具屋の店員
武防具屋。
フラグ村を探索していた時、
一度立ち寄った店だ。
店主は、完全に腑抜けていた。
値札は適当。
商品は散乱。
会話も成立しない。
だが――
その店だけ、
妙に成立していた。
理由は簡単だ。
この女店員が、
ひとりで全部回していたからである。
しかも彼女は、
腑抜けていなかった。
完全に。
フラグ村には、
かろうじて正気を保っている村人も数人いた。
だが皆、
どこかおかしかった。
ぼんやりしていたり。
感情が薄かったり。
空気が抜けていたり。
しかし――
この女だけは違った。
妙に普通だった。
妙に、しっかりしていた。
🌫 勇者
女は息を整えると、
ハロルドを見た。
「よかった……」
「勇者さん、まだいたのね」
その瞬間。
ハロルドの眉が動く。
「……なんで」
「俺が勇者だって知ってる」
空気が少し止まった。
女は、一瞬だけ目を逸らす。
「あ……」
「えっと……」
「なんか、前に聞いた気がして」
妙に自然な言い方だった。
だからこそ、
逆に少し引っかかる。
だが――
ハロルドは、
なぜか納得してしまった。
「……まあ、そうか」
少し前まで違和感があったはずなのに、
女が自然に笑うと、
それ以上追及する気が、
妙になくなってしまう。
🪞 マーシャ
女は軽く頭を下げた。
「そういえば、まだ名前言ってなかったわね」
「私はマーシャ」
その名前を聞いて、
ハロルドは少しだけ頷く。
「それで?」
「こんな夜更けに、
勇者ハロルド様へ何の頼みだ?」
少し偉そうだった。
だが、
ハロルドとしては仕方がなかった。
この村で初めて、
まともに“勇者扱い”されたのである。
🌲 帰らずの森
マーシャは、
少し真面目な顔になった。
「村の外に、
“帰らずの森”って呼ばれてる場所があるの」
ハロルドは黙って聞く。
「昔、
フラグ村へやってきた戦士たちがいたわ」
「みんな、
強くなるために、
森の奥にある“修練所”へ向かったの」
「でも――」
「誰ひとり、
戻ってこなかった」
夜風が吹く。
霧が揺れる。
「最近、
そこへ四天王テレーゼが現れたらしいの」
「ルドラ様の敵討ちも兼ねて、
フラグ村の勇者を探してるって……」
「このままだと、
村が危ないわ」
マーシャは、
静かにハロルドを見る。
「お願い」
「なんとかして」
⚔ ハロルドの記憶
――帰らずの森。
その名前を聞いた瞬間。
ハロルドの脳裏に、
以前の記憶が浮かぶ。
村の入口近く。
ぼんやりした兵士。
槍を持ちながら、
欠伸していた男。
『帰らずの森っすか……』
『昔、
戦士とかいっぱい行ったけど……』
『誰も帰ってこなかったっすねぇ』
『まあ、
たぶん死んだんじゃないっすか?』
あまりにも軽い口調だったので、
その時は変な冗談かと思った。
だが今――
ハロルドは、
静かに霧の奥を見る。
🗡 勇者ハロルド
帰らずの森。
消えた戦士たち。
死の修練所。
そして四天王テレーゼ。
ハロルドは、
勝手にすべてを繋げた。
「なるほど……」
「生きては帰れない、
戦士の試練というわけか……」
完全に、
危険なダークファンタジーの主人公だった。
だが実際は、
訓練がきつすぎて、
戦士たちが全員バックレただけである。
🌙 依頼
「……わかった」
ハロルドは言った。
「明日、
帰らずの森へ向かおう」
するとマーシャは、
少し安心したように笑った。
「ありがとう」
そして最後に、
静かな声で言った。
「あなただけが頼りよ」
「勇者ハロルド」
その言葉を聞いた瞬間。
ハロルドは、
少しだけ胸を張った。
「……まあ、
勇者だからな」
完全に、
乗せられていた。
🌙 フラグ村とは何か|シリーズ⑤へ続く

