違う世界を生きている
先日、数年前に同じ職場で働いていた元上司や同僚と久しぶりに食事に行った。
娘が病気になる前は時々こういう集まりに参加していた。
昨年、何度か誘われていたものの、娘が入院中だったりしたので誘いを全て断っていた。
今回も本当は断ろうかと思っていたが、すでにお店の予約をされていて、しかも私が行きやすい場所を選んだと言われ、やむなく行くことになった。
娘が入院したり、私が休職していたことは一部の人に伝えていたけど、病名や亡くなったことは誰にも知らせていない。
「入院してたんでしょ?今はもう大丈夫なの?」
さすがに本当のことを打ち明けたら、その場が一気にお通夜のような雰囲気になってしまいそうで言えなかった。
「今はもう大丈夫なの?」の問いに対して頷くことが精一杯だった。
「元気そうで良かった」と言われたときも複雑な気持ちだった。
正直に「小児がんで闘病の末に亡くなった」と打ち明けたとしたら、このコミュニティの中で、自分が「かわいそうな人」として認定されそうで嫌だった。
人の先入観や固定概念というのは、なかなか強烈で、一度「かわいそうな人」と認定されたら、そのイメージをこの先ずっと払拭できない気がした。
(私の中では、ちびまる子ちゃんで自宅が火事になった永沢くんのイメージ。)
もし、正直に伝えたら、相手もショックを受けるだろうし、きっと大袈裟な慰めや励ましの言葉を掛けられる。私はそれは求めていない。
だから、終始本当のことを言わないまま終わった。なかなかの苦行だった。
この先しばらくこういう集まりには参加しなくて良いかなと思った。
最初は嘘をついてる罪悪感を感じたり、娘に関する質問をされるのがしんどかったけど、話をしてるうちに「娘が病気になる前ってこんな感じの質問されてたな」と懐かしく思ったりもした。
姿は見えないけど、娘は私の心の中ではずっと生きている。
永遠に7歳のままだけど、心の中にいる娘はいつも笑っている。
だから、完全にいなくなったわけではない。あくまでも私の中では。
子を失った人とそうでない人。
全く違う世界を生きている。
だから理解できないのは当たり前だと割り切って考えるようにしている。
娘と死別後の私は、自分が疲れない方法を探しながら生きている。
まるで、ぬかるみの中で足場を探すかのように。
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