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未送信の ラブソング                                   第8章(その2)


送信した瞬間、呼吸が乱れた。
 


深夜の静けさの中で、画面が震えた。
 
〈……渚。ほんとに、会いたいのか〉
 
 
しばらくして、
 
〈…俺も…会いたい〉
 
その一文に、胸の奥がきゅっと縮む。
 
 
“会いたい”と言ったのは自分なのに——。
 
〈……うん。会いたい。けど……迷惑じゃない?〉
 

“迷惑”という言葉で逃げようとしていた。
 
 
〈迷惑なわけない。……でも、怖い〉
 
俊樹らしい、飾らない正直さだった。
 

渚の胸がじんわり熱くなる。
 
 
〈……私も、怖いよ〉
 
〈でも……会わなかったら、きっと後悔する〉
 
〈……後悔だけはしたくない〉
 
 
〈……渚。萩に来るか?〉
 
〈……行ってもいい?〉
 
〈……来てほしい。渚が来てくれたら……俺、多分、ちゃんと前に進める〉
 
 
その一文に、喉の奥が熱くなった。
 
涙が滲み、画面がぼやける。
 
 
〈……分かった。行く〉
 
 
**
 
(……私、何をしようとしてるの)
 
その思いが胸の奥で重く沈む。
 
 
喉の奥がぎゅっと締まり、呼吸が浅くなる。
 

隆志の穏やかな笑顔、恵那の無邪気な声
 
——ふたりの姿が次々と浮かび、胸の内側をひりつかせた。
 
 
自分が踏み出そうとしている一歩が、どれほど取り返しのつかないものなのか、頭では分かっている。
 
それでも、指先はスマホを離せない。
 
 
握りしめた手のひらに汗が滲み、画面の光が心の揺れを照らし出す。
 
家族を裏切る痛みと、どうしようもなく募る想いがせめぎ合い、胸の奥で軋むような音がした。
 
 
逃げたいのに、逃げられない。
 
渚は、自分の心がどちらへ傾こうとしているのかを、怖いほどはっきり感じていた。
 

**
 

渚が逡巡していると、
 
〈渚の都合でいい。……でも、できれば……早く会いたい〉
 

その言葉を読んだ瞬間、
 
胸の中心が痛くなり、息がふっと止まった。
 
 心臓が大きく跳ね、胸の内側がじわりと熱を帯びる。
 
まるで見えない手で胸を掴まれたように、
 
 呼吸が浅くなった。
 

“早く会いたい”
 
その言葉が、十年分の空白を静かに埋めていく。
 
 
〈……じゃあ、行く日が決まったら連絡する〉
 
〈……連絡待ってる〉
 

最後のメッセージを読み終えた瞬間、渚はスマホを胸に抱きしめた。
 
怖さも、罪悪感も、期待も、全部まとめて押し寄せてくる。
 
 
それでも——
 
会いたい気持ちが、静かにすべてを上回っていた。
 

***
 
 
翌朝、渚は目を開けた瞬間、胸の奥が揺れた。
 
昨夜のメッセージの余韻が、まだ指先に残っている。
 
 
「会いたい」と送った自分が信じられない。
 

隣の部屋からは恵那の寝息が微かに聞こえ、
 
廊下の向こうでは隆志がテレビをつける気配がした。
 

キッチンから漂うコーヒーの香りが、ゆっくりと部屋に流れ込んでくる。
 
いつもの朝のはずなのに、どこか遠く感じられた。
 
 
(私、本当に行くの……?)
 
罪悪感が波のように押し寄せ、渚は布団の中で身を縮めた。
 

それでも、俊樹の「早く会いたい」が胸の奥で静かに灯り続けている。
 
 

消そうとしても消えない、十年分の残り火。
 
渚は深く息を吸い、ゆっくりとスマホを手に取った。
 

その後、渚はいつも通り弁当を作り、
 
恵那を起こし、洗濯機を回した。
 

手は動いているのに、心だけがどこか浮いている。
 
 
(……昨夜のあれは、何だったんだろう)
 
スマホを見ないようにしながら、
 
視界の端で光る通知を意識してしまう。
 
 
隆志が「行ってくるよ」と声をかける。
 
渚は笑顔で返したが、呼吸が苦しくなった。
 

家庭の中にいるはずなのに、
 
心のどこかが、まだ深夜の画面に触れたままだった。
 

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